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1.FCケルンとは?

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【1.FCケルン】

【原語表記】
1. FC Köln
【愛称】
Die Geißböcke
【クラブカラー】
赤と白
【創設年】
1948年
【所属リーグ】
ドイツ・ブンデスリーガ
【所属ディビジョン】
2部
【ホームタウン】
ケルン
【ホームスタジアム】
ラインエネルギーシュタディオン
【収容人数】
50,400
【代表者】
ヴェルナ-・シュピナー
【監督】
マークス・アンファング
【公式サイト】
公式サイト

ホームカラー
 | 
アウェイカラー


■テンプレート(■ノート)サッカークラブPJ

1. FCケルン(エアステ エフツェー ケルン、1. FC Köln)は、ドイツノルトライン=ヴェストファーレン州ケルンに本拠地を置くサッカークラブ。

1963年に発足したドイツ・ブンデスリーガの初代王者であり、1977-1978 シーズンには、日本人海外移籍の先駆者 奥寺康彦が活躍しリーグ優勝に貢献した。

目次

  • 1 クラブの歴史
    • 1.1 1960年代
    • 1.2 1970年代
    • 1.3 1980年代
    • 1.4 1990年代
    • 1.5 2000年以降
  • 2 タイトル
    • 2.1 国内タイトル
    • 2.2 国際タイトル
  • 3 過去の成績
  • 4 欧州の成績
    • 4.1 欧州での記録
    • 4.2 欧州の成績
      • 4.2.1 UEFAチャンピオンズカップ / UEFAチャンピオンズリーグ
      • 4.2.2 UEFAカップウィナーズカップ
      • 4.2.3 UEFAカップ / UEFAヨーロッパリーグ
      • 4.2.4 UEFAインタートトカップ
  • 5 現所属メンバー
    • 5.1 ローン移籍選手
    • 5.2 2018-19シーズン移籍
  • 6 マスコット
  • 7 歴代監督
  • 8 歴代所属選手
    • 8.1 GK
    • 8.2 DF
    • 8.3 MF
    • 8.4 FW
  • 9 外部リンク

クラブの歴史

約1100のサポーターズクラブがあり、52000人のソシオを抱えるケルン最大級のスポーツクラブ。1948年に「ケルナーBC 07」と「SpVggズルツ 07」の合併により誕生。

ブンデスリーガ発足後初の王者。ハンス・ヴァイスヴァイラー監督時代の1977-78シーズンにはブンデスリーガとドイツカップの2冠を達成した。

Fans 1 FC Köln2

1960年代

1960年、1962年と1963年にはドイツ・サッカー選手権(ドイツ・ブンデスリーガの前身)で決勝戦に進出し(1962年には優勝)、1968年にはドイツカップで優勝、ドイツ・ブンデスリーガが発足した1963-64シーズンで初代王者に輝き、翌年のUEFAチャンピオンズカップ(UEFAチャンピオンズリーグの前身)では準決勝進出するなどドイツ屈指の名門として名声を築く。クラブ組織をイングランドのクラブをモデルとしたものに改革し、ドイツ初となるプロ選手のサイドビジネスと現役引退後の仕事の手配を行い、ドイツで初めてGKコーチを雇い、当時としては画期的であったクラブハウスと練習場を建設するなどフランツ・クレーマー会長の下、ドイツで最もモダンで模範的なクラブに成長する。攻撃の中心選手はドイツを代表する選手の一人であるヴォルフガング・オヴェラートであった。

1970年代

バイエルン・ミュンヘンボルシア・メンヒェングラートバッハの2強時代の始まりにより、常に優勝争いには絡むもののなかなかタイトルを獲得することはできなかった。しかしヘネス・バイスバイラー監督が就任すると1977年にはドイツカップでの優勝を果たし、1978にはブンデスリーガとドイツカップの2冠を達成。UEFAチャンピオンズカップでは再び準決勝進出を果たす。 また、後にFCバルセロナレアル・マドリードアトレティコ・マドリード でゲームメーカーとした活躍したベルント・シュスターや1990年のイタリアワールドカップで優勝、1982年のスペインワールドカップと1986年のメキシコワールドカップで準優勝したピエール・リトバルスキーに代表されるように1970年代の終わり頃からは多くの将来が有望される選手がプロデビューを果たすようになった。

