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阪神淡路大震災とは?

(阪神淡路大震災から転送)
この項目は文章としてまとまりに欠けるため、修正・推敲を広く求めています。
(2017年11月)
 | 画像提供依頼:阪神高速道路および阪神地区の鉄道等の交通機関の被災写真(具体的に神戸市以外の被害の画像)の画像提供をお願いします。(2015年2月)
湊川熊野橋東側すぐ南・トポス東山店前
中山手通 にしむら珈琲店
生田新道 東急ハンズ三宮店東側
三ノ宮・神戸経理コンピューター専門学校近く

阪神・淡路大震災(はんしん・あわじだいしんさい)は、1995年(平成7年)1月17日に発生した兵庫県南部地震による大規模地震災害のことである。

1995年(平成7年)1月17日5時46分52秒(日本時間=UTC+9)、淡路島北部(あるいは神戸市垂水区)沖の明石海峡(北緯34度35.9分、東経135度2.1分、深さ16km)を震源として、Mj7.3 の兵庫県南部地震が発生した。

近畿圏の広域(兵庫県を中心に、大阪府京都府も)が大きな被害を受けた。特に震源に近い神戸市市街地(東灘区灘区中央区(三宮元町ポートアイランドなど)・兵庫区長田区須磨区)の被害は甚大で、日本国内のみならず世界中に衝撃を与えた。犠牲者は6,434人に達し、戦後に発生した地震災害としては、東日本大震災に次ぐ被害規模であり、戦後に発生した自然災害では、犠牲者の数で伊勢湾台風の5,098人を上回り、東日本大震災が発生するまでは最悪のものであった。

1995年1月25日の政令により、激甚災害法(激甚災害に対処するための特別の財政援助等に関する法律)に基づく激甚災害に指定。

目次

  • 1 概要
    • 1.1 特に甚大な被害があった地域
      • 1.1.1 兵庫県(阪神・淡路)
      • 1.1.2 兵庫県(東播磨・北播磨・中播磨)
      • 1.1.3 大阪府
    • 1.2 甚大な被害があった地域
      • 1.2.1 兵庫県(丹波・北播磨・中播磨・西播磨)
      • 1.2.2 大阪府(摂津)
      • 1.2.3 大阪府(河内・和泉)
      • 1.2.4 京都府
    • 1.3 地震の特徴
    • 1.4 その他
  • 2 名称
  • 3 被害
    • 3.1 被災者の死因
    • 3.2 建造物
      • 3.2.1 病院・ビル・マンション
        • 3.2.1.1 病院
        • 3.2.1.2 ビル
        • 3.2.1.3 マンション
      • 3.2.2 瓦屋根・木造・日本家屋の危険性
      • 3.2.3 生存空間
      • 3.2.4 建築基準法改正前の住宅
    • 3.3 交通
      • 3.3.1 道路
        • 3.3.1.1 阪神高速道路
        • 3.3.1.2 中国自動車道
        • 3.3.1.3 交通規制
      • 3.3.2 JR
        • 3.3.2.1 被害
        • 3.3.2.2 不通区間の解消状況
        • 3.3.2.3 そのほかの対応・影響
      • 3.3.3 私鉄
        • 3.3.3.1 被害
        • 3.3.3.2 復旧が早かった路線
        • 3.3.3.3 鉄道会社ごとの不通区間の解消状況
      • 3.3.4 海上
      • 3.3.5 空港
  • 4 消火・救助活動
    • 4.1 火災
      • 4.1.1 問題点
    • 4.2 公的機関による救助活動
      • 4.2.1 消防・警察
      • 4.2.2 自衛隊と県知事
    • 4.3 防衛庁・自衛隊による一部マスコミ報道への反論
  • 5 復興
    • 5.1 街の復興
    • 5.2 避難所・仮設住宅・復興住宅
    • 5.3 民間企業・組織による支援活動
    • 5.4 メディア等による復興支援
      • 5.4.1 テレビ・ラジオ
      • 5.4.2 音楽
      • 5.4.3 スポーツ
      • 5.4.4 寄付金付切手
    • 5.5 ボランティア活動
    • 5.6 復興組織
  • 6 政府・県の対応
    • 6.1 政府の対応
    • 6.2 兵庫県の対応
    • 6.3 初動対処の遅れ
    • 6.4 自衛隊と米海軍の援助
  • 7 震災の影響
    • 7.1 報道・ネット・通信
      • 7.1.1 テレビ・ラジオ
      • 7.1.2 新聞
      • 7.1.3 ネット・パソコン通信・携帯電話
      • 7.1.4 暴力団関連の報道
    • 7.2 文化・スポーツ
    • 7.3 デパート
    • 7.4 人口
    • 7.5 アスベスト・がれき
    • 7.6 犯罪・問題行為
      • 7.6.1 報道倫理に関わる問題
        • 7.6.1.1 過剰な取材
        • 7.6.1.2 被災者への配慮
    • 7.7 その他
    • 7.8 被災した著名人
  • 8 震災の教訓と変化
    • 8.1 消防・レスキュー・医療
    • 8.2 自衛隊
      • 8.2.1 自治体と自衛隊の連係
    • 8.3 耐震補強・既存不適格
      • 8.3.1 建築基準法
      • 8.3.2 耐震評価
    • 8.4 地震観測
    • 8.5 カセットコンロ・ガスボンベの規格
    • 8.6 水道のレバー
    • 8.7 その他の対応・問題点
  • 9 追悼行事
    • 9.1 その他の追悼イベント・モニュメント
    • 9.2 復興・防災キャンペーン
  • 10 阪神・淡路大震災を題材にした作品
    • 10.1 小説・詩
    • 10.2 漫画
    • 10.3 映画
    • 10.4 ドラマ
    • 10.5 音楽
    • 10.6 児童文学
    • 10.7 前兆報告
    • 10.8 その他
  • 11 20年目の情報公開
    • 11.1 阪神・淡路大震災「1.17の記録」
    • 11.2 記録動画の公開
  • 12 注釈
  • 13 出典
  • 14 参考文献
  • 15 関連項目
  • 16 外部リンク

