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黒羽根利規とは?

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出典検索: "黒羽根利規"ニュース 書籍 スカラー CiNii J-STAGE NDL dlib.jp ジャパンサーチ TWL
(2020年12月)
黒羽根 利規
栃木ゴールデンブレーブス バッテリーコーチ #59

DeNA時代
(2012年5月3日、横浜スタジアムにて)

【基本情報】

【国籍】
日本
【出身地】
神奈川県横浜市港南区
【生年月日】
(1987-06-02) 1987年6月2日(33歳)
【身長
体重】
179 cm
92 kg
【選手情報】

【投球・打席】
右投右打
【ポジション】
捕手
【プロ入り】
2005年 高校生ドラフト3巡目
【初出場】
2008年5月25日
【最終出場】
2019年5月21日
経歴(括弧内はプロチーム在籍年度)
選手歴


コーチ歴


この表について
この表はテンプレートを用いて表示しています。編集方法はTemplate:Infobox baseball playerを参照してください。

プロジェクト:野球選手 テンプレート


黒羽根 利規(くろばね としき、1987年6月2日 - )は、神奈川県横浜市港南区出身の元プロ野球選手(捕手)。右投右打。BCリーグ栃木ゴールデンブレーブスでバッテリーコーチを務めている。

経歴

プロ入り前

日本大学藤沢高等学校時代には捕手として活躍した一方で、高校通算本塁打は1本に終わるなど、打撃は非力であった。しかし、2005年のNPB高校生ドラフト会議で、地元球団の横浜ベイスターズに3巡目で指名。契約金3,000万円、年俸460万円(金額は推定)という条件で入団した。入団当初の背番号は59

DeNA時代

2006年、ルーキーイヤーは二軍で26試合に出場し、打率.171に終わる。一軍出場はなかった。

2007年、二軍で48試合に出場。打率.224と前年よりも打撃は改善された。2年連続で一軍出場はなかった。

2008年、5月25日のオリックス・バファローズ戦で、6回裏にマイク・ウッドの代打としてプロ初出場を果たした。この年は二軍で活躍し、フレッシュオールスターゲームにも選出された。

2009年、一軍で10試合に出場。スタメンマスクも経験しプロ初安打も記録した。

2010年、一軍で17試合に出場。8月21日の広島東洋カープ戦においてプロ初打点を記録。この打点が決勝点となり、プロ入り初のヒーローインタビューも経験した。

2011年、開幕は二軍で迎えたが、8月11日に一軍登録され、細山田武史との併用でスタメンマスクを多く経験。最下位に沈むチーム状況の中、45試合に出場し、9月17日の東京ヤクルトスワローズ戦ではプロ初本塁打も記録した。しかし打率は.175と低く、細山田の打率.208よりも下回った。

2012年、一軍開幕戦で自身初のスタメンマスクをかぶるなど、序盤はスタメンの機会が多かった。しかし、6月頃からはベテラン捕手の鶴岡一成に正捕手の座を奪われた。さらに、捕手の髙城俊人が高卒ルーキーながら一軍に定着した8月以降は、おおむね二軍でのプレーを余儀なくされ、最終的には61試合の出場にとどまった。この年は前年に記録した低打率をさらに下回る打率.125を記録してしまった。これはこの年のDeNA投手陣の打率.110とあまり変わらない極度の低打率であった。

2013年、開幕を二軍で迎えたが、高城と入れ替わる格好でシーズン後半に一軍へ昇格。鶴岡との併用でスタメンマスクを任される機会が増え30試合に出場、打撃でも打率.267、2本塁打を記録するなど、改善の兆しが見られた。11月20日に背番号を9へ変更した。