1980年代

1981年にはUEFAカップで準決勝に、1986年には決勝に進出し、1983年にはドイツカップで優勝するものの徐々にバイエルン・ミュンヘンとの財政面での違いなどが大きくなり始め、必ずしも優勝争いに顔を出すチームではなくなり始める。クラブ内の衝突なども数多く起きるようになり、1985年にはピエール・リトバルスキーが選手を代表して当時の会長を公の場で痛烈に批判しクラブを退団、ハラルト・シューマッハーも当時の西ドイツのサッカー事情をとりあげた内部告発本 『開始の笛』(原題:Anpfiff 、ISBN 978-3426262986)を出版。スキャンダル的な内容からドイツサッカー協会(DFB)から国内永久追放の処分を受けるなどピッチ外でもメディアを騒がせるクラブの代表格となる。1986年には2部に降格しそうになるなどピッチ上でも結果を残せないようになっていた。しかし1986年の10月にコーチであったクリストフ・ダウムが監督に就任するとチームの成績が改善し、ブンデスリーガでは3位、準優勝、準優勝、UEFAカップでは準決勝に進出するなど好成績を残す。

1990年代

1990年のイタリアワールドカップ中に1980年代後半に好成績を残していたクリストフ・ダウムがクラブ内の政治争いにより解任されると再びチームの結果は下降線を辿るようになる。バイエルン・ミュンヘンのみならずヴェルダー・ブレーメンボルシア・ドルトムントシャルケ04などにピッチ上での結果やクラブの財政面で追い越され、徐々に強豪の地位を失った。多くの選手や監督が毎年のように入れ替わるようになり、1997年以降はヨーロッパカップに出場することも出来なくなる。1998年にはクラブの歴史上初となる2部降格が決定した。

2000年以降

1999-2000年シーズンにブンデスリーガ2部で優勝を果たし、再びブンデスリーガに昇格するものの、8年間で3度の2部降格と3度の1部昇格を経験する。 このようなドイツを代表する名門クラブとしては長期低迷するチーム状態とは裏腹に地元での人気は高く、昇格シーズンでもありシーズンの終わりには再び降格することになった2005-06シーズンでも、ブンデスリーガ1部で5位に入る4万9,000人弱の平均観客動員を記録。その後の2部での2度のシーズンでも共に平均4万人を超える観客を集め、2シーズン連続のブンデスリーガ2部での平均観客動員1位のクラブとなった。なお1. FCケルンは、2部に降格したその他の2000年代のシーズン(1999-00, 2002-03, 2004-05シーズン)においても、ブンデスリーガ2部1位の平均観客動員を記録している。

2007-08シーズンはミリヴォイェ・ノヴァコヴィッチパトリック・ヘルメスのコンビで37得点を挙げ、ノヴァコヴィッチは得点王に輝いた。ブンデスリーガ2部でボルシア・メンヒェングラートバッハホッフェンハイムに次ぐ3位となり、3シーズンぶりの1部昇格を果たした。17得点を挙げたエースFWパトリック・ヘルメスバイエル・レバークーゼンに引き抜かれたが、FWマナセー・イシアクを後釜として獲得し、DFピエール・ウォメ、MFプティなど1部の常連を獲得した。2008-09シーズンは残留争いとは無縁のシーズンを過ごし、12位に入った。

2009年夏、ミハエル・シューマッハなどの熱烈なファンが募金活動を行い、かつてのエースFWルーカス・ポドルスキの復帰を実現させた。MFマニシェなどを加えた中盤も選手層に厚みを増したが、2010年10月に2009年に招聘されたズヴォニミル・ソルド監督が解任され、それまで同クラブのセカンドチームの監督を務めていたフランク・シェーファーがトップチームの監督に昇格した。

