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阿波野秀幸とは?


コーチ歴

  • 読売ジャイアンツ (2001 - 2005)
  • 横浜ベイスターズ (2006)
  • 住友金属鹿島
  • 読売ジャイアンツ (2012 - )

この表について
この表はテンプレートを用いて表示しています。編集方法はTemplate:Infobox baseball playerを参照してください。

プロジェクト:野球選手 テンプレート


阿波野 秀幸(あわの ひでゆき、1964年7月28日 - )は、神奈川県横浜市旭区出身の元プロ野球選手(投手)、プロ野球コーチ。2016年からは読売ジャイアンツの三軍投手コーチを務める。

目次

  • 1 経歴
    • 1.1 プロ入り前
    • 1.2 近鉄時代
    • 1.3 巨人時代
    • 1.4 横浜時代
    • 1.5 現役引退後
  • 2 詳細情報
    • 2.1 年度別投手成績
    • 2.2 タイトル
    • 2.3 表彰
    • 2.4 記録
    • 2.5 背番号
  • 3 関連情報
    • 3.1 CM出演
  • 4 脚注
  • 5 関連項目
  • 6 外部リンク

経歴

プロ入り前

横浜市立鶴ヶ峯中学校時代、東海大学付属相模高等学校からの誘いを受けていたにもかかわらず、敢えて公立の桜丘高校を志望し、通いして文武両道を目指した。桜丘高校では3年夏の神奈川大会は4回戦で敗退。

高校卒業後は亜細亜大学に進学(同期にパンチ佐藤、1年後輩に与田剛がいる)。東都大学リーグで通算62試合登板32勝17敗、防御率1.83、282奪三振。最高殊勲選手に1度、最優秀投手に3度、ベストナインに3度選ばれた。4年生秋の9勝はリーグタイ記録。

1986年度ドラフト会議にて読売ジャイアンツ横浜大洋ホエールズ近鉄バファローズの3球団が1位指名で競合。阿波野の意中球団は巨人か大洋と言われていたが、抽選の結果、交渉権確定のくじを引き当てたのは近鉄だった。当時の近鉄監督岡本伊三美は、亜細亜大の監督から聞いた話として「試合で打たれると頭を壁にぶつけて悔しがっていた」「打者の膝から上の球はきませんよ」などと、また阿波野の入団前に接した際に、阿波野が関西のことはわからず、「近鉄という会社はどこにあるのですか」ときいてきた、と振り返っている。阿波野を外した巨人は木田優夫、横浜は友利結を再指名で獲得。

近鉄時代

ルーキーイヤーの1987年に、15勝、両リーグ最多の201奪三振・249.2イニングを記録。同い年で、同じ1986年ドラフト1位でプロ入りの西崎幸広(日本ハム)と熾烈な新人王争いを繰り広げた。阿波野は32試合登板で15勝12敗・防御率2.88、西崎は30試合登板で15勝7敗・防御率2.89と甲乙つけがたい成績を残したが、結果は大差がついて阿波野が新人王に選出された。両者は共に「トレンディエース」と呼ばれ(「トレンディエース」については西崎幸広参照)、特に女性に高い人気を誇った。

1988年は、前年同様、エースとして14勝を挙げる。ナゴヤ球場でのオールスターゲーム第2戦先発し3回を被安打0自責点0奪三振3を記録。レギュラーシーズン優勝のかかったロッテオリオンズとの川崎球場でのダブルヘッダー、いわゆる「10.19」に、両試合とも当時の抑え吉井理人の後を受け連投。この試合の2日前、阿波野は対阪急戦で完投しており疲労が残っていた。第1試合では9回、1点リードで二死満塁のピンチを迎えたが、森田芳彦を三振にしとめ、逃げ切った。このとき阿波野は帽子を鷲掴みにしてガッツポーズした。しかし、第2試合に1点リードの8回、高沢秀昭に痛恨の同点本塁打を打たれた。この後、ショックで記憶が飛び、なぜ捕手山下和彦のサインで指示された自分のストレートを信頼できなかったかと悔いが残ったという。