概要

特に甚大な被害があった地域


兵庫県(阪神・淡路)

 | 


兵庫県(東播磨・北播磨・中播磨)

 | 


大阪府


甚大な被害があった地域

兵庫県(丹波・北播磨・中播磨・西播磨)

 | 


大阪府(摂津)

 | 


大阪府(河内・和泉)

など

など

京都府


地震の特徴

地震による揺れとして、地震後の気象庁の地震機動観測班による現地調査で阪神間(神戸市・芦屋市・西宮市・宝塚市)および淡路島の一部(津名町北淡町一宮町)に震度7の激震が適用された。神戸海洋気象台(神戸市中央区中山手)および洲本測候所(洲本市小路谷)では震度6を観測し、地震機動観測班による現地調査で兵庫県南部の広い範囲に加え、大阪府でも大阪市西淀川区佃、豊中市庄本町、池田市住吉において震度6と判定される地域があった。

ほか、東は小名浜(福島県いわき市)、西は長崎県佐世保市、北は新潟県新潟市、南は鹿児島県鹿児島市までの広い範囲で有感(震度1以上)となった。

戦後に発生した地震では、1946年(昭和21年)の昭和南海地震1948年(昭和23年)の福井地震を大きく上回り、当時の地震災害としては戦後最大規模の被害を出した。被害の特徴としては、都市の直下で起こった地震による災害であるということが挙げられる。日本での都市型震災としては、大都市を直撃した1944年(昭和19年)の昭和東南海地震以来となる。

福井地震を契機として新設された「震度7」が適用された初めての事例であり、実地検分(気象庁の地震機動観測班による現地調査)によって震度7が適用された最初の事例であった。しかし、現地調査後に震度7を発表したのでは対応が遅れるとの意見を踏まえ、この震災の翌年から震度7も計測震度によって速報可能な体制に変更された。これ以降に発生した、2004年の新潟県中越地震や2011年の東北地方太平洋沖地震(東日本大震災)、2016年の熊本地震、2018年の北海道胆振東部地震における震度7の観測は、震度計によって実測されたものである。

