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長野久義とは?

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長野 久義
広島東洋カープ #5

2019年3月12日 マツダスタジアム

【基本情報】

【国籍】
日本
【出身地】
佐賀県三養基郡基山町
【生年月日】
(1984-12-06) 1984年12月6日(34歳)
【身長
体重】
180 cm
85 kg
【選手情報】

【投球・打席】
右投右打
【ポジション】
外野手
【プロ入り】
2009年 ドラフト1位
【初出場】
2010年3月26日
【年俸】
2億2,000万円(2019年)
経歴(括弧内はプロチーム在籍年度)

【国際大会】

【代表チーム】
日本
WBC
2013年
この表について
この表はテンプレートを用いて表示しています。編集方法はTemplate:Infobox baseball playerを参照してください。

プロジェクト:野球選手 テンプレート


長野 久義(ちょうの ひさよし、1984年12月6日 - )は、佐賀県三養基郡基山町出身のプロ野球選手(外野手)。右投右打。広島東洋カープ所属。

目次

  • 1 経歴
    • 1.1 プロ入り前
    • 1.2 巨人時代
    • 1.3 広島時代
  • 2 選手としての特徴
    • 2.1 打撃
    • 2.2 走塁・守備
    • 2.3 その他
  • 3 詳細情報
    • 3.1 年度別打撃成績
    • 3.2 年度別打撃成績所属リーグ内順位
    • 3.3 WBCでの打撃成績
    • 3.4 年度別守備成績
    • 3.5 タイトル
    • 3.6 表彰
    • 3.7 記録
    • 3.8 背番号
    • 3.9 登場曲
    • 3.10 代表歴
  • 4 著書
  • 5 脚注
    • 5.1 注釈
    • 5.2 出典
  • 6 関連項目
  • 7 外部リンク

経歴

プロ入り前

佐賀県基山町立基山小学校1年生の時に地元の少年軟式野球チーム「基山バッファローズ」に入部。6年生時に主将を務める。基山中学校時代は九州硬式少年野球協会フレッシュリーグ所属の「筑紫野ドリームズ」に在籍。筑陽学園高校へ一般入試で入学し、2002年の春季九州地区高校野球大会ベスト4進出。

プロの誘いはあったが、日本大学生産工学部マネジメント工学科へ進学、硬式野球部(東都大学野球連盟加盟)へ所属。2年次までは三塁手だったが、打撃力を生かすため、3年次となる2005年の東都大学野球春季1部リーグ戦から中堅手に転向。また、長野は外のスライダーを振ってしまう癖があったため、野球部の後輩にアドバイスを受けて、あえてホームベースから離れることになる。離れることにより、バットが届く球ならストライク、届かないならボールと見極めることで、弱点を克服した。

4年次となった2006年に急成長し、春季は12試合出場、打率.489(47打数23安打)、主将を務めた秋季は13試合出場、打率.404(52打数21安打)で1995年秋・1996年春の高須洋介(青学大)以来となる2季連続首位打者となり、ベストナインにも満票選出された。強肩・俊足を兼ね備え、プロの注目を浴びることとなった。同年秋の日米大学野球選手権、IBAFインターコンチネンタルカップ2006年アジア競技大会に日本代表として出場。東都大学リーグ通算87試合出場、290打数85安打、打率.293、10本塁打、40打点

同年秋のドラフト会議北海道日本ハムファイターズから4巡目指名を受けたが、読売ジャイアンツへの入団を熱望していたことから入団を拒否。

2007年本田技研工業へ入社。同社のノンプロチームHonda硬式野球部へ入部した。Hondaでは第62回JABA東京スポニチ大会社会人デビュー。主に3番・右翼手としてチームのベスト4入りに貢献し、同大会で新人賞。また4月の第55回JABA静岡大会では準決勝で先制本塁打を放つ活躍が認められ、大会最優秀選手に選出された。

2008年ドラフト会議で巨人以外に指名された場合はプロ入りせず会社に残留する意志を固めていたが、巨人以外でも入団するとの情報を得ていた千葉ロッテマリーンズが2巡目で“強行”指名。当日のボビー・バレンタインとの面会を拒否し、11月25日の入団交渉後、12月3日に入団拒否を明らかにした。翌日にロッテ球団側に直接入団拒否を申し入れ、球団側も了承。Honda残留が決定し、2009年のドラフトで巨人の指名を待つこととなった。