その後9回、無死一・二塁で古川慎一牽制球で刺した記憶もはっきりしていなかったというが、ここでロッテ監督の有藤道世が判定を巡り9分間にわたって抗議を続け試合は中断したことも影響して、第2試合は引き分けに終わり、近鉄は優勝を逃した。

10.19」も参照

10.19では苦い思いを味わったが、本来はロッテを得意としていた。この1988年4勝1敗、翌1989年4勝0敗の成績を残しており、通算でも近鉄時代の通算67勝のうち21勝をロッテから挙げている。

1989年は、前年の雪辱を特に意識して迎えたという。終盤、10月12日ダブルヘッダーの第2戦や優勝決定の場面などに登板した。10月12日について、阿波野は10.19でも負けていないことからダブルヘッダーと決まった時点で「よーし」となったと振り返っている。優勝決定の場面では、前年「10.19」での思いからストレートを続けたという。最多勝(19勝)、最多奪三振(183個)のタイトルを獲得し、近鉄の優勝に貢献。巨人との日本シリーズでは第1戦・第5戦に先発し同い年の斎藤雅樹と2度も投げ合い、第1戦の完投勝利を含む15イニングを投げ、1勝1敗5失点。優秀選手に選ばれた。

1990年からボーク判定が厳格化され、その影響で当時近鉄と毎年激しい優勝争いを繰り広げていた西武監督の森祇晶、そして当時の三塁ベースコーチの伊原春樹は阿波野の牽制がボークではないかと執拗に抗議し、その結果として阿波野は本来のフォームを崩し、この年以降成績が下降線を辿るようになったとされる。10.19でシーズン終盤に中2日で連続完投した翌日リリーフで連投という、入団1年目から酷使されてきた影響もあるとされる。ボークと指摘されるようになってからシーズン中にクイックモーションの練習を多くしたところ、左肘の靭帯を損傷してしまったこと、さらに同年に野茂英雄が入団し、タイトルを総なめにしたことで焦りが生じてしまい、状態をより悪化させてしまったのが原因であると語っている。一時は、トミー・ジョン手術をすることも検討したが、ウエイトトレーニングで肘の周りの筋肉を鍛える方法を選択し、これにより投球フォームも変えることを余儀なくされた。

西崎幸広と比べると、1987年から1990年までの合計勝利数はぴったり同じ58勝で、まさにライバルと呼ぶにふさわしい数字が残っている。この年の5月20日の対ロッテ戦で阿波野は勝利投手となり通算50勝に到達しているが、同日、西崎も対ダイエー戦において勝利投手となり同じく通算50勝となった。

監督の仰木彬は阿波野を信頼し続け、1991年には野茂を抑えて阿波野を3年連続の開幕投手に抜擢している。92年にはリリーフも兼務。また、仰木が近鉄の指揮を取った最後の試合の先発投手は阿波野であった。仰木によれば「一番投げさせてやりたい投手を使った」という。しかし、成績が上向くことはなかった。

1994年オフ、仰木の後任監督の鈴木啓示との確執もあり、シーズンオフに香田勲男との交換トレード読売ジャイアンツへ移籍(鈴木との確執は野茂英雄吉井理人などにも同様のエピソードがある)。

巨人時代

1995年からは中継ぎ投手として再起を目指した。1996年はシーズン終盤に1軍で好投。河野博文川口和久宮本和知達とレフティーズを結成し恩師仰木が監督を務めるオリックスとの日本シリーズでも登板する。巨人での3年間は未勝利に終わった。

