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電気グルーヴとは?

【基本情報】

【別名】
DENKI GROOVE
電気GROOVE
【出身地】
日本 東京都渋谷区
【ジャンル】
テクノポップ
テクノ
ニュー・ウェイヴ
ハウス
【活動期間】
1989年 - 2001年
2004年 -
【レーベル】
SSE COMMUNICATIONS
(1990年)
トレフォート / Sony Records
(1991年)
Ki/oon Sony Records
→Ki/oon Records
→Ki/oon Music
(1992年 - )
【事務所】
ソニー・ミュージックアーティスツ( - 2019年)→フリー
【公式サイト】
denkigroove.com
【】

【メンバー】
石野卓球(ボーカルサンプリング)
ピエール瀧(ボーカル・サンプリング・)
【】

【旧メンバー】
若王子耳夫(ギターストリングス)
(1989年 - 1990年)
高橋嵐(プログラミング)
(1989年 - 1990年)
CMJK(キーボード・プログラミング・DJ)
(1990年 - 1991年)
砂原良徳(キーボード・プログラミング)
(1991年 - 1999年)

電気グルーヴ(でんきグルーヴ)は、日本バンド。1989年に結成され、テクノエレクトロを中心とした独特の音楽性と破天荒なパフォーマンスが特徴。世相を風刺した作品が多く、1990年代サブカルの担い手でもあった。日本国外向けにDENKI GROOVEの表記を使用することもある。主な略称は、「電気」、「電G軍団」など。

目次

  • 1 概要
  • 2 メンバー
    • 2.1 過去在籍したメンバー
  • 3 略歴
    • 3.1 1980年代
    • 3.2 1990年代
    • 3.3 2000年代
    • 3.4 2010年代
  • 4 ディスコグラフィ
    • 4.1 CD
      • 4.1.1 シングル
      • 4.1.2 その他のシングル
      • 4.1.3 オリジナルアルバム
      • 4.1.4 その他のアルバム
    • 4.2 アナログ盤
    • 4.3 ビデオ・DVD・Blu-ray
    • 4.4 オムニバス盤
    • 4.5 他アーティストへの提供作品
  • 5 ツアー・ライヴタイトル
  • 6 出演
    • 6.1 テレビ
    • 6.2 ラジオ
    • 6.3 CM
  • 7 書籍
  • 8 ゲーム
  • 9 ミュージックビデオ
  • 10 電気グルーヴと関わりの深い人物
  • 11 その他
    • 11.1 DENKI GROOVE INFORMATION
    • 11.2 鬼日
    • 11.3 ピグ
    • 11.4 電気語
      • 11.4.1 主な電気語
  • 12 主な使用機材
  • 13 関連項目
  • 14 脚注
    • 14.1 注釈
    • 14.2 出典
  • 15 外部リンク

概要

1989年4月に解散した人生(ZIN-SÄY!)のボーカリスト石野卓球ピエール瀧若王子耳夫を中心に同年結成。1990年、アルバム『662 BPM BY DG』でインディーズデビュー。その後、1991年にシングル「RHYTHM RED BEAT BLACK (Version 300000000000) / TMN VS 電気GROOVE」でメジャーデビュー後、アルバム『FLASH PAPA』で本格的にデビューした。シングル「N.O.」や「Shangri-La」などのヒット曲で知られる。初期の2年間は比較的メンバーの入れ替わりが多かったが、続く8年間は結成以来の石野と瀧に砂原良徳を加えた3人で活動し、安定した人気を築いた。砂原の脱退後は二人での活動が続いている。

ディスコテクノポップ、ダンスミュージックから、テクノエレクトロニカアンビエントまで幅広い電子音楽の意匠を音楽的特徴としている。結成当初はボーカルスタイルにラップの方法論を取り入れていたため、ヒップホップグループに分類されることも多かったが、1993年のアルバム『FLASH PAPA MENTHOL』のリリース以降、より純粋に電子音楽を主体としたスタイルへと移行する。また日本国内での活動と並行して1995年ベルリンMFSレーベルからシングル「」をリリースし、以降はMAYDAYへの参加など外国でのリリースやライヴ活動も精力的に行う。シュトックハウゼンの『光』で見られるような「被り物」をメンバーが行うことも活動初期からあり、電子音楽の先人へのリスペクトがみられるのも特徴の一つである。

