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1989年の日本シリーズとは?

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1989年の日本シリーズ
チーム | 勝数(引分数)
読売ジャイアンツ() | 4
近鉄バファローズ(パ) | 3

ゲームデータ
試合日程 | 1989年10月21日-10月29日
最高殊勲選手 | 駒田徳広
敢闘選手 | 新井宏昌
チームデータ
読売ジャイアンツ ()
監督 | 藤田元司
シーズン成績 | 84勝44敗2分
(シーズン1位)
近鉄バファローズ(パ)
監督 | 仰木彬
シーズン成績 | 71勝54敗5分
(シーズン1位)
日本シリーズ
< 1988 | 1990 >

1989年の日本シリーズ(1989ねんのにっぽんシリーズ、1989ねんのにほんシリーズ)は、1989年10月21日から10月29日まで行われたセントラル・リーグ(セ・リーグ)優勝チームの読売ジャイアンツ(巨人)とパシフィック・リーグ(パ・リーグ)優勝チームの近鉄バファローズ(近鉄)による第40回プロ野球日本選手権シリーズである。

目次

  • 1 概要
    • 1.1 チームの勢い、相手チームに関する言動とシリーズの流れ
    • 1.2 勝利への意識
    • 1.3 両チーム監督をめぐる過去の日本シリーズ
  • 2 出場資格者
  • 3 試合経過等
    • 3.1 第1戦
    • 3.2 第2戦
      • 3.2.1 両チームの選手に対する報道
    • 3.3 第3戦
      • 3.3.1 近鉄側の当時のコメント
    • 3.4 第4戦
      • 3.4.1 先発投手起用について
    • 3.5 第5戦
      • 3.5.1 投手の打撃
      • 3.5.2 原の満塁本塁打
    • 3.6 第6戦
    • 3.7 第7戦
  • 4 表彰選手
  • 5 テレビ・ラジオ中継
    • 5.1 テレビ中継
    • 5.2 ラジオ中継
  • 6 脚注
  • 7 参考文献
  • 8 外部リンク

概要

本シリーズは、下記のとおり、巨人が3連敗後の4連勝で、8年ぶり17度目の日本選手権制覇となった。「3連敗後の4連勝」は1958年1986年の日本シリーズ西武ライオンズ(1958年当時は西鉄)が制した事例に次いで、2チーム・3回目のケースだった(4連敗したのは1958年が巨人、1986年が広島東洋カープである)。

巨人の藤田元司、近鉄の仰木彬の両監督は、いずれも選手の力を引き出すことなどで「マジック(魔術)」と呼ばれたこともあり(「仰木マジック」 、「藤田マジック」)、当時の報道では、日刊スポーツは「マジシャン初対決」という特集記事を掲載した。

セ・リーグのチームによる制覇は1985年以来となり、本シリーズ終了に際しての川島廣守セ・リーグ会長コメントでも、直前3年間はパ・リーグのチームが制していたことへの言及があった。

本シリーズの入場料収入は7億5273万5900円(消費税込み)。選手・監督らへの分配金は、巨人が約4777万円、近鉄が約3184万円。球団への分配金は、両球団とも約1億6685万円であった。

巨人はこの年近鉄と対戦したことで当時存在したパ・リーグの6球団全てとシリーズで対戦・勝利した。日本シリーズにおける藤井寺球場の使用はこの年のみである(他の近鉄出場の日本シリーズは、1979年1980年は、藤井寺球場は当時ナイター照明設備が未整備で、大阪球場が使用され、2001年の時点では大阪ドームが本拠地であった)。一方、前年に開場した東京ドームでの日本シリーズ開催はこの年が最初となった。

チームの勢い、相手チームに関する言動とシリーズの流れ

藤田は、自著で、近鉄について「盤石の戦力で勝ってきたチームではない」「ハングリー精神と勢いで勝ってきたチームである」と評している。

事前の見方では巨人が有利との声も多かったが、近鉄は、第1戦から第3戦まで連勝し、日本シリーズ初制覇へあと1勝とした。

ここで加藤哲郎投手の第3戦終了後のヒーローインタビューにおける「シーズンの方がよっぽどしんどかったですからね。相手も強いし…」という発言が「巨人は(この年パ・リーグ最下位の)ロッテより弱い」という表現で報道されたことに巨人の選手が発奮した、という逸話が知られている。 なお、加藤本人は「ロッテより…」については否定している。