2011-12シーズンに1部17位となり、2部に降格した。

2014年4月21日、3試合を残して2部で優勝を決め、3シーズンぶりの1部復帰が決定した。

2016-17シーズンは最終節の勝利でヘルタ・ベルリンSCフライブルクをかわし、5位でフィニッシュ。ブンデスリーガが現行の制度になった以降ではクラブ史上最多の勝ち点49を獲得し、1991-92シーズン以来25年振りにUEFAヨーロッパリーグ出場権を獲得するなど、かつての古豪の復活を予感させるシーズンとなった。

しかし、2017‐18シーズンは昨年のチーム得点王アントニー・モデストが中国へ移籍し影響もあり、開幕から得点力不足が露呈。16節まで未勝利が続くなど低迷した。監督交代を経て、後半戦は持ち直したものの及ばず、最終的に最下位で5シーズンぶりに2部への降格が決まった。

タイトル

Rheinenergiestadion-panorama

国内タイトル

1964, 1978
1968, 1977, 1978, 1983
1962
1954, 1960, 1961, 1962, 1963
1953, 1963, 1964
1993
2000, 2005, 2014

国際タイトル

1978, 1981

過去の成績

シーズン ディビジョン DFBポカール
【リーグ】
【順位】
【試】
【勝】
【分】
【敗】
【得】
【失】
【差】

1963-64 | ブンデスリーガ1部 | 1位 | 30 | 17 | 11 | 2 | 78 | 40 | +38 | 45 | 準々決勝敗退
1964-65 | ブンデスリーガ1部 | 2位 | 30 | 14 | 10 | 6 | 66 | 45 | +21 | 38 | 1回戦敗退
1965-66 | ブンデスリーガ1部 | 5位 | 34 | 19 | 6 | 9 | 74 | 41 | +33 | 44 | 1回戦敗退
1966-67 | ブンデスリーガ1部 | 7位 | 34 | 14 | 9 | 11 | 48 | 48 | 0 | 37 | 2回戦敗退
1967-68 | ブンデスリーガ1部 | 4位 | 34 | 17 | 4 | 13 | 68 | 52 | +16 | 38 | 優勝
1968-69 | ブンデスリーガ1部 | 13位 | 34 | 13 | 6 | 15 | 47 | 56 | -9 | 32 | 1回戦敗退
1969-70 | ブンデスリーガ1部 | 4位 | 34 | 20 | 3 | 11 | 83 | 38 | +45 | 43 | 1回戦敗退
1970-71 | ブンデスリーガ1部 | 11位 | 34 | 11 | 11 | 12 | 46 | 56 | -10 | 33 | 準優勝
1971-72 | ブンデスリーガ1部 | 4位 | 34 | 15 | 13 | 6 | 64 | 44 | +20 | 43 | 準決勝敗退
1972-73 | ブンデスリーガ1部 | 2位 | 34 | 16 | 11 | 7 | 66 | 51 | +15 | 43 | 準優勝
1973-74 | ブンデスリーガ1部 | 5位 | 34 | 16 | 7 | 11 | 69 | 56 | +13 | 39 | 準々決勝敗退
1974-75 | ブンデスリーガ1部 | 5位 | 34 | 17 | 7 | 10 | 77 | 51 | +26 | 41 | 4回戦敗退
1975-76 | ブンデスリーガ1部 | 4位 | 34 | 14 | 11 | 9 | 62 | 45 | +17 | 39 | 4回戦敗退
1976-77 | ブンデスリーガ1部 | 5位 | 34 | 17 | 6 | 11 | 83 | 61 | +22 | 40 | 優勝
1977-78 | ブンデスリーガ1部 | 1位 | 34 | 22 | 4 | 8 | 86 | 41 | +45 | 48 | 優勝
1978-79 | ブンデスリーガ1部 | 6位 | 34 | 13 | 12 | 9 | 55 | 47 | +8 | 38 | 4回戦敗退
1979-80 | ブンデスリーガ1部 | 5位 | 34 | 14 | 9 | 11 | 72 | 55 | +17 | 37 | 準優勝
1980-81 | ブンデスリーガ1部 | 8位 | 34 | 12 | 10 | 12 | 54 | 55 | -1 | 34 | 2回戦敗退
1981-82 | ブンデスリーガ1部 | 2位 | 34 | 18 | 9 | 7 | 72 | 38 | +34 | 45 | 1回戦敗退
1982-83 | ブンデスリーガ1部 | 5位 | 34 | 17 | 9 | 8 | 69 | 42 | +27 | 43 | 優勝
1983-84 | ブンデスリーガ1部 | 6位 | 34 | 16 | 6 | 12 | 70 | 57 | +13 | 38 | 3回戦敗退
1984-85 | ブンデスリーガ1部 | 3位 | 34 | 18 | 4 | 12 | 69 | 66 | +3 | 40 | 2回戦敗退
1985-86 | ブンデスリーガ1部 | 13位 | 34 | 9 | 11 | 14 | 46 | 59 | -13 | 29 | 2回戦敗退
1986-87 | ブンデスリーガ1部 | 10位 | 34 | 13 | 9 | 12 | 50 | 53 | -3 | 35 | 3回戦敗退