2009年2月5日、巨人は長野にドラフト1位指名する方針を公表した。Hondaでは第80回都市対抗野球大会で打率.579(19打数11安打)の活躍で首位打者を獲得。チームを13年ぶりの優勝に導いた。10月29日のドラフト会議では巨人から確約通り単独1位で指名を受けた。ドラフト指名を2回拒否して3回目の指名を受けたのは、巨人の先輩に当たる岡本光(1982年に3回目の指名)以来となった。直後、原辰徳と対面し二岡智宏の移籍で空き番となっていた背番号7」のユニフォームを手渡された。11月23日、契約金1億円、出来高払い5000万円、年俸1500万円(金額は推定)で契約合意。同日、東京ドームで行われた「ジャイアンツファンフェスタ」で入団発表を行った。

巨人時代

2010年、新人合同自主トレで、柔軟性・持久力には課題を残すものの、マシン打撃で鋭い打球、外野守備練習で快足を披露し首脳陣から信頼を得る。続くオープン戦でも結果を残し、同期新人の土本恭平市川友也と共に開幕一軍登録された。開幕戦である3月26日の東京ヤクルトスワローズ戦で左翼手としての守備からの途中出場で1軍デビュー。3月28日のヤクルト戦で「2番・中堅手」としてプロ初スタメンを飾った。以後は、6番、7番を中心にコンスタントにスタメン起用されたが、8月以後は不振に陥ってスタメン落ちが散見されるようになり、9月17日、不振からプロ入り初の二軍降格を経験する。このシーズン終盤には坂本勇人の不振で1番での先発出場を経験するなど、4番・5番を除く全打順での先発出場を経験した。10月8日のヤクルト戦(東京ドーム)での試合は、勝てば2位・負ければ3位が決まってしまう試合で、9回裏一死満塁で打席が回ってきたが三振に倒れた。結局サヨナラのチャンスを逃したチームも敗れて3位が決定しCSの本拠地開催権を確保できなかったが、1年目にして規定打席に到達し、打率.288・19本塁打をマークした。19本塁打は1998年高橋由伸と並び、巨人の新人では3位の記録。これにより2010年の新人王を獲得。巨人からは前々年の山口鉄也・前年の松本哲也に続き、3年連続の新人王誕生となった。

2011年、4月12日のヤクルト戦(宇部市野球場)で「6番・中堅手」として自身初の開幕スタメンに名を連ね、押本健彦から3点本塁打を含む5打数3安打5打点の活躍を見せる。7月14日の阪神タイガース戦では、前日の死球の影響でスタメンを外れたアレックス・ラミレスに代わり、巨人の第75代4番打者として先発出場を果たす。そして、シーズン終盤にかけては、阪神のマット・マートンと熾烈な首位打者争いを展開。最終戦である10月22日の横浜ベイスターズ戦では、1点ビハインドの9回裏無死満塁の場面で山口俊からプロ野球史上8人目となる代打逆転サヨナラ満塁本塁打を記録し、首位打者を決定づけた(巨人の入団2年目での首位打者獲得は、1959年長嶋茂雄以来、52年ぶり3人目。また、巨人の選手の首位打者は2009年のアレックス・ラミレス以来2年ぶりだが、日本人選手に限定すると2001年の松井秀喜以来10年ぶりで、日本人右打者だと1971年の長嶋茂雄以来40年ぶりである。)。このサヨナラ本塁打でサヨナラ賞を受賞、またセ・リーグ通算1000本目の満塁本塁打となった。この年は統一球導入の影響により多くの選手が打率低下に苦しんだが、打率.316、17本塁打、OPS.847と好成績を収めた。また、自身初となるベストナインゴールデングラブ賞を受賞した。