巨人は、第4戦で香田勲男完封があり、続く第5戦でも斎藤雅樹が先制点こそ奪われながらも1点に抑え、自ら同点のきっかけとなる安打を放ち、さらにシリーズ初戦から18打席ノーヒットと絶不調だった打線の中軸の一人原辰徳が、6回に吉井理人からシリーズ初ヒットとなる満塁本塁打を放つなどしたことからシリーズの流れが変わり、結果第7戦まで4連勝した。第4戦から第6戦まで10打数7安打と絶好調だった駒田徳広が第7戦で加藤から本塁打を打った直後に万歳し、その後ダイヤモンドを回りながら「バーカ!」と叫ぶ姿は、その後も「語り草」とされている(加藤哲郎も参照)。

藤田監督は、「最初のうちは、野球はそんなに甘くないんだとお天とう様が試練を与えてくれたのでしょう」等と述べた。

日本シリーズにおける加藤のような挑発的発言の例としては、本シリーズ以前にも、1976年の第3戦で王手をかけた福本豊(阪急ブレーブス)の「(パ・リーグ3位の)ロッテや(同リーグ4位の)近鉄だってうちと3試合やれば1回は勝つぜ」などの例があるが、本シリーズでは、当時から大きく注目され、翌年の日本シリーズでも、巨人相手に勝利投手となった渡辺智男(西武)が意識して刺激的な発言を避けていたように報じられている。

1990年の日本シリーズ#第3戦」を参照

巨人の球団史では、当時ヘッドコーチの近藤昭仁が「ロッテより弱いといわれ、お前ら悔しくないのか、のハッパが効いた」と振り返っている。 一方、仰木『燃えて勝つ』では、「第4戦を境に流れが変わった」と悔やむ記述は複数見られるが、「加藤発言」の影響を否定していることが明記されている。近鉄の球団史でも、加藤がロッテとの比較への言及については否定しているとし、「一選手の発言がシリーズを左右すると判断してはおかしい。(中略)それで勝負が決まるほど単純なものではないだろう」という見解を示している。

近鉄グループにおける「シリーズ制覇」を前提とした動きの事例としては、当時近鉄百貨店東京店に勤務していた佐野正幸によると、同店では第2戦終了頃から「優勝セール」の準備に追われていたという。なお、佐野は、本シリーズ終了後、用意したセール品をどう捌くかという問題が立ちはだかったとも振り返っている。

勝利への意識

上記の近鉄3連勝中の報道でも、野球評論家の中から、近鉄の気の緩みなどを懸念する声が出されている(例:衣笠祥雄 - 1979年1980年の日本シリーズで近鉄と対戦、上記1986年の日本シリーズで「3連勝後の4連敗」も経験)。

仰木は、「(終盤における僅差の優勝争いを制した -10.19参照)ペナントレースの余勢」「巨人は日本シリーズという意識過剰が災い(して3連敗)」と記する一方で、ペナントレースを「奇跡の逆転優勝」しながら1963年の日本シリーズで巨人に敗れた西鉄(本シリーズ時に近鉄コーチの中西太が監督)とだぶらせながら、何が何でも勝たねばというものが湧いてこなかったと振り返っている。シリーズ終了後の読売新聞(巨人と同じ企業系列)の記事にも、勝負への意識が薄れていたことが記されている。

両チーム監督をめぐる過去の日本シリーズ

西鉄「3連敗後の4連勝」があった1958年の日本シリーズには、藤田と仰木は、それぞれ巨人と西鉄の選手として出場した。仰木『燃えて勝つ』でも、1958年のシリーズに関して「因果は巡る」などと意識した記述がみられる。

ただし、藤田は、これについて過去のことという姿勢を示している。

なお、1963年の日本シリーズでも同様に、両監督は、それぞれ巨人と西鉄の選手として出場した。

出場資格者

【読売ジャイアンツ】

監督 | 73 | 藤田元司
コーチ | 71 | 瀧安治
72 | 近藤昭仁
74 | 上田武司
75 | 松原誠
76 | 中村稔
77 | 山内一弘
80 | 高橋一三
88 | 松本匡史
投手 | 13 | 宮本和知
17 | 槙原寛己
18 | 桑田真澄
19 | 吉田修司
21 | 加藤初
26 | 松谷竜二郎
28 | 広田浩章
29 | 鹿取義隆
31 | 水野雄仁
41 | 斎藤雅樹
47 | 木田優夫
48 | 香田勲男
54 | 松原靖
捕手 | 9 | 有田修三
15 | 山倉和博
22 | 中尾孝義
32 | 高田誠
56 | 村田真一
60 | 白幡隆宗
内野手 | 0 | 川相昌弘
5 | 岡崎郁
6 | 篠塚利夫
10 | 駒田徳広
23 | 上田和明
24 | 中畑清
27 | 福王昭仁
37 | 津末英明
38 | 勝呂博憲
39 | 山崎章弘
40 | 佐藤洋
44 | 緒方耕一
外野手 | 2 | 簑田浩二
7 | 吉村禎章
8 | 原辰徳
12 | 呂明賜
25 | 鴻野淳基
49 | W.クロマティ
51 | 石井雅博
52 | 井上真二
66 | 栄村忠広
【近鉄バファローズ】