1997年シーズンオフに永池恭男との交換トレードで横浜ベイスターズへ移籍。

横浜時代

近鉄時代に投手コーチを努め阿波野の絶頂期を知る横浜監督権藤博が阿波野を積極的に起用。阿波野もその期待に答え移籍1年目の1998年は主に中継ぎとして自己最多の50試合に登板するなど復活を果たし、「権藤再生工場」第1号と呼ばれた。1998年の日本シリーズ第6戦では8回途中に2番手で登板して1989年第1戦以来の勝利投手となりチームも日本一を決め、後に「すべてが10.19からつながってるんですよ」と振り返っている。

1999年8月3日広島東洋カープ戦で6年ぶりの先発勝利を記録している。

2000年10月に戦力外通告受け、現役を引退。ドラフトで競合1位指名を受けた3球団全てに在籍。また、現役時代に在籍した3球団全て優勝を経験し、日本シリーズに出場を果たした。3球団からの日本シリーズ出場は最多タイ記録であるが、ドラフト指名された全球団で出場したのは阿波野だけである。

現役引退後

2001年から2003年まで巨人の二軍投手コーチ、2004年から2005年まで巨人の一軍投手コーチ(2004年はブルペン、2005年はベンチ)、2006年は横浜の一軍投手コーチを歴任。

巨人の一軍投手コーチ時代にチーム防御率4.50、4.80と2年連続して球団のチーム防御率のワースト記録であったり、2005年はチーム防御率リーグ最下位でもあった。その投手陣の低迷が要因で2005年は8年ぶりのBクラスに低迷したり、横浜コーチ時代は前年横浜はチーム防御率2位だったが阿波野がコーチを務めた2006年はセ・リーグ唯一のチーム防御率4点台の4.25(チーム防御率リーグ最下位)と低迷しチームの最下位の要因の一つになった。

2007年テレビ東京野球解説者に就任(札幌テレビスカイ・A sports+JSPORTSフジテレビONEプロ野球ニュース」にも本数契約で出演)。同年2月1日より住友金属鹿島硬式野球部の投手コーチに就任した。同部で、後に楽天に入団する井坂亮平、横浜に入団する加賀繁らを指導した。 山田久志とは、阿波野の両親がともに山田と同郷の能代市出身者だったこともあり、新人時代から親交が深かった。