2012年、2年連続となる打率3割を記録。また、20盗塁(リーグ2位)・出塁率.382(リーグ2位)、そして同僚の坂本勇人と並びセ・リーグ最多安打となる173安打を放ち、1番打者としての役割を存分に果たす活躍を見せた。この最多安打により、入団以来3年連続でタイトルを獲得。また、2年連続でベストナインとゴールデングラブ賞を受賞した。ポストシーズンも絶好調で、クライマックスシリーズ初戦から、北海道日本ハムファイターズとの日本シリーズで巨人が日本一を決めるまで全試合安打を記録。特に第2戦では初回先頭打者本塁打を含む2本塁打を放つなど攻守にわたって活躍し、優秀選手に選出された。シーズン終了後の11月6日に発表された、「侍ジャパンマッチ2012「日本代表 VS キューバ代表」」の日本代表に選出された。さらに12月4日に、第3回WBC日本代表候補選手34人が発表され候補入りした。

2013年、2月20日に、第3回WBC日本代表選手28人が発表され代表入りした。主軸として期待されたが、強化試合から不振に陥る。長野は「打てなくてピーピー言われているが、本番に入ったら任せてください」と意気込んでいたが、本戦でも明らかなボール球に手を出し凡退するなど不振が続き、打撃コーチの立浪和義からも「打席で迎えにいっている。練習で、しっかり修正してもらいたい。」と苦言を呈される。それでも前半戦はスタメン起用はされたものの、最後の試合となった決勝ラウンドなど後半の試合ではスタメンから外れることも多く、最終的に打率は.222に終わったが、出塁率.364、チーム3位タイの6打点を記録した。

公式戦に入り、5月15日のロッテ戦で、右翼手として二死満塁の場面で、セス・グライシンガーの右前打を素早く処理して一塁で封殺させ、巨人では1988年呂明賜以来となる右ゴロの補殺を記録した。前半戦は打率.259と長く不振が続いたが、後半戦は打率.313と復調を見せた。8月29日の阪神タイガース戦では、松田遼馬から自身二度目のサヨナラ本塁打を放った。9月12日のDeNA戦ではトニ・ブランコ、10月2日のヤクルト戦では打者走者松岡健一を一塁で封殺させ、シーズン3度目の右ゴロの補殺を記録した。シーズン3度の右ゴロ補殺は球団では中島治康以来70年振り。前半戦の不振もあって、入団以来続いていたタイトル獲得は途切れ、3年連続3割も逃したものの、3年連続でベストナインとゴールデングラブ賞を受賞した。

2014年、6月に月間打率.357を記録し、7月下旬から8月初旬には4番を務める試合もあったもののスタメン落ちや代打による交代経験した。8月13日の阪神戦から21日のヤクルト戦までの8試合で3本塁打7打点と調子が上がり始めたが、21日の試合で、9回にセンターフライを処理した際に右膝を負傷し(右膝関節挫傷と診断)、以降9試合スタメンから外れた。シーズン終了後の11月19日には右膝半月板の修復手術と右肘のクリーニング手術を受けた。

2015年、このシーズンは絶不調でスタメンから外れることも多くなった。また、ボール球によく手を出してしまうため、原監督からは病院で動体視力検査を受けてくるように勧められたことも報じられた。不調はシーズン終盤まで続き、本塁打数は前年を上回ったものの、打率・安打・打点・出塁率・盗塁などほとんどの部門で自己ワーストの数字に終わった。

2016年、この年から村田修一に代わり選手会長を務める。同年8月16日、出場選手登録期間が7年に達し国内FA(フリーエージェント)権を取得した。シーズンでは6月から約1ヶ月間ほど4番を務めるなど、3年ぶりに全試合出場を果たし、安打数や打率は前年を大きく上回ったものの、11本塁打、42打点はいずれもプロ7年間で最少の数字に終わった。

2017年、オープン戦からの打撃不振や精彩を欠く守備が開幕から目立ち、春先はスタメンから外される試合もあった。チャンスでの凡退が1年を通じて目立ち、自己ワーストの17個の併殺打を喫し、得点圏打率も.204と低い数字で、打点は2年続けて50にも届かなかった。このシーズンで、日本プロ野球通算打率ランキングの対象となる4000打数に達した。

巨人時代(2018年4月7日 明治神宮野球場)

