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靖国神社とは?

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【靖国神社】


拝殿


【所在地】
東京都千代田区九段北3丁目1番1号
【位置】
北緯35度41分38.25秒
東経139度44分33.69秒
座標: 北緯35度41分38.25秒 東経139度44分33.69秒
【主祭神】
護国の英霊 246万6千余柱
社格旧別格官幣社勅祭社
【創建】
明治2年(1869年)
本殿の様式 神明造銅板葺
【例祭】
4月22日(春季例大祭)
10月18日(秋季例大祭)
【主な神事】
みたままつり(7月13日 - 16日)
【地図】
靖国神社
東京都区部の地図を表示
靖国神社
日本の地図を表示

靖国神社(正式表記:靖國神社、やすくにじんじゃ)は、東京都千代田区九段北にある神社である。

目次

  • 1 概要
  • 2 祭神
  • 3 社名
  • 4 祭祀
    • 4.1 恒例祭典
    • 4.2 靖国神社の1日
    • 4.3 参拝
    • 4.4 合祀祭
      • 4.4.1 合祀手順
    • 4.5 祠官・神職
  • 5 組織・運営
    • 5.1 内部組織
    • 5.2 収入
  • 6 社殿
  • 7 境内
  • 8 名所
    • 8.1 桜の名所
    • 8.2 東郷坂
  • 9 歴史
    • 9.1 戦前
    • 9.2 戦後
      • 9.2.1 靖国神社の存続とカトリック教会
      • 9.2.2 国家管理をめぐる動き
    • 9.3 現在
  • 10 靖国神社と文化
    • 10.1 靖国神社が描かれた文物
    • 10.2 大日本帝国と英霊と靖国神社(民間伝承)
    • 10.3 靖国神社で造られた日本刀
  • 11 付録
    • 11.1 歴代宮司・権宮司
    • 11.2 年表
  • 12 交通
  • 13 脚注
    • 13.1 注釈
    • 13.2 出典
  • 14 参考文献
  • 15 関連項目
  • 16 外部リンク

概要

 | 
この節に雑多な内容が羅列されています。事項を箇条書きで列挙しただけの節は、本文として組み入れるか、または整理・除去する必要があります。(2018年6月)

ボアソナード・タワー26階から鳥瞰する

祭神

幕末から明治維新にかけて功のあった志士に始まり、嘉永6年(1853年)のペリー来航(いわゆる「黒船来航」)以降の日本の内外の事変戦争等、国事に殉じた軍人、軍属等の戦没者を「英霊」として祀り、その柱数(柱(はしら)はを数える単位)は2004年(平成16年)10月17日現在で計246万6532柱にも及ぶ(詳細は「祭神の内訳」を参照)。当初は祭神は「忠霊」・「忠魂」と称されていたが、1904年(明治37年)から翌年にかけての日露戦争を機に新たに「英霊」と称されるようになった。この語は直接的には幕末の藤田東湖の漢詩「文天祥正気の歌に和す」の「英霊いまだかつて泯(ほろ)びず、とこしえに天地の間にあり」の句が志士に愛唱されていたことに由来する。

本殿での祭神の神座は当初は1座であったが、1959年(昭和34年)に創建90年を記念して台湾神宮および台南神社に祀られていた北白川宮能久親王と、蒙彊神社(張家口)に祀られていた北白川宮永久王とを遷座合祀して1座を新たに設けた。従って現在の神座は、英霊を祀る1座と能久親王、永久王を祀る1座の2座である。