2014年、2年ぶりに開幕戦でスタメンマスクをかぶった。鶴岡一成が人的補償で移籍したこともあり正捕手となった。打率はを3割を超えるなど好調を保っていたが4月11日の対東京ヤクルトスワローズ戦の9回裏に死球を受け、途中交代。右手親指末節骨の骨折と判明し、翌12日に一軍登録を抹消された。骨折から復帰後は一時調子を落としたものの、その後はほぼシーズンを通してレギュラーを確保し、自己最多の109試合に出場、最終的な成績は.264、2本塁打、24打点という成績だった。しかし打率に対し得点圏打率では.225、三振も打席374に対し78など、来季に向けて課題も残した。。

2015年、打撃不振に陥り、高城や2年目の嶺井博希にスタメンマスクを譲る機会が多くなり、63試合の出場にとどまった。三振率も前年以上に悪化した。

2016年、公式戦の開幕を一軍で迎えたが、一軍の捕手陣が高城と新人の戸柱恭孝による併用体制へ移行した影響などで、実際には7年振りに一軍公式戦への出場機会がなかった。シーズン終了後の11月18日に第2子(長女)を授かったものの、10日後の11月28日に臨んだ契約交渉では、推定年俸2,000万円(600万円減)で契約を更改。更改直後の記者会見では、「家族も増えたので、いっそうの責任感を持ってやらなければいけない。(来シーズンは)死ぬ気でやる」との決意を述べた。

2017年、イースタン・リーグ公式戦では開幕から好調。捕手として西森将司と併用されながらも、32試合に出場すると、打率.275、2本塁打、12打点という成績を残した。しかし、一軍の捕手陣が戸柱・高城・嶺井で固定されていた影響で、一軍公式戦への出場を果たせなかった。

日本ハム時代

2017年7月6日に、北海道日本ハムファイターズへ移籍することが発表された。この年に日本ハムへ入団したばかりのエドウィン・エスコバーとの交換トレードによる移籍で、背番号は42。NPBの球団に所属する外国人選手が、1年目のシーズン中に交換トレードでNPBの他球団へ移籍するのは史上初の事例であった。このような異例のトレードがシーズン中に成立した背景には、捕手に故障者が相次いでいる日本ハム側の事情に、「好調でありながら一軍公式戦への出場機会に恵まれない黒羽根・エスコバーに活躍の場を与える」という双方の目的が重なったことが挙げられる。移籍後は、7月18日に自身2シーズン振りの出場選手登録を果たすと、翌7月19日の対東北楽天ゴールデンイーグルス戦(札幌ドーム)8回裏に、大田泰示代走としてパシフィック・リーグの公式戦へ初出場。続く西川遥輝の2点本塁打で移籍後初の得点を記録すると、9回表から試合終了まで捕手の守備に就いた。さらに、7月20日の同カードでは、パ・リーグの公式戦としては初めてのスタメンマスクを任されている。このシーズンは19試合に出場し、うち10試合で先発出場を果たした

2018年以降はチームに復帰したベテランの鶴岡慎也や巨人からトレードで移籍してきた宇佐見真吾の台頭もあって出場機会が激減。2試合の出場に留まった。

2019年は4試合の出場に留まった。

2020年はDeNA時代の2016年以来4年ぶりに一軍出場なしに終わり、11月5日に戦力外通告を受けた。現役続行を希望し、12月7日に12球団合同トライアウトに参加するも、シートバッティング形式の対戦で4打数無安打に終わった。12月14日、一部メディアで現役引退の意向と今後について報じられたのを受け、自身のインスタグラムにて現役引退を表明した。

現役引退後

2021年1月15日、ベースボール・チャレンジ・リーグ栃木ゴールデンブレーブスにバッテリーコーチとして入団することが発表された。

選手としての特徴・人物

打撃フォーム
(2012年3月10日、西武ドームにて)

強気なリードとチーム屈指の強肩を売りとする一方で、打撃を課題としている。

愛称は「バネさん」。

上大岡小学校出身で上大岡ハンターズに所属していた。小学校6年生の時に、地元港南区で開催された三浦大輔のトークショーで三浦に直接花束を渡し、この時に「将来はプロでバッテリーを組みたい」と約束した。2011年8月14日の一軍公式戦で三浦とのバッテリーが実現し、7回2/3を2安打無失点という内容で約束を果たした。