2018年、前年同様シーズン序盤は不振に陥りスタメンを外されることが多かったが、8月は打率.473と復調した。8月末に背筋痛を訴え4年ぶりに出場選手登録を外れたが、2週間ほどで復帰。9月28日のDeNA戦では、自身5年振りとなるサヨナラホームラン、さらに9月30日の広島戦でもサヨナラタイムリーを放ち、チームの土壇場でのCS出場に貢献した。球団では長嶋、原に次ぐ歴代3位となる入団初年度から9年連続100安打を達成した。

2019年、1月7日、FAを宣言をした広島東洋カープ丸佳浩を巨人が獲得したことによる人的補償として、広島東洋カープに移籍をすることが巨人球団から発表された。同年1月23日に日本野球機構からの移籍選手公示が行われる。

広島時代

2019年1月23日、広島県広島市MAZDA Zoom-Zoom スタジアム広島内で入団発表記者会見が執り行われた。背番号は「5」。

選手としての特徴

打撃

ヒットゾーンが広く、ボールゾーン打率がリーグ平均を大きく上回る。バッターボックスではホームベースから離れて構える。これは外角のスライダーの見極めに難があったためで、Honda時代にコーチの助言で離れて立つようになった。内角のボールは鋭く踏み込んでレフトに、外角はライトに捌く広角打法を持ち味とする。2012年までの通算の対左打率.289に対し対右打率.305と右打者ながら右投手に強く、特別苦手とする球種もない。本人は犠牲バントを課題に挙げており、犠打数は2015年の「5」がシーズン最多であり、あまり多くはない。

基本的に、「打率.280、15本塁打、10盗塁」前後の数字を毎年コンスタントに記録できる打者であるためか、チーム状況に応じて複数の打順で起用される傾向の強い打者である。実際、2013年は「4番、9番を除く全打順」、2014年は「2番を除く全打順」、2015年は「2番、9番を除く全打順」と、7つ以上の打順で起用されるシーズンが3年続き、2016年は「1番、3番、4番、5番、6番」と5つの打順で起用された。そのため、2016年のシーズンオフには、長野の起用法や打順が一定しないことを懸念する趣旨の記事がスポーツニッポンにおいて書かれたこともある。

走塁・守備

走塁面では50メートル5.8秒、右打者ながら一塁到達3.97秒を記録する俊足である。

守備では右翼手中堅手で起用されている。主に右翼手として起用された2010年はリーグの外野手中最多失策を記録、UZRは-4.9を喫し、シーズン後に「プロに入る前は守備と走塁はできるかなと思ってたけど、ダメでした。来シーズンは頑張ります」と語った。翌2011年は主に中堅手として起用され、毎試合前に大西崇之外野守備コーチと捕球・送球動作について確認を行い、ゴールデングラブ賞を受賞。2012年は前半戦は中堅手、後半戦は右翼手としてプレー。2年連続でゴールデングラブ賞に輝いたが、中堅手でのUZR-1.3、右翼手でのUZR-6.8と、いずれも平均を下回る数値を記録。送球面では遠投120メートルの強肩で、2013年には強肩を生かしてシーズン3度のライトゴロを完成させた。

その他

動体視力が良く、ルーキー時代の身体能力測定の「深視力」測定では「一流アスリートが100人やっても1回出るか出ないか」と言われている「誤差ゼロ」を2回計測した。

スロースターターの傾向があり、プロ入りした2010年以降、毎年6月以降に打率を上げていく。

巨人時代にチームメイトだった坂本勇人とは、ともに攻撃の要・チームの顔としてマスコミから「サカチョーコンビ」と称されていた。2012年には、前述の通り二人で最多安打のタイトルを分け合った。