祭神の内訳

祭神の主な内訳は、以下の通り(2004年(平成16年)10月17日現在)。戦争・事変名は靖国神社自身の表記に拠る年代順ソート。

【戦争・事変名】
【柱数】
備考
1868年-1869年/戊辰戦争明治維新 | 0007751/7751柱 |  | 新政府軍側のみ。遊就館の靖国の神々の一覧表では「明治維新」のみ。(彰義隊新撰組を含む)旧幕府軍や奥羽越列藩同盟軍の戦死者は対象外となる。
1877年/西南戦争 | 0006971/6971柱 |  | 政府軍側のみ、西郷隆盛ら薩摩軍は対象外。
1874年/台湾出兵
(別名:征台の役) | 0001130/1130柱 |  | 遊就館の靖国の神々の一覧表では、「台湾討伐」とある。
1875年/江華島事件 | 0000002/2柱 |  | 
1882年/壬午事変 | 0000014/14柱 |  | 
1882年/京城事変
(甲申政変) | 0000006/6柱 |  | 遊就館の「靖国の神々の一覧表」では、壬午事変、江華島事件、京城事変はなぜか一覧表にない。
1894年-1895年/日清戦争 | 0013619/1万3619柱 |  | 
1900年/義和団事件 | 0001256/1256柱 |  | 遊就館の「靖国の神々」の一覧表では、「北清事変」とある。
1904年-1905年/日露戦争 | 0088429/8万8429柱 |  | 常陸丸事件英国人船員は対象外。ただし、6月15日斎行の常陸丸殉難記念碑前での慰霊祭では、等しく慰霊されている。
1914年-1918年/第一次世界大戦 | 0004850/4850柱 |  | 
1920年/青山里戦闘 | 0000011/11柱 |  | 
1928年/済南事件 | 0000185/185柱 |  | 
1930年/霧社事件 |  |  | 
1931年06月/中村大尉事件外 | 0000019/19柱 |  | 
1931年09月-1932年02月/満洲事変 | 0017176/1万7176柱 |  | 
1937年-1945年/支那事変
(日中戦争) | 0191250/19万1250柱 |  | 
1941年-1945年/大東亜戦争
(太平洋戦争) | 2133915/213万3915柱 |  | 第一次インドシナ戦争などの「太平洋戦争後のアジア独立戦争」で戦没した者も含む。
 | 246万6584柱 |  | 
  1. ^ 『一等水夫故松村千代松招魂社ヘ合祀』 〔国立公文書館>内閣>公文録>朝鮮講信録>公文録・明治八年・第三百七巻・朝鮮講信録(三)〕 アジア歴史資料センター レファレンスコード A01100130400 - 「故松村千代松招魂社合祀ノ儀上請 山口県士族 一等水夫 故松村千代松 右之者本年九月中雲揚艦朝鮮江華島ニ於テ暴撃ヲ受ケ候節奮激突戦台場ニ乗入逐ニ深手ヲ負ヒ帰艦之後之力為メ同月二十二日致死去実ニ愍然之儀ニ付来ル明治九年一月招魂社例祭之節合祀被仰付候様仕度此段」。
  2. ^ 『故工兵中尉堀本礼造外二名并朝鮮国ニテ戦死巡査及公使館雇ノ者等靖国神社ヘ合祀ノ件』 (国立公文書館>内閣>公文録>陸軍省>公文録・明治十五年・第百八巻・明治十五年九月〜十一月・陸軍省) アジア歴史資料センター レファレンスコード A01100233700 - 「同省朝鮮国日本公使館護衛隊ハ鎮守ニ等シキ勤労アルヲ以テ鎮戍ノ軍隊ニ准シ従軍年ニ加算セント請フ之ヲ允ス」。
  3. ^ 『陸軍省稟告故磯林歩兵大尉外五名靖国神社ヘ合祀ノ件』 (国立公文書館>内閣>公文別録>公文別録>公文別録・朝鮮事変始末・明治十七年・第二巻・明治十七年) アジア歴史資料センター レファレンスコード A03023658800。
  4. ^ 『第1511号 7.4.23 靖国神社臨時大祭祭式次第書並に先着諸員の件(2)』(1932年(昭和7年)4月23日) (防衛省防衛研究所>海軍>海軍省公文備考類>昭和7年>公文備考 昭和7年 C 儀制 巻7) アジア歴史資料センター レファレンスコード C05021974300。
  5. ^ ベトナム独立戦争参加日本人の事跡に基づく日越のありかたに関する研究 井川一久 東京財団研究報告書 2005年10月。