建造物に対する被害が大きいとされる周期1-2秒程度のキラーパルスを伴った地震動は、数値上でも当時最大級のものとして記録され、10秒以上続いた地域もあった(ただし、その後の地震では兵庫県南部地震を超える地震動が観測されている)。神戸海洋気象台(現・神戸地方気象台)では、最大加速度818ガル、最大速度105カイン、最大変位27cmの地震動が襲ったと分析されている。これらは、釧路沖地震(922ガル、67カイン、変位93cm)、ノースリッジ地震(約800ガル、128カイン)に匹敵するものである。六甲アイランドの地震計では縦揺れ507ガルが記録された(日本で過去最大は2008年(平成20年)6月一関市で観測された4022ガルである)。

その他

道路・鉄道・電気・水道・ガス・電話などの生活インフラ(現代社会においてはライフラインと通称される例が多い)は寸断されて広範囲において全く機能しなくなった。これ以降、都市型災害および、地震対策を語る上で、「ライフライン」の早期の復旧、「活断層」などへの配慮、建築工法上の留意点、「仮設住宅」「罹災認定」等の行政の対策などが注目されるようになった。

もともと日本は地震大国であり、日本の大型建築物は大地震にも耐えられない構造であると分かり、1981年(昭和56年)には大幅な建築基準法の改正が行われた。しかし、日本の建造物が安全であるとする報道に基づいた誤解をしている市民も多く、1982年(昭和57年)以降に建てられたビルマンション病院鉄道の駅舎などでも広範囲にわたって倒壊・全半壊が多く見られた。

名称

1995年1月17日午前5時46分に発生した当地震に対し、同日午前10時(4時間14分後)に政府が「兵庫県南部地震非常災害対策本部」の設置を決定した。同日午前11時、気象庁は当地震を「平成7年(1995年)兵庫県南部地震」(: the 1995 Southern Hyogo Prefecture Earthquake)と命名した。

一方、当地震によって引き起こされた災害(震災)を指す名称は、マスメディア等により任意に命名されていた。毎日新聞は地震発生当日の午後3時半頃、「阪神大震災」の名称を発案し1月18日付朝刊以後、同紙上で広められた。テレビでは読売テレビが地震発生当日から一部の番組で「阪神大震災」を使い始め(1月24日昼から統一)、毎日放送テレビは1月18日昼頃から呼称を「阪神大震災」に統一した。その後、他の報道機関の中にもこれに追随する動きが出始め、関西テレビは1月19日から、読売新聞は1月22日付朝刊から、朝日新聞産経新聞 は1月23日付朝刊から、日本経済新聞は1月23日付夕刊から、朝日放送テレビは1月23日から、NHKは1月23日夕方から、神戸新聞は1月24日付朝刊から、共同通信は1月24日の配信記事から、週刊文春は2月2日号から、それぞれ「阪神大震災」の名称を使い始めた。

一方で、週刊現代(2月4日号) やサンデー毎日(2月5日号)、週刊朝日(2月3日号)、アサヒグラフ(2月1日号)、AERA(1月30日号、2月5日号緊急増刊、2月13日号、2月25日号臨時増刊、3月25日号臨時増刊など)、諸君!(3月号、4月号)、日刊スポーツ(1月18日付) では「関西大震災」、東京新聞(1月23日付夕刊まで)、週刊読売(2月5日号)、『産経新聞緊急増刊』(産経新聞・週刊Gallopサンケイスポーツ 1月27日号)では「神戸大震災」、週刊新潮(2月2日号) では「神戸地震」、読売テレビの一部の番組では「関西大地震」など、当初は統一されていなかった。

「阪神大震災」の表記が優勢となる中で、それまで独自の名称を採用していたメディアも震災名を「阪神大震災」に切り替える傾向が進んだ。東京新聞は1月24日付朝刊から、週刊朝日は2月5日緊急増刊号から、アサヒグラフは2月10日号から、それぞれ「阪神大震災」を使い始めた。