1987-88 | ブンデスリーガ1部 | 3位 | 34 | 18 | 12 | 4 | 57 | 28 | +29 | 48 | 2回戦敗退
1988-89 | ブンデスリーガ1部 | 2位 | 34 | 18 | 9 | 7 | 58 | 30 | +28 | 45 | 2回戦敗退
1989-90 | ブンデスリーガ1部 | 2位 | 34 | 17 | 9 | 8 | 54 | 44 | +10 | 43 | 3回戦敗退
1990-91 | ブンデスリーガ1部 | 7位 | 34 | 13 | 11 | 10 | 50 | 43 | +7 | 37 | 準優勝
1991-92 | ブンデスリーガ1部 | 4位 | 38 | 13 | 18 | 7 | 58 | 41 | +17 | 44 | 3回戦敗退
1992-93 | ブンデスリーガ1部 | 12位 | 34 | 12 | 4 | 18 | 41 | 51 | -10 | 28 | 2回戦敗退
1993-94 | ブンデスリーガ1部 | 11位 | 34 | 14 | 6 | 14 | 49 | 51 | -2 | 34 | 3回戦敗退
1994-95 | ブンデスリーガ1部 | 10位 | 34 | 11 | 10 | 13 | 54 | 54 | 0 | 32 | 準決勝敗退
1995-96 | ブンデスリーガ1部 | 12位 | 34 | 9 | 13 | 12 | 33 | 35 | -2 | 40 | 1回戦敗退
1996-97 | ブンデスリーガ1部 | 10位 | 34 | 13 | 5 | 16 | 62 | 62 | 0 | 44 | 2回戦敗退
1997-98 | ブンデスリーガ1部 | 17位 | 34 | 10 | 6 | 18 | 49 | 64 | -15 | 36 | 1回戦敗退
1998-99 | ブンデスリーガ2部 | 10位 | 34 | 12 | 9 | 13 | 46 | 53 | -7 | 45 | 1回戦敗退
1999-00 | ブンデスリーガ2部 | 1位 | 34 | 19 | 8 | 7 | 68 | 39 | +29 | 65 | ベスト16
2000-01 | ブンデスリーガ1部 | 10位 | 34 | 12 | 10 | 12 | 59 | 52 | +7 | 46 | 1回戦敗退
2001-02 | ブンデスリーガ1部 | 17位 | 34 | 7 | 8 | 19 | 26 | 61 | -35 | 29 | 準決勝敗退
2002-03 | ブンデスリーガ2部 | 2位 | 34 | 18 | 11 | 5 | 63 | 45 | +18 | 65 | 準々決勝敗退
2003-04 | ブンデスリーガ1部 | 18位 | 34 | 6 | 5 | 23 | 32 | 57 | -25 | 23 | ベスト16
2004-05 | ブンデスリーガ2部 | 1位 | 34 | 20 | 7 | 7 | 62 | 33 | +29 | 67 | 2回戦敗退
2005-06 | ブンデスリーガ1部 | 17位 | 34 | 7 | 9 | 18 | 49 | 71 | -22 | 30 | 1回戦敗退
2006-07 | ブンデスリーガ2部 | 9位 | 34 | 12 | 10 | 12 | 49 | 50 | -1 | 46 | 3回戦敗退
2007-08 | ブンデスリーガ2部 | 3位 | 34 | 17 | 9 | 8 | 62 | 44 | +18 | 60 | 1回戦敗退
2008-09 | ブンデスリーガ1部 | 12位 | 34 | 11 | 6 | 17 | 35 | 50 | -15 | 39 | 2回戦敗退
2009-10 | ブンデスリーガ1部 | 13位 | 34 | 9 | 11 | 14 | 33 | 42 | -9 | 38 | 準々決勝敗退
2010-11 | ブンデスリーガ1部 | 10位 | 34 | 13 | 5 | 16 | 47 | 62 | -15 | 44 | 3回戦敗退
2011-12 | ブンデスリーガ1部 | 17位 | 34 | 8 | 6 | 20 | 39 | 75 | -36 | 30 | 2回戦敗退
2012-13 | ブンデスリーガ2部 | 5位 | 34 | 14 | 12 | 8 | 43 | 33 | +10 | 54 | 3回戦敗退
2013-14 | ブンデスリーガ2部 | 1位 | 34 | 19 | 11 | 4 | 53 | 20 | +33 | 68 | 3回戦敗退
2014-15 | ブンデスリーガ1部 | 12位 | 34 | 9 | 13 | 12 | 34 | 40 | -6 | 40 | 3回戦敗退
2015-16 | ブンデスリーガ1部 | 9位 | 34 | 10 | 13 | 11 | 38 | 42 | -4 | 43 | 2回戦敗退
2016-17 | ブンデスリーガ1部 | 5位 | 34 | 12 | 13 | 9 | 51 | 42 | +9 | 49 | ベスト16
2017-18 | ブンデスリーガ1部 | 18位 | 34 | 5 | 7 | 22 | 35 | 70 | -35 | 22 | 3回戦敗退
2018-19 | ブンデスリーガ2部 | 位 | 34 |  |  |  |  |  |  |  | 