社名

参道

正字による表記は「靖國神社。神社名にある「靖国」は『春秋左氏伝』第6巻僖公23年秋条の「吾以靖國也(吾以つて国を靖んずるなり)」を典拠として明治天皇が命名したもので、1879年(明治12年)に改称された。当初の東京招魂社の「招魂社」は「在天の神霊を一時招祭するのみなるや聞こえて万世不易神霊厳在の社号としては妥当を失する」可能性があるために廃されたというが、名称変更後も「招魂祭」は続けられている。因みに同年6月16日の「社号改称・社格制定ノ祭文」には「赤き直き真心を以て家を忘れ身を擲(なげう)ちて各(おの)も各も死亡(みまかり)にし其(その)高き勲功に依りて大皇国をば安国と知食(しろしめ)すが故に靖国神社と改称(あらためとなえ)」とある。安来が根の国であるということを暗に示したという説もある。

英語圏では「Yasukuni shrine」と表記されるが、それと並んで一時期は「war shrine」(戦争神社)と表記されたこともある。

祭祀

恒例祭典

祭事暦
1月 | 1日 | 若水奉奠、新年祭
2日 | 二日祭
7日 | 昭和天皇武蔵野陵遥拝式
30日 | 孝明天皇後月輪東山陵遥拝式
2月 | 11日 | 建国記念祭
17日 | 祈年祭
4月 | 21 - 23日 | 春季
例大祭
 | 21日 清祓
22日 当日祭
23日 第二日祭・直会
29日 | 昭和祭
6月 | 29日 | 御創立記念日祭・献詠披講式
30日 | 大祓式
7月 | 13 - 16日 | みたままつり | 13日 前夜祭
14日 第1夜祭
15日 第2夜祭
16日 第3夜祭
30日 | 明治天皇 伏見桃山陵 遙拝式
8月 | 15日 | 放鳩式
9月 | 中下旬の週末 | 秋の夜長参拝「みらいとてらす」
10月 | 17日 | 神宮神嘗祭遥拝式
17 - 20日 | 秋季
例大祭
 | 17日 清祓
17日 臨時大祭
18日 当日祭
19日 第二日祭
20日 第三日祭・直会
11月 | 3日 | 明治祭
23日 | 新嘗祭
12月 | 23日 | 天皇(上皇明仁)御誕辰奉祝祭
25日 | 大正天皇多摩陵遥拝式・煤拂式
31日 | 除夜祭・大祓式
7月のみたままつり
みたままつりで掲げられた献灯
「紫色」の幕が掛かる拝殿(新嘗祭)

最重要の祭儀である例祭には4月21日から23日にかけての春季例大祭と10月17日から20日にかけての秋季例大祭があり、秋季例大祭には合祀祭が併せて斎行される(合祀祭と招魂祭(しょうこんさい)は別の祭儀である)。創祀時当初は1月3日、5月15日から18日、9月22日の年3度であったが、1879年(明治12年)の別格官幣社列格時に5月6日と11月6日に変更し、1912年(大正元年)12月には三度改められ、以後終戦迄は4月30日と10月23日が例祭日とされていた。

7月13日から16日にかけて斎行されるみたままつりは日本古来の祖先祭祀である盆行事に因んで1947年(昭和22年)から始められたもので、期間中は毎夜本殿において祭神を慰霊する祭儀を行ない、境内では大小3万を超える提灯や雪洞が掲げられる。

戦後70年の2015年(平成27年)から、9月中下旬の週末に「秋の夜長参拝 みらいとてらす-秋を彩る九段の光-」を実施している。境内を午後9時まで開放してライトアップし、参道にぼんぼりを灯すとともに遊就館にプロジェクションマッピングを行うほか、各種伝統芸能を奉献する。

その他、毎月1日、11日、21日には月次祭が斎行され、祭神各柱の命日毎に永代神楽祭を行なう。因みに、常日の拝殿には「白色」の幕が掛かるが、恒例祭の日には「紫色」の幕に掛け替えられる。その他、朝御饌祭、夕御饌祭が毎日行われている。