また、2006年に開催された三浦と村田修一によるトークショーに三浦に電話で呼び出され、飛び入り参加している。

日大藤沢高校時代の監督の山本秀明は日藤OBでもある中日ドラゴンズ山本昌の実弟である。1年目のオフに山本昌、ヤクルトスワローズ館山昌平と3人で母校で自主トレも行った。

同僚だった杉原洋の紹介で知り合った女性と2012年1月に結婚した。

詳細情報

年度別打撃成績

【年

度】





































































O
P
S

2008 | 横浜
DeNA
 | 1 | 1 | 1 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | .000 | .000 | .000 | .000
2009 | 10 | 10 | 10 | 0 | 1 | 0 | 0 | 0 | 1 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 3 | 0 | .100 | .100 | .100 | .200
2010 | 17 | 28 | 27 | 3 | 5 | 1 | 0 | 0 | 6 | 2 | 0 | 0 | 1 | 0 | 0 | 0 | 0 | 4 | 0 | .185 | .185 | .222 | .407
2011 | 45 | 114 | 97 | 5 | 17 | 3 | 0 | 1 | 23 | 5 | 0 | 0 | 6 | 0 | 11 | 2 | 0 | 27 | 3 | .175 | .259 | .237 | .496
2012 | 61 | 119 | 112 | 6 | 14 | 4 | 0 | 0 | 18 | 5 | 0 | 0 | 2 | 1 | 4 | 1 | 0 | 26 | 3 | .125 | .154 | .161 | .315
2013 | 30 | 68 | 60 | 6 | 16 | 1 | 0 | 2 | 23 | 5 | 0 | 0 | 2 | 0 | 5 | 0 | 1 | 16 | 2 | .267 | .333 | .383 | .717
2014 | 109 | 374 | 326 | 32 | 86 | 10 | 0 | 2 | 102 | 24 | 1 | 2 | 17 | 2 | 24 | 1 | 5 | 78 | 10 | .264 | .322 | .313 | .635
2015 | 63 | 149 | 129 | 8 | 23 | 3 | 0 | 1 | 29 | 7 | 0 | 1 | 7 | 2 | 11 | 0 | 0 | 32 | 2 | .178 | .239 | .225 | .464
2017 | 日本ハム | 19 | 30 | 29 | 1 | 8 | 2 | 0 | 0 | 10 | 1 | 0 | 0 | 1 | 0 | 0 | 0 | 0 | 6 | 0 | .276 | .276 | .345 | .621
2018 | 2 | 2 | 2 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 2 | 0 | .000 | .000 | .000 | .000
2019 | 4 | 3 | 2 | 1 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 1 | 0 | 0 | 0 | 0 | 1 | 0 | 0 | 1 | 0 | .000 | .333 | .000 | .333
通算:11年 361 | 898 | 795 | 62 | 170 | 24 | 0 | 6 | 212 | 50 | 1 | 3 | 36 | 5 | 56 | 4 | 6 | 195 | 20 | .214 | .269 | .267 | .536

年度別守備成績

【年
度】
【球
団】
捕手
【試

合】


















【企

数】
【許

塁】






2009 | 横浜
DeNA | 9 | 18 | 2 | 2 | 1 | .908 | 0 | 4 | 2 | 2 | .500
2010 | 13 | 47 | 5 | 1 | 0 | .981 | 1 | 6 | 3 | 3 | .500
2011 | 44 | 238 | 19 | 3 | 3 | .988 | 1 | 21 | 15 | 6 | .286
2012 | 58 | 253 | 30 | 5 | 4 | .983 | 3 | 28 | 17 | 11 | .393
2013 | 29 | 134 | 12 | 2 | 1 | .986 | 2 | 16 | 11 | 5 | .313
2014 | 109 | 647 | 64 | 9 | 12 | .988 | 8 | 76 | 46 | 30 | .395
2015 | 62 | 286 | 29 | 2 | 2 | .994 | 3 | 27 | 19 | 8 | .276
2017 | 日本ハム | 19 | 68 | 8 | 0 | 1 | 1.000 | 0 | 8 | 5 | 3 | .375
2018 | 2 | 2 | 1 | 0 | 0 | 1.000 | 1 | 1 | 1 | 0 | .000
2019 | 4 | 10 | 0 | 0 | 0 | 1.000 | 0 | 1 | 1 | 0 | .000
通算 348 | 1703 | 170 | 24 | 24 | .987 | 19 | 188 | 120 | 68 | .362