2月14日、災害名を「阪神・淡路大震災」とすることが閣議で口頭了解された。これは政府が、神戸市を中心とした阪神地域および淡路島北部において被害が甚大であり、また、災害の規模が大きいことに加え今後の復旧に統一的な名称が必要と考えたためである。なおそれ以前から、震災当時の北淡町長・小久保正雄は「阪神・淡路大震災」の名称を提案していた。2月24日には、5年間の時限立法として阪神・淡路大震災復興の基本方針及び組織に関する法律(1995年(平成7年)法律第12号)が制定、即日施行された。

なお、大阪府下では豊中市を除くと兵庫県ほどの被害でないにも関わらず、「阪」の文字が入っているのは、兵庫県内における地域区分である「阪神間」(灘区・東灘区・芦屋市・尼崎市・西宮市近辺)における被害が甚大であったためである(なお、豊中市では南部を中心に甚大な被害が出ており、死者9名が出たほか、避難所暮らしを余儀なくされた人も多い)。ただし、上記の用法による「阪神」では神戸市、明石市も豊中市も外れてしまうことになり、大阪市や神戸市も含めた、より広義の「阪神」では大阪府西部・兵庫県南部の順で表現されていることになるため、なお異論は少なくない。そうしたこともあって、「南兵庫大震災」という表記を用いる書籍もある。

また、現在でもマスメディアなどで単に「阪神大震災」と呼ばれることがある。これに対して疑問を持つ被災者もいる。大都市・大工業地帯・観光都市の一つである神戸・阪神地区だけが壊滅的な被害を受けたように表現され、同様に甚大な被害を受けた淡路島北部のほか、阪神地区の周辺について考慮されていないからである。毎日新聞には、実際に淡路島の読者から「阪神大震災」の名称に対して「なぜ淡路を入れないんだ」という抗議の手紙が届いたという。また震災当時の津名町長・柏木和三郎は「阪神大震災」の名称に対して、「どこで起きた地震かと、他人事のような気がする」「マスコミに厳重に抗議したいが、忙しくてそれどころではない」と発言している。またNHKでは「阪神大震災」と呼ぶ際、できるだけ「淡路島を震源とする」という枕詞をつけて呼ぶようにしていた。

被害

都道府県別の被害の内訳(兵庫県および合計は消防庁2006年5月19日確定値。兵庫県以外は消防庁2000年1月11日時点。)
【都道府県】
【人的被害】
家屋被害
【死者】
【行方不明者】
【負傷者】
【全壊】
【半壊】
【全焼】
半焼
兵庫県 | 6,402 | 3 | 40,092 | 104,004 | 136,952 | 7,035 | 89
大阪府 | 31 |  | 3,589 | 895 | 7,232 | 1 | 5
京都府 | 1 |  | 49 | 3 | 6 |  | 
徳島県 |  |  | 21 | 4 | 84 |  | 
奈良県 |  |  | 12 |  |  |  | 
滋賀県 |  |  | 9 |  |  |  | 
和歌山県 |  |  | 7 |  |  |  | 
香川県 |  |  | 7 |  |  |  | 
岐阜県 |  |  | 2 |  |  |  | 
三重県 |  |  | 1 |  |  |  | 
高知県 |  |  | 1 |  |  |  | 
鳥取県 |  |  | 1 |  |  |  | 
岡山県 |  |  | 1 |  |  |  | 
計 | 6,434 | 3 | 43,792 | 104,906 | 144,274 | 7,036 | 96

関東大震災では、木造住宅が密集する地域での火災が被害を大きくしたため、主に焼死により日本の災害で最悪となる約10万人の死者を出し、東日本大震災では主に津波による水死で1万5千人を超える戦後最悪の死者を出したが、当震災では断層沿いに被害が集中して被災地域が狭かったものの、冬季の早朝に発生し自宅で就寝中の者が多かったため、主に圧死で6千人を超える死者を出した。甚大な被害を伴った震災であったが、その中でもいくつかの被害軽減の要因となった事項が挙げられる。