終戦の日8月15日午前には放鳩式が行われる。また、戦没者の遺族らが参拝するほか、歴代内閣総理大臣では三木武夫福田赳夫鈴木善幸中曽根康弘小泉純一郎がこの日に参拝している。また閣僚、超党派議員連盟のみんなで靖国神社に参拝する国会議員の会等による参拝もなされ、境内では毎年戦没者追悼中央集会が開かれている。近年、神社周辺では右翼団体左翼団体によるデモがなされることがあり、2013年(平成25年)には衝突が発生した。

靖国神社の1日

菊花紋章が付いた神門

参拝

参拝は神道の作法で行われる。通常の社頭参拝は、鳥居をくぐり、手水舎の手水で清め、拝殿前で二拝二拍手一拝をする。正式参拝は参集所から参入し、手水で清め修祓(しゅばつ)を受けた後に本殿前に昇り(昇殿)、玉串を奉奠して二拝二拍手一拝し、退出時に神酒を戴く。

合祀祭

祭神は靖国神社の定める以下の内規に従って合祀される。

軍人・軍属
  1. 戦地、事変地、および終戦後の各外地において、戦死、戦傷死、戦病死した者。
  2. 戦地、事変地、および終戦後の各外地において、公務中に受傷罹病し、内地に帰還後、療養中にその受傷罹病が原因で死亡した者。
  3. 満洲事変以降、内地勤務において、公務中の受傷罹病が原因で死亡した者。
  4. サンフランシスコ講和条約第11条にある裁判判決によって死亡した者等(極東国際軍事裁判等の軍事裁判によりA級戦犯BC級戦犯であるかないかに関わらず死刑になった者等。なお、日本政府は「法務死者」と呼び、靖国神社では「昭和殉難者」と呼称している)。
  5. 未帰還者に関する特別措置法」による戦時死亡宣告により、公務中の受傷罹病が原因で死亡した、とみなされた者。
準軍属その他
  1. 軍の要請に基づいて戦闘に参加し、当該戦闘に基づく負傷または疾病により死亡した者(満洲開拓団員・満洲開拓青年義勇隊員・沖縄県一般邦人・南方および満洲開発要員・洋上魚漁監視員)。
  2. 特別未帰還者の死没者(ソビエト連邦樺太・満洲・中国に抑留中、死亡した者・戦時死亡宣告により死亡とみなされた者)。
  3. 国家総動員法に基づく徴用または協力者中の死没者(学徒・徴用工・女子挺身隊員報国隊員日本赤十字社救護看護婦)。
  4. 船舶運営会の運航する船舶の乗務員で死亡した者。
  5. 国民義勇隊員で、その業務に従事中に死亡した者(学域組織隊・地域組織隊・職域組織隊)。
  6. 旧防空法により防空従事中の警防団員。
  7. 交換船沈没により死亡した乗員(「阿波丸事件」を指す)。
  8. 沖縄県の疎開学童死没者(輸送船対馬丸で沖縄県から鹿児島県への学童疎開中に敵潜水艦により撃沈された小学校児童達を指す)。
  9. 外務省等職員(関東局職員・朝鮮総督府職員・台湾総督府職員・樺太庁職員・南洋庁職員)。
その他

合祀手順

戦前は旧陸海両軍の審査によって合祀が内定され、天皇の勅許を経て決定された。合祀祭には天皇が祭主として出席し、合祀されることは死者・遺族にとって最大の名誉であると考えられることが多かった。敗戦により、靖国神社は一宗教法人化、また陸海軍は廃止されたため、この合祀制度は変容した。

戦後の1952年(昭和27年)未合祀の戦没者が約200万人に上り、遺族や元軍人を中心に「合祀促進運動」が起こり、これに対応するため1956年(昭和31年)に厚生省(当時)が新しい合祀手順を定めた。

  1. 厚生省引揚援護局が各都道府県に対し「靖国神社合祀事務協力」という通知を出す。
  2. 各都道府県は、1953年(昭和28年)8月に成立した恩給法戦傷病者戦没者遺族等援護法で「公務死」と認められた者を「合祀予定者」と選び、厚生省引揚援護局に提出する。
  3. その名簿を厚生省から靖国神社に送付する。
  4. 靖国神社にて、名簿により合祀する。