監督 | 71 | 仰木彬
コーチ | 70 | 権藤博
73 | 小川亨
75 | 滝内弥瑞生
76 | 児玉弘義
77 | 中西太
78 | 板東里視
85 | 佐々木恭介
86 | 藤瀬史朗
89 | 安井智規
投手 | 11 | 吉井理人
13 | 石本貴昭
14 | 阿波野秀幸
15 | 山崎慎太郎
17 | 佐々木修
18 | 山村達也
20 | 高柳出己
22 | 佐藤秀明
26 | 小野和義
30 | 加藤哲郎
31 | 山田真実
34 | 村田辰美
40 | 赤堀元之
41 | 木下文信
54 | 池上誠一
捕手 | 10 | 山下和彦
55 | 藤原清景
56 | 光山英和
69 | 原田和彦
内野手 | 3 | 羽田耕一
4 | 大石第二朗
6 | 金村義明
8 | 米崎薫臣
12 | 真喜志康永
19 | 尾上旭
28 | 中村良二
32 | 谷真一
33 | G.リベラ
36 | 後関昌彦
48 | 吉田剛
58 | 安達俊也
外野手 | 2 | 栗橋茂
5 | 村上隆行
7 | 淡口憲治
9 | 新井宏昌
16 | R.ブライアント
21 | 加藤正樹
27 | 中根仁
44 | 鈴木貴久
60 | 中谷忠己

出所 : 1989年10月20日 日刊スポーツ4頁

試合経過等

1989年 日本シリーズ
【日付】
【試合】
【ビジター球団(先攻)】
【スコア】
【ホーム球団(後攻)】
【開催球場】

10月21日(土) | 第1戦 | 読売ジャイアンツ | 3 - 4 | 近鉄バファローズ | 藤井寺球場
10月22日(日) | 第2戦 | 読売ジャイアンツ | 3 - 6 | 近鉄バファローズ
10月23日(月) | 移動日
10月24日(火) | 第3戦 | 近鉄バファローズ | 3 - 0 | 読売ジャイアンツ | 東京ドーム
10月25日(水) | 第4戦 | 近鉄バファローズ | 0 - 5 | 読売ジャイアンツ
10月26日(木) | 第5戦 | 近鉄バファローズ | 1 - 6 | 読売ジャイアンツ
10月27日(金) | 移動日
10月28日(土) | 第6戦 | 読売ジャイアンツ | 3 - 1 | 近鉄バファローズ | 藤井寺球場
10月29日(日) | 第7戦 | 読売ジャイアンツ | 8 - 5 | 近鉄バファローズ
【優勝:読売ジャイアンツ(8年ぶり17回目)】

第1戦

10月21日 藤井寺

【チーム】
【1】
【2】
【3】
【4】
【5】
【6】
【7】
【8】
【9】
R
H
E

巨人 | 0 | 2 | 0 | 1 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 【3
7 | 2
近鉄 | 1 | 0 | 0 | 0 | 0 | 2 | 1 | 0 | X 【4
7 | 0
  1. 巨 : 斎藤(6回2/3)、宮本(1回1/3)
  2. 近 : 阿波野(9回)
  3. : 阿波野(1勝) : 斎藤(1敗)
  4. : 巨 – 岡崎1号2ラン(2回・阿波野) 近 – 大石1号ソロ(1回・斎藤)、鈴木1号2ラン(6回・斎藤)
  5. 審判:球審…五十嵐(パ)、塁審…福井(セ)、小林一(パ)、井野(セ)、外審…寺本(パ)、小林毅(セ)
  6. 開始:13時06分、試合時間:2時間40分、入場者 23477人
    公式記録関係 - 日本野球機構試合結果(第1戦)”. 2013年5月11日閲覧。
【巨人】

【打順】
【守備】
【選手】

1 | [右] | 緒方耕一
2 | [遊] | 川相昌弘
3 | [二] | 篠塚利夫
4 | [左] | 原辰徳
5 | [中] | W.クロマティ
6 | [