記録

初記録
その他の記録

背番号

脚注

  1. ^ 背番号変更のお知らせDeNA球団公式サイト2014年11月20日配信
  2. ^ 【DeNA】黒羽根、親指骨折で登録抹消!全治1か月”. スポーツ報知 SPORTS HOCHI (2014年4月12日). 2014年4月27日閲覧。
  3. ^ DeNA黒羽根600万減、来季は「死ぬ気でやる」
  4. ^ 【DeNA】黒羽根、ダウンで更改、7年ぶり1軍出場なし「死ぬ気ではい上がりたい」
  5. ^ 黒羽根利規選手と北海道日本ハム エドウィン・エスコバー選手のトレードについて”. 横浜DeNAベイスターズ (2017年7月6日). 2017年7月6日閲覧。
  6. ^ 日本ハム・エスコバーとDeNA・黒羽根がトレード 外国人1年目は初”. スポーツ報知 (2017年7月7日). 2017年7月8日閲覧。
  7. ^ 日本ハム・栗山監督、トレードのエスコバーに「何もしてあげられなかったけど、良かったと思う」”. サンケイスポーツ (2017年7月14日). 2017年7月6日閲覧。
  8. ^ DeNA捕手3人の快記録より「黒羽根のトレード」をコーチは喜んだ。
  9. ^ "来季契約について". 公式サイト. 北海道日本ハムファイターズ. 5 November 2020. 2020年11月5日閲覧
  10. ^ “日本ハム自由契約の黒羽根 現役引退決断 BC栃木バッテリーコーチに就任”. Sponichi Annex. (2020年12月14日). https://www.sponichi.co.jp/baseball/news/2020/12/14/kiji/20201213s00001173630000c.html 2020年12月14日閲覧。
  11. ^ 【新任コーチのお知らせ】 - 栃木ゴールデンブレーブス(2021年1月15日)
  12. ^ 日本ハムを支える縁の下の力持ち「バネさん」という男” (日本語). 週刊ベースボールONLINE. 2020年12月8日閲覧。
  13. ^ 黒羽根 DeNA結婚第1号!北川景子似美女に一目ぼれ”. スポニチ Sponichi Annex (2012年1月11日). 2011年1月21日閲覧。
  14. ^ 週刊ベースボール2014年7月14日号97ページ

関連項目

外部リンク

栃木ゴールデンブレーブス 2020 - 2021
【監督】

【コーチ】

【投手】

【捕手】
  • 12 叺田本気
  • 24 中林泰輝
  • 27 秋庭蓮
  • 28 大坪亮介

【内野手】

【外野手】
  • 8 若松聖覇
  • 9 飯原誉士(ヘッドコーチ兼任)
  • 23 青木玲磨
  • 51 茂木丈汰
  • 56 佐々木斗夢

【練習生】
  • 相葉拓夢(投手)
  • 江原恭眞(投手)
  • 田邉豪(投手)
  • 萩原龍衛(投手)
  • 青木耀平(外野手)
  • 石川慧亮(外野手)
  • 田中虹来(外野手)


横浜ベイスターズ - 2005年ドラフト指名選手
【大学生・社会人】

【高校生】


・・・・・・・・・・・・・・・・・・
出典:wikipedia
2020/06/11 23:24

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