なお、合祀に関して、靖国神社広報課では戦前戦後を通して祭神合祀にあたっての遺族への連絡はするが事前の合意は取らない、としており、本人・遺族の意向は基本的に考慮されずに神社側の判断のみで行われている。このため、遺族が不満を抱き裁判に至っているものもあるが、靖国神社による遺族に対する同意なき合祀によって、原告遺族らの法的利益が侵害されたと認められる判決は下されていない。

被祀者の遺骨位牌などはない。まず真っ暗闇の夜に氏名、軍における所属・階級、位階、勲等などを筆書きし、「人霊」を「霊璽簿(れいじぼ)」(旧称「祭神簿」)と称される名簿に移す。次に靖国神社の神体とされる鏡に「霊璽簿」を写し、合祀祭を行うことで「人霊」を「神霊」へと化す。このようにして「御霊(みたま)」を招来し、身分、職業、年齢、性別にかかわりなく、手厚く祀っているという。祭神は氏名の最後に「命(みこと)」または「媛命(ひめのみこと)」を付し、例えば山本五十六だと「山本五十六命(やまもといそろくのみこと)」の様に呼称する。

祠官・神職

招魂社と称された時期には神官・神職の定めは無かった。例大祭・臨時大祭にはまたは将官、招魂式には将官または佐官、その他の祭祀には佐官、尉官が奉仕した。1875年(明治8年)以降は例大祭・臨時合祀祭・招魂祭の祭主は旧陸軍と海軍が隔番で務めた。明治12年の改称列格によって官員の祭主は廃され祭典は宮司が行うこととなった。同時に宮司1名、禰宜1名、主典4名が法令によって置かれ、1938年(昭和13年)からは権宮司も置かれることとなった。宮司以下神官の進退は内務省が、増員・増俸は内務省・旧陸海軍の3者協議で行い、実際の管理は主として財政を負担した陸軍省総務局が行った 。また、社司社掌陸軍省第1局の所属であったが、1887年(明治20年)には閣令第4号により神官を廃して神職(職名)を置き、旧陸海軍が補任することとなった。1946年(昭和21年)の官国幣社制(近代社格制度)廃止以後は自主管理となった。

組織・運営

靖国神社は単立神社として神社本庁との包括関係に属していない。これは、「靖国神社は日本国の護持の神社であり、いつかは国に返すべきなので、特定の宗教法人の包括下に入るべきではない」という靖国神社・神社本庁双方の判断によるものである。このような経緯のため、靖国神社と神社本庁とは包括・被包括の関係にないながらも密接な協調関係を保っている。例えば神社本庁は靖国神社崇敬奉賛会の法人会員となっている。神社本庁に属さない神社であるため、宮司以下の神職は神社本庁の神職の資格を持った人物である必要はない。例えば第6代宮司の松平永芳はもともと神職ではなかった。この場合、祭式などの研修をまず受けることになる。

内部組織

靖国神社では2005年(平成17年)1月現在、総勢108人が奉職する。組織としては以下の部署があり、宮司がそれらを統括、権宮司が宮司を補佐する。

  • 祭務部
    • 祭儀課
    • 調査課
  • 総務部
    • 総務課
    • 人事課
    • 管理課
    • 広報課
  • 宣徳部
    • 崇敬奉賛課
    • 宣徳課
  • 経理部
    • 経理課
    • 事業課
  • 遊就館部
    • 史料課
    • 展示課
    • 文庫室
  • 社務実習生


収入

戦前

明治2年(1869年)には明治天皇により1万社領を「永代祭粢料」として下賜されたが、国の財政難のために漸次減らされた。しかし、賽銭収入だけでも、1891年(明治24年)に136,753円であったものが1905年(明治38年)の日露戦争後には急増し、1910年(明治43年)には1,709,710円にもなっており、これも全国から戦死者の遺族が参詣した結果である。1875年(明治8年)、明治天皇は2回目の親拝に際し100円を下賜した。翌1876年(明治9年)、政府は減額して5千石にしていた社領を年7,550円の現金に改め、「寄付金」と称した。同10年、西南戦争の戦没者合祀に際して天皇は親拝して1,000円を下賜した。1887年(明治20年)、青銅製の鳥居の工事にあたり、皇室から15,000円が下賜された。1901年(明治34年)の大改増築に際し、政府は52,000円を「特別寄付金」として与えた(総工費は約16万円)。同年の招魂式では天皇・皇后から2,000円が下賜され、政府も15,000円を与えた。以後も皇室・政府からの定収入・臨時収入があった。