欧州の成績

欧州での記録

【大会】
【試】
【勝】
【分】
【敗】
【得】
【失】
【差】
勝率
UEFAチャンピオンズカップ / UEFAチャンピオンズリーグ | 7001170000000000000♠17 | 7000700000000000000♠7 | 7000800000000000000♠8 | 7000200000000000000♠2 | 7001270000000000000♠27 | 7001190000000000000♠19 | +8 | 07001411800000000000♠41.18
UEFAカップウィナーズカップ | 7001140000000000000♠14 | 7000700000000000000♠7 | 7000200000000000000♠2 | 7000500000000000000♠5 | 7001300000000000000♠30 | 7001190000000000000♠19 | +11 | 07001500000000000000♠50.00
UEFAカップ / UEFAヨーロッパリーグ | 7002103000000000000♠103 | 7001540000000000000♠54 | 7001160000000000000♠16 | 7001330000000000000♠33 | 7002191000000000000♠191 | 7002112000000000000♠112 | +79 | 07001524300000000000♠52.43
UEFAインタートトカップ | 7001110000000000000♠11 | 7000600000000000000♠6 | 7000300000000000000♠3 | 7000200000000000000♠2 | 7001230000000000000♠23 | 7000900000000000000♠9 | +14 | 07001545500000000000♠54.55
総通算 7002144000000000000♠144 7001740000000000000♠74 7001290000000000000♠29 7001410000000000000♠41 7002270000000000000♠270 7002156000000000000♠156 +114 7001513900000000000♠51.39