2011年11月4日、二軍コーチとして巨人に復帰することが発表され、11月19日に就任会見。

2015年10月29日2016年から巨人に新設される三軍の投手コーチに就任することが発表された。

詳細情報

年度別投手成績






























ブ




ド
































ボ











W
H
I
P

1987 | 近鉄 | 32 | 30 | 22 | 3 | 4 | 15 | 12 | 0 | -- | .556 | 1002 | 249.2 | 211 | 27 | 58 | 2 | 4 | 201 | 3 | 0 | 86 | 80 | 2.88 | 1.08
1988 | 29 | 27 | 15 | 3 | 0 | 14 | 12 | 1 | -- | .538 | 898 | 220.1 | 199 | 21 | 51 | 6 | 5 | 181 | 1 | 0 | 66 | 64 | 2.61 | 1.13
1989 | 29 | 28 | 21 | 5 | 0 | 19 | 8 | 1 | -- | .704 | 955 | 235.2 | 187 | 25 | 80 | 4 | 4 | 183 | 4 | 0 | 75 | 71 | 2.71 | 1.13
1990 | 25 | 24 | 10 | 0 | 1 | 10 | 11 | 1 | -- | .476 | 815 | 190.2 | 192 | 33 | 62 | 5 | 3 | 141 | 5 | 2 | 111 | 98 | 4.63 | 1.33
1991 | 13 | 6 | 0 | 0 | 0 | 2 | 2 | 1 | -- | .500 | 163 | 38.1 | 41 | 7 | 12 | 0 | 2 | 20 | 4 | 0 | 22 | 21 | 4.93 | 1.38
1992 | 19 | 16 | 2 | 0 | 0 | 6 | 6 | 0 | -- | .500 | 408 | 93.2 | 95 | 5 | 38 | 1 | 4 | 77 | 2 | 0 | 38 | 35 | 3.36 | 1.42
1993 | 22 | 4 | 0 | 0 | 0 | 1 | 3 | 0 | -- | .250 | 244 | 50.2 | 69 | 11 | 30 | 3 | 0 | 38 | 0 | 0 | 43 | 39 | 6.93 | 1.95
1994 | 6 | 2 | 0 | 0 | 0 | 0 | 2 | 0 | -- | .000 | 58 | 10.1 | 22 | 2 | 6 | 1 | 0 | 9 | 1 | 0 | 14 | 14 | 12.19 | 2.71
1995 | 巨人 | 24 | 1 | 0 | 0 | 0 | 0 | 3 | 0 | -- | .000 | 139 | 29.1 | 33 | 2 | 19 | 2 | 2 | 26 | 2 | 0 | 19 | 14 | 4.30 | 1.77
1996 | 4 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | -- | ---- | 35 | 9.0 | 5 | 0 | 2 | 1 | 0 | 13 | 0 | 0 | 3 | 3 | 3.00 | 0.78
1997 | 1 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | -- | ---- | 1 | 0.0 | 0 | 0 | 1 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | ---- | ----
1998 | 横浜 | 50 | 1 | 0 | 0 | 0 | 4 | 1 | 0 | -- | .800 | 237 | 54.0 | 50 | 6 | 22 | 1 | 4 | 44 | 3 | 2 | 29 | 28 | 4.67 | 1.33
1999 | 40 | 8 | 0 | 0 | 0 | 2 | 8 | 1 | -- | .200 | 295 | 62.2 | 79 | 10 | 24 | 0 | 6 | 41 | 1 | 0 | 49 | 44 | 6.32 | 1.64
2000 | 11 | 1 | 0 | 0 | 0 | 2 | 0 | 0 | -- | 1.000 | 66 | 15.2 | 15 | 1 | 5 | 0 | 2 | 11 | 0 | 0 | 8 | 8 | 4.60 | 1.28
NPB:14年 305 | 148 | 70 | 11 | 5 | 75 | 68 | 5 | -- | .524 | 5316 | 1260.0 | 1198 | 150 | 410 | 26 | 36 | 985 | 26 | 4 | 563 | 519 | 3.71 | 1.28

タイトル

表彰

記録

初記録
節目の記録
その他の記録

背番号

関連情報

CM出演

脚注

  1. ^ [【私の失敗(3)】] 阿波野秀幸、観客席で『球場1周』競走…「全員、退部だ!!」(『SANSPO.COM』2015.12.3)
  2. ^ 岡本伊三美 (2011). 岡本、少しは野球面白ぅなってきたか. SIC. ISBN 9784904955079.
  3. ^ [1988年10月19日 近鉄vs.ロッテ] 阿波野秀幸「ホームランの後の記憶がないんです」(『Number』626号より)
  4. ^ ベースボールマガジン2009年3月号52頁 -
  5. ^ 【4月22日】1990年(平2) 「ボークだ!」西武 仇敵近鉄・阿波野秀幸潰した
  6. ^ 西武OBも同情…菊池雄星に“2段モーション疑惑”なぜ今?
  7. ^ 【私の失敗(5)】阿波野秀幸、クイック練習を多くして左肘の靭帯損傷サンケイスポーツ
  8. ^ 【5月20日】1990年(平2)宿命の同期・阿波野秀幸と西崎幸広 50勝に同日到達スポーツニッポン
  9. ^ 日本プロ野球トレード大鑑1936-2001(ベースボール・マガジン社)によると鈴木監督の時は二軍で調整後に一軍に上がって一度打たれると次のチャンスを与えてもらえなかった。
  10. ^ Sports Graphic Number790. 文藝春秋. (2011). p.p.58~59
  11. ^ 2000 ベースボール・レコード・ブック 101頁 1999年度主要記録集「6年ぶりの先発勝利」より。1993年4月14日の千葉ロッテマリーンズ戦以来である。
  12. ^ 他には若生智男(大毎阪神広島)、永尾泰憲(ヤクルト・近鉄・阪神)、大宮龍男(日本ハム中日・西武)、中尾孝義(中日・巨人・西武)、工藤公康(西武・ダイエー・巨人)、中嶋聡(オリックス・西武・日本ハム)の6人
  13. ^ “巨人コーチに阿波野氏ら=プロ野球”. 朝日新聞. (2011年11月4日). http://www.asahi.com/sports/jiji/JJT201111040075.html 2011年11月19日閲覧。
  14. ^ “【巨人】阿波野が7年ぶりコーチ復帰会見”. 日刊スポーツ. (2011年11月19日). http://www.nikkansports.com/baseball/news/f-bb-tp0-20111119-865751.html 2011年11月19日閲覧。
  15. ^ 来季の三軍コーチングスタッフについて - 読売巨人軍公式サイト(2015年10月29日)
  16. ^ 『週刊ベースボール』1989年12月18日号
  17. ^ “【ファン交歓会一問一答】原口、関西弁の女性「いいと思います」(画像6)歴代サンスポMVP大賞、新人賞の受賞者”. SANSPO.COM (産業経済新聞社). (2016年11月23日). http://www.sanspo.com/baseball/photos/20161123/tig16112305040011-p6.html 2017年9月8日閲覧。