戦後

2008年(平成20年)現在の年間予算は20億円を越え、全て戦没者遺族、戦友などからの奉納金などで維持・運営されているが、遺族会に代表される戦中世代が亡くなり続けているのに伴って、主要な収入源である大口の寄付も減少の一途をたどり、さらに朝日新聞によれば2006年(平成18年)時点で崇敬奉賛会の会員も減り続けていることから財政難に陥り、職員のリストラも進められたという。もっとも、記事中に「崇敬奉賛会の会員も減り続けている」とあるが、2009年(平成21年)3月31日の時点での会員数は設立時のそれと比べて約2万人増えているとの報告もある。なお、2006年(平成18年)8月15日の小泉純一郎内閣総理大臣参拝では、当該報道を行った朝日新聞社の記者やカメラマンが取材しようとしたところ、靖国神社側は同新聞社の「(8月)12日付の朝刊で神社所有の不動産・施設・職員寮の地図を掲載したことは、プライバシーを侵害するものであり、職員の身辺を保護するうえでも問題がある」として取材を拒否し、同新聞社の神社敷地への立ち入りを禁止した。

このほか付属施設である遊就館の入館料や、売店及び境内にある茶店の売り上げなども収入源となっている。

社殿

中門鳥居
神門
青銅大鳥居
社号標・大鳥居

本殿は明治5年(1872年)旧暦5月に尾張伊藤平左衛門設計の下に造られた。桁行3間梁間6間の大規模な神明造で、前面に1間の向拝(こうはい)が付く。屋根銅板葺で棟には千木・鰹木を有す。本殿の両側には廻廊が接続し、その廻廊が前方に屈曲して拝殿の両側面に連絡し、本殿前庭を囲繞する。本殿後方には1972年(昭和47年)に建てられた切妻造平入銅板葺の霊璽簿奉安殿が建ち、神霊を合祀する際に用いる和紙で作られた霊璽簿(神霊名簿)を保管する。なお、本殿は老朽化のために1986年(昭和61年)から1989年(平成元年)にかけて解体修理が施されている。

拝殿は1901年(明治34年)竣工の建物で桁行7間梁間5間の入母屋造平入屋根銅板葺。前面に3間の向入母屋造で軒に唐破風を構えた向拝が付く。

拝殿前方に中門鳥居、さらに前方に神門と続く。中門鳥居は2006年(平成18年)に建て替えられた素木鳥居。埼玉県産のが用いられ、以前は1975年(昭和50年)に奉納された台湾産の檜が用いられていた。さらに以前には扉が付いており、元々は門として機能していた。神門は三間三戸の切妻造銅板葺で高さ6メートル、檜造り。伊東忠太の設計により1934年(昭和9年)に完成した。中央間の扉には直径1.5メートルの16弁の菊花紋章が付けられる。この中央間を戦前は儀仗兵が列姿を乱すことなく潜れたという。

本殿南の廻廊外に元宮鎮霊社が並び建つ。元宮は幕末期に京都で造られた小祠を1931年(昭和6年)に移祠したもの。靖国神社の前身との意味から「元宮」と称される。鎮霊社は1965年(昭和40年)7月に当時の筑波藤麿宮司の発案で、嘉永6年以降の戦争や事変で国に殉じたとされながらも本殿においては合祀対象外となった御霊と、諸外国の戦没者の御霊の2座を祀るために創祀された。かつては両社は一般には公開されておらず、参拝もできない状態が長く続いていたが、2006年(平成18年)10月12日に拝殿脇から参道が設けられ、一般参拝が可能になった。しか

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出典:wikipedia
2019/06/26 05:06

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