欧州の成績

UEFAチャンピオンズカップ / UEFAチャンピオンズリーグ

シーズン 大会 ラウンド 対戦相手 ホーム アウェー 再試合 合計
1962-63 | UEFAチャンピオンズカップ | 予選 |  ダンディー | 4–0 | 1–8 | N/A | 5–8 | 
1964-65 | UEFAチャンピオンズカップ | 予備戦 |  パルティザニ・ティラナ | 2–0 | 0–0 | 2–0 | 
1回戦 |  パナシナイコス | 2–1 | 1–1 | 3–2 | 
準々決勝 |  リヴァプール | 0–0 | 0–0 | 2–2 | 2–2 (a) | 
1978-79 | UEFAチャンピオンズカップ | 1回戦 |  ÍA | 4–1 | 1–1 | N/A | 5–2 | 
2回戦 |  ロコモティフ・ソフィア | 1–0 | 4–0 | 5–0 | 
準々決勝 |  レンジャーズ | 1–0 | 1–1 | 2–1 | 
準決勝 |  ノッティンガム・フォレスト | 3–3 | 0–1 | 3–4 | 

UEFAカップウィナーズカップ

シーズン 大会 ラウンド 対戦相手 ホーム アウェー 合計
1968-69 | UEFAカップウィナーズカップ | 1回戦 |  ボルドー | 3–0 | 1–2 | 4–2 | 
2回戦 |  ADOデン・ハーグ | 3–0 | 1–0 | 4–0 | 
準々決勝 |  ラナース・フラヤ | 2–1 | 3–0 | 5–1 | 
準決勝 |  バルセロナ | 2–2 | 1–4 | 3–6 | 
1977-78 | UEFAカップウィナーズカップ | 1回戦 |  ポルト | 2–2 | 0–1 | 2–3 | 
1983-84 | UEFAカップウィナーズカップ | 1回戦 |  ヴァッカー・インスブルック | 7–1 | 0–1 | 7–2 | 
2回戦 |  ウーイペシュト | 4–2 | 1–3 | 5–5 (a) | 

UEFAカップ / UEFAヨーロッパリーグ

シーズン 大会 ラウンド 対戦相手 ホーム アウェー 合計
1971-72 | UEFAカップ | 1回戦 |  サンテティエンヌ | 2–1 | 1–1 | 3–2 | 
2回戦 |  ダンディー | 2–1 | 2–4 | 4–5 | 
1972-73 | UEFAカップ | 1回戦 |  ボヘミアン | 2–1 | 3–0 | 5–1 | 
2回戦 |  バイキング | 9–1 | 0–1 | 9–2 | 
3回戦 |  ボルシアMG | 0–0 | 0–5 | 0–5 | 
1973-74 | UEFAカップ | 1回戦 |  エスキシェヒルスポル | 2–0 | 0–0 | 2–0 | 
2回戦 |  マルセイユ | 6–0 | 0–2 | 6–2 | 
3回戦 |  ニース | 4–0 | 0–1 | 4–1 | 
準々決勝 |  トッテナム・ホットスパー | 1–2 | 0–3 | 1–5 | 
1974-75 | UEFAカップ | 1回戦 |  KPV | 5–1 | 4–1 | 9–2 | 
2回戦 |  ディナモ・ブカレスト | 3–2 | 1–1 | 4–3 | 
3回戦 |  パルチザン | 5–1 | 0–1 | 5–2 | 
準々決勝 |  アムステルダム | 5–1 | 3–2 | 8–3 | 
準決勝 |  ボルシアMG | 1–3 | 0–1 | 1–4 | 
1975-76 | UEFAカップ | 1回戦 |  B1903 | 2–0 | 3–2 (aet) | 5–2 | 
2回戦 |  スパルタク・モスクワ | 0–1 | 0–2 | 0–3 | 
1976-77 | UEFAカップ | 1回戦 |  ティヒ | 2–0 | 1–1 | 3–1 | 
2回戦 |  ・・・・・・・・・・・・・・・・・・
出典:wikipedia
2018/07/15 21:37

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