関連項目

外部リンク

読売ジャイアンツ 2018
監督 | 
24 高橋由伸

一軍コーチ | 

二軍監督・コーチ | 
  • 78 川相昌弘(監督)
  • 74 小谷正勝(投手)
  • 73 三澤興一(投手)
  • 75 内田順三(打撃)
  • 72 田代富雄(打撃)
  • 70 片岡治大(内野守備走塁)
  • 71 金城龍彦(外野守備走塁)
  • 76 高田誠(バッテリー)
  • 106 ターニー(トレーニング)
  • 108 穴吹育大(トレーニング)
  • 109 李昊俊(打撃)

  • 三軍監督・コーチ | 
  • 77 江藤智(監督)
  • 101 阿波野秀幸 (投手)
  • 107 会田有志(投手兼トレーニング)
  • 104 円谷英俊(内野守備走塁)
  • 105 松本哲也 (外野総合)
  • 102 吉原孝介(バッテリー)
  • 103 内藤重人(トレーニング)

  • 投手 | 
  • 11 上原浩治
  • 13 森福允彦
  • 15 澤村拓一
  • 17 大竹寛
  • 18 杉内俊哉
  • 19 菅野智之
  • 20 マシソン
  • 21 吉川光夫
  • 23 野上亮磨
  • 26 内海哲也
  • 28 畠世周
  • 29 鍬原拓也
  • 30 宮國椋丞
  • 35 西村健太朗
  • 36 桜井俊貴
  • 37 田原誠次
  • 39 ヤングマン
  • 40 谷岡竜平
  • 41 中川皓太
  • 42 山口俊
  • 44 カミネロ
  • 45 今村信貴
  • 47 山口鉄也
  • 48 池田駿
  • 50 戸根千明
  • 53 高田萌生
  • 57 高木京介
  • 62 篠原慎平
  • 64 大江竜聖
  • 90 田口麗斗
  • 91 與那原大剛
  • 92 アダメス
  • 95 メルセデス
  • 97 廖任磊

  • 捕手 | 
  • 22 小林誠司
  • 27 宇佐見真吾
  • 38 岸田行倫
  • 46 大城卓三
  • 69 田中貴也
  • 94 河野元貴

  • 内野手 | 
  • 00 寺内崇幸
  • 0 吉川尚輝
  • 6 坂本勇人
  • 10 阿部慎之助
  • 12 脇谷亮太
  • 25 岡本和真
  • 33 マギー
  • 52 北村拓己
  • 56 山本泰寛
  • 60 若林晃弘
  • ・・・・・・・・・・・・・・・・・・
    出典:wikipedia
    2018/09/19 12:10

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