また、西宮市仁川では、住宅街に面した造成斜面において大規模な地すべりが起こり、34名が犠牲になった。

被災者の死因

 |  | 
柏井ビル倒壊 推移1 傾いていた頃
 |  | 
柏井ビル倒壊 推移2 完全に倒壊

全壊した旧居留地十五番館(中央区)

NHKによる死体検案書の分析によると、地震当日に死亡した5036人の76%に当たる3842人は地震から1時間以内に死亡しており、このうちの9割が圧迫死(圧死、窒息死など)だった。多くは木造家屋が倒壊し、家屋の下敷きになって即死したとみられる。特に1階で就寝中に圧死した人が多かった。

2階建て木造住宅の場合、「(屋根瓦と2階の重みで)1階の柱が折れて潰れるケース」が多かったが、建物が倒壊しても2階の場合は生存のスペースが残りやすく、死者は少なかった。

死者の10%相当、約600人は「室内家具の転倒による圧死」と推定する調査(山口大学・教授大田らのグループ)があった。

また、死亡に至るまでの時間も短かった。遺体を検案した監察医のまとめでは、神戸市内の死者約2456人のうち、建物倒壊から約15分後までに亡くなった人が2221人と92%にも上り、圧死・窒息死で「即死」した人が大半を占めた。サンデー毎日による調査では、分析対象とした247人のうち、47人が建物の下敷きになる一方、家具の下敷きは2人のみだった。

死者のうち、20代が30代よりも200人近く多く、年齢階層ごとに死者数が増える東日本大震災と異なった様相を呈している。20代が多かった理由としては大学が多い神戸市灘区などで高齢者と同様、文化住宅など木造アパートに住んでいた学生が、倒壊したアパートの下敷きになったケースが多いとみられている。31大学111人が死亡し、特に、神戸大学では学生39人、教職員2人の大学関係最多の死者を出した。

建造物

病院・ビル・マンション

市立西市民病院
震災直後の阪急三宮駅北口

超高層建築物は概ね無事であった。さらに、1978年宮城県沖地震の被害を踏まえて1981年(昭和56年)に改正された建築基準法に従って建築されたビルは被害も少なかった。老朽化したビル・一階が駐車場のビル・マンションの物件では被害も多かったものの、幸いにも死者は少なかった。一部の鉄筋コンクリートのマンションでは火災が発生していたが、隣戸に延焼することはなかった。

古いビルでは、日本ではありえないとされていた中層階のパンケーキクラッシュが多数起こり、低層ビルでは1階の崩壊や、今まで日本では見られなかった建物が土台から切り離されて倒壊したりなど、多数の被害があった。傾いた状態だった柏井ビルは、翌朝の余震によって完全にフラワーロードに横倒しになった。そのほか兵庫区の「三菱銀行兵庫支店」(1968年(昭和43年)、鉄筋6階建て)、兵庫県薬剤師会館(1967年(昭和42年))、第一勧業銀行神戸支店(1926年(大正15年)、2階建て、長野宇平治)が崩壊した。

病院

兵庫県内の342病院のうち、全半壊焼失が13であった。診療所を併せた2,926のうち、全壊239、半壊270、全半焼13、インフラの停止による診療停止973となり、約半数が機能を停止した。公式に数えられた負傷者だけでも35,000人である。神戸市内の災害医療機関3つのうち、西市民病院本館が全壊し、中央市民病院が孤立し機能を失った。県立西宮病院438人、明和病院658人、笹生病院1029人、西宮渡辺病院1200人など負傷者で溢れかえった。逆に西宮市武庫川町の兵庫医科大学病院では救命救急センターの22人を含む274人の医師が待機したが、患者は平日の8%の約200人だけだった。