一方、前身となったインディーズバンド「人生」に代表される、かつてのナゴムレコード周辺の「ナゴム系」バンドに見られるユーモア、ジョーク、パロディ、ギャグによって真意を隠すスタイルも受け継いでおり、主にコミックソング系の楽曲に見られる特異な歌詞とパフォーマンス、発言の数々は音楽性と並んでサブカルチャー的な支持を集めている。一方で石野が細川ふみえ篠原ともえをプロデュースした際の可愛らしい歌詞や、最高売り上げ記録を持つシングルにして唯一のラブソング「Shangri-La」などの普段とは方向性が異なる表現も存在する。

メンバーはソロ活動も並行して行っており、石野は前述の篠原ともえのプロデュースや、世界最大規模のレイヴラブパレードでのDJプレイ、ゲーム作品のBGMなども制作。砂原良徳は在籍中にリリースしたソロデビュー作『CROSSOVER』が非常に高く評価された。瀧は映画『ステレオフューチャー』や『ローレライ』で重要な役柄を演じたり、漫画雑誌『週刊少年チャンピオン』で連載していた『樹海少年ZOO1』の漫画原作を担当する(作画は漫☆画太郎)などタレント業・映像面で活動した。

メンバー

最初に結成を呼びかけ、主に音楽的な方面でイニシアティヴをとるのは石野だが、メンバーが3人以上在籍する当時から、バンドのリーダーを瀧とする場合と石野とする場合と、その時々によって宣言は適当である。特にデカくて目立つという理由からか、TVのバラエティ番組等では瀧をリーダーとして紹介する場面も多々見られた。番組内で、「電気グルーヴの中で瀧さんは何の担当なのですか?」と訊かれ、「瀧です。」と答えたことから、瀧の担当パートは「瀧」とクレジットされている。
「電気グルーヴの役割? 他のバンドには俺がいないこと(笑)」(HMV the music & movie master issue 187)

過去在籍したメンバー

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この節は検証可能な参考文献や出典が全く示されていないか、不十分です。出典を追加して記事の信頼性向上にご協力ください。(2019年6月)