詳細情報

年度別打撃成績









































































O
P
S

2010 | 巨人 | 128 | 459 | 430 | 66 | 124 | 24 | 3 | 19 | 211 | 52 | 12 | 4 | 2 | 0 | 25 | 4 | 2 | 72 | 10 | .288 | .330 | .491 | .821
2011 | 140 | 578 | 519 | 58 | 164 | 20 | 4 | 17 | 243 | 69 | 19 | 8 | 3 | 2 | 48 | 5 | 6 | 85 | 11 | .316 | .379 | .468 | .847
2012 | 144 | 653 | 574 | 84 | 173 | 29 | 2 | 14 | 248 | 60 | 20 | 7 | 2 | 1 | 75 | 5 | 1 | 100 | 5 | .301 | .382 | .432 | .815
2013 | 144 | 642 | 590 | 82 | 166 | 21 | 3 | 19 | 250 | 65 | 14 | 5 | 3 | 0 | 48 | 0 | 1 | 101 | 6 | .281 | .336 | .424 | .760
2014 | 130 | 523 | 472 | 67 | 140 | 29 | 1 | 13 | 210 | 62 | 8 | 4 | 4 | 2 | 42 | 0 | 3 | 75 | 8 | .297 | .356 | .445 | .801
2015 | 130 | 479 | 434 | 49 | 109 | 20 | 3 | 15 | 180 | 52 | 3 | 2 | 5 | 2 | 34 | 0 | 4 | 81 | 12 | .251 | .310 | .415 | .725
2016 | 143 | 618 | 576 | 58 | 163 | 28 | 4 | 11 | 232 | 42 | 8 | 2 | 1 | 3 | 33 | 0 | 5 | 78 | 7 | .283 | .326 | .403 | .729
2017 | 134 | 516 | 463 | 52 | 121 | 20 | 3 | 16 | 195 | 46 | 6 | 0 | 1 | 1 | 46 | 2 | 5 | 98 | 17 | .261 | .334 | .421 | .755
2018 | 116 | 426 | 383 | 49 | 111 | 16 | 0 | 13 | 166 | 52 | 3 | 2 | 0 | 1 | 41 | 4 | 1 | 69 | 5 | .290 | .359 | .433 | .793
NPB:9年 1209 | 4894 | 4441 | 565 | 1271 | 207 | 23 | 137 | 1935 | 500 | 93 | 34 | 21 | 12 | 392 | 20 | 28 | 759 | 81 | .286 | .347 | .436 | .783

年度別打撃成績所属リーグ内順位

【年

度】
【年

齢】
【リ
|
グ】
【打

率】
【安

打】
【二

打】
【三

打】
【本

打】
【打

点】
【盗

塁】



2010 | 26 | セ・リーグ | - | - | - | - | - | - | - | -
2011 | 27 | 1位 | 3位 | - | 5位 | 7位 | 7位 | 2位 | 2位
2012 | 28 | 4位 | 1位 | 3位 | - | 6位 | 9位 | 3位 | 2位
2013 | 29 | 10位 | 2位 | - | 7位 | 9位 | 9位 | 9位 | -
2014 | 30 | - | - | 8位 | - | - | - | - | -
2015 | 31 | - | - | - | 7位 | - | - | - | -
2016 | 32 | - | 4位 | 3位 | 6位 | - | - | - | -
2017 | 33 | - | - | - | - | - | - | - | -
2018 | 34 | - | - | - | - | - | - | - | -

WBCでの打撃成績









































































2013 | 日本 | 7 | 22 | 18 | 2 | 4 | 1 | 0 | 0 | 5 | 6 | 1 | 1 | 0 | 0 | 4 | 0 | 0 | 4 | 0 | .222 | .444 | .278

年度別守備成績

【年
度】
【球
団】
外野
【試

合】















2010 | 巨人 | 121 | 211 | 3 | 5 | 0 | .977
2011 | 139 | 262 | 6 | 3 | 1 | .989
2012 | 143 | 221 | 9 | 2 | 2 | .991
2013 | 142 | 240 | 8 | 2 | 0 | .992
2014 | 127 | 200 | 4 | 3 | 1 | .986
2015 | 122 | 183 | 2 | 3 | 1 | .984
2016 | 141 | 209 | 5 | 1 | 1 | .995
2017 | 127 | 180 | 2 | 2 | 0 | .980
2018 | 113 | 198 | 1 | 1 | 0 | .985
通算 1175 | 1904 | 40 | 22 | 6 | .989

タイトル

表彰

記録

初記録
節目の記録
その他の記録

背番号

登場曲

出典:wikipedia
2019/08/07 23:07

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