長田区にある神戸市立西市民病院は本館5階が圧壊して入院中の患者44人と看護婦3人が閉じ込められる状態になったが、生存空間があったため即死することはなかった。後に患者1名が死亡した。他の損壊を免れた病院には多大な数の負傷者が搬送されることとなり、病院は軽度の入院患者については当日中に早期退院、またはほかの病院に転院させるなどして病床をできるだけ確保した。しかしそれでも病床の数が全く足りず、ロビーや待合室にソファーや布団を敷き詰めて病室とするなどの緊急処置を取らざるを得なかった。また、治療を行う医師の数も患者の数に対して圧倒的に不足していたこともあり、治療を待っている間に息絶えた人もいた。

長田区海運町の高橋病院には87人の入院患者がいたが、熱風や爆発のため鷹取中学校に避難した。

ビル
 |  | 
神戸市役所2号館

神戸発祥の竹中工務店建築では神戸国際会館7階、神戸市役所第2庁舎6階、神戸新聞会館神戸阪急ビルが倒壊し、2,500のビルのうち倒壊17、大破25、解体56、補修217であった。大成建設施工の明治生命ビルは、フラワーロードに2.5mせり出した。

【画像外部リンク】

被災した新聞会館 神戸新聞

神戸新聞は本社を西区の制作センター(印刷工場)に仮移転するとともに編集業務はダイヤニッセイビル(ハーバーランド)で仮構築し、1996年(平成8年)7月に神戸情報文化ビルへと正式に移転する。ただし、新本社への移転は震災以前からの既定方針で、同ビルも建設中だった。

当時、須磨区にあったラジオ関西の本社も被災し、敷地内の仮設スタジオに移転したのち1996年(平成8年)6月に現在のハーバーランドへと移転した。

マンション

兵庫県芦屋市若葉町・高浜町に位置する、海岸沿いの高級高層マンション群「芦屋浜シーサイドタウン」 では、厚さ5cm、幅50cmの極厚ボックス骨が3cm程度の距離で全面破断し、52棟中25棟で57箇所の破断があった。これは、想定通りの被害であったが、重量鉄骨造の脆性破壊の、日本での初めての例であった。マンションの鉄骨はむき出しとなっており、当時の気温(0℃程度)や使用鉄骨の低温特性、埋立地で増幅された地震動の高層ビルの固有周期との一致などにより、限界を超えたと考えられている。

木造家屋の多い兵庫区・長田区の被害は特に甚大で、火災が多く発生した(兵庫区新湊川商店街)

瓦屋根・木造・日本家屋の危険性

日本瓦を使い、基礎が石に柱を載せただけで、筋交いの少ない老朽化した木造住宅でも多くの死者が出たため、神戸地域においては新築の屋根はほとんど見られなくなった。日本の伝統構法の流れを汲む木造軸組構法の住宅に被害が集中し、新しい住宅においても筋交いなどが不十分であった物件は大きな被害を受けている。坂本功著の『木造建築を見直す』という書において「死亡者のうち5,000人近くは、軸組構法の住宅の下敷きによって圧死した」と述べている。しかし重要なのは、「構造的に問題のある建築に瓦屋根のものが多かった」にもかかわらず、一般的には「瓦が重いから問題」であると誤解されている。

倒壊した家屋

古い木造住宅は年月の経過によって乾燥している点や、耐火材を使っていないなどの理由による火災の被害も多い。これは、神戸地区の木造住宅は、地震よりも台風に対応した木造住宅であり、振動に弱く瓦部分が重く、なおかつ瓦の固定方法も屋根に土を葺いてその上に瓦を載せる方法が多かったことにも起因している。なお、筋交いを多く入れてある木造住宅においては耐震性も十分にある。また、同じ木造住宅でも、プレハブやツーバイフォー(木造枠組壁構法)と呼ばれる構法の住宅が耐震性を示している。3階建住宅の被害もほとんどなかった。

生存空間

日本の伝統構法の流れを汲む木造軸組構法で多くの即死者が出た原因は、ペシャンコになった建物の下敷きになり生存空間が無くなったためである。分解しやすい構造のため、地震の場合瓦屋根、屋根土、土壁、床、柱がバラバラになって落下し、下敷きになって人体が潰れるためである。揺れが小さい場合は土壁が建物を守るが、

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出典:wikipedia
2018/10/10 05:24

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