石野や瀧と同じく、前身バンド人生」から電気グルーヴに参加したメンバー。ギターストリングスを担当。ベースも弾く。かつて「人生」ではボーカルも担当しており、フロントメンバーのひとりであった。
代表曲「耳夫サンバ」は「人生」やナゴムレコードのファンだった初期のスチャダラパーサンプリングしていた。瀧とは「悲しい」という別ユニットも結成し、大槻ケンヂ率いる「まんが道」のステージにも参加したことがある。電気結成から間もない頃に宝島社から発売されていたビデオマガジン『VOS』の連載企画「電気グルーヴ的こころ」には石野、瀧、耳夫の元「人生」の三人で出演していた。電気の初代ギタリストとしては吉沢が(一時的とはいえ)先に在籍していた経歴があるため、この「電気グルーヴ的こころ」では二代目ギタリストとして紹介されている。高橋と共にアルバム662 BPM BY DG』の発表と同時期に電気を脱退した後は、ナゴム時代の同僚バンド「死ね死ね団」に加入しての活動を経て、さらに「Badge714」に参加する。330 mimio名義で、CUBISMO GRAFICO FIVEにギタリストとして在籍していたが、2009年8月23日のライヴを最後に脱退。
宮城県仙台市出身。テクノバンド「Cutemen」での活動を一旦終了し、耳夫と高橋が脱退した後の1990年に電気グルーヴに加入。電子楽器プログラミング作曲を担当した。本名は北川潤(きたがわ じゅん)
CMJKの名前は電気グルーヴ加入後につけられたものである。石野、瀧と同じく芸名で活動することを要求されたことから、しぶしぶ考案し名乗るに到ったという。そこで尊敬するDJ「カット・マスター・スウィフト」に肖り「カット・マスター・ジュン・キタガワ」、略してCMJKとした。現在もこの芸名は使用され続けており、今となっては本名よりもこちらを好むという。これがもし考え付かなかったら、メンバーから「ゲンゴロウマル」という芸名がつけられるところであった。
1stアルバム『FLASH PAPA』発表後は電気グルーヴを脱退。その理由に関しては、当時マスコミによってメンバーとの不仲説などいくつかの憶測が囁かれていたが、実際のところは人気グループの一員として楽に活動し、定期的に印税を受け取り、既成のロックバンド的プロセスを踏んでいくことに対し疑問を抱いた結果、いちダンスミュージックプログラマーとして折り合いをつけた末の決断だったとファンクラブの会報では語っている(マスコミ向けに行った脱退会見では、全裸で会見に臨んだ石野と瀧をバックに「もうこんな奴等とはやってられません」とコメントしている)。後に「ザ・インタビューズ」上では、『FLASH PAPA』レコーディングの為マンチェスターに赴いた際、隣のスタジオで作業をしていたCANDY FLIPとの出会いが契機であったと語っている。
このあとピコリンとCutemenとしての活動を再開し、さらに元M-Ageの梶原裕司と共にCONFUSIONを結成。それと同時にゴッサムシティ、CT.SCAN、ALEX, incの変名でも活動。石野や砂原と共に1990年代のジャパニーズテクノシーンの一翼を担う。『キーボードスペシャル』誌での連載「CMJKのGROOVE CONTROL(グルコン)」は、砂原良徳による「まりんのキーボードスペシャル」と並んで、若手クリエイターに支持された。
バンド活動終了後は膨大な数のアーティストのプロデュースや作曲、アレンジを続けている。その主な顔ぶれは浜崎あゆみ佐野元春少年隊PENICILLINV6ユースケ・サンタマリア猿岩石キャイ〜ン篠原ともえKICK THE CAN CREW東京パフォーマンスドールFLIP-FLAP片瀬那奈THC!!OVAマクロスプラス』(サウンドトラック参加)など多数。2000年には、テレビドラマバーチャルガール』(日本テレビ)のオープニングテーマをはじめとするサントラCDの作成も手がけた。自身のクラブイベント「BOO」でもDJとして活躍している。バンドを脱退したものの現在もメンバーとの付き合いは続いており、電気グルーヴ10周年企画アルバムThe Last Supper』にも参加した。
近年では不定期ながらCMJK名義でソロライヴも行なっており、Cutemenピコリンをゲストヴォーカリストに迎えてライヴパフォーマンスを展開している。
石野いわく「彼、まだ辞めるって言っていないから、まだメンバー。電気グルーヴは、ピエール、卓球、後藤の3人」と話す(2018年3月1日放送、TBSラジオたまむすび』にて)。「最初の打ち合わせだけ来た幻のメンバー。辞めるって言ってないから、彼もまだ電気グルーヴのメンバー」と、石野はラジオで語っている。ただし、公式サイトのプロフィール欄に記載されているのは石野卓球、ピエール瀧の2人のみである。

※この他にもリハーサルまで参加した吉沢人生(ZIN-SÄY!)の結成メンバーで東京初ライヴのみ参加したK太など一時的に在籍したメンバーも複数存在する。なおサポートメンバーであるDJ TASAKAKAGAMI渡部高士agraphに関しては#電気グルーヴと関わりの深い人物の項目で後述する。

略歴

1980年代

人生(ZIN-SÄY!)解散翌日の1989年4月27日、電気グルーヴは初台駅近くのデニーズ西新宿店で石野卓球ピエール瀧を中心に結成された。

1990年代

2000年代

2010年代

出典:wikipedia
2019/07/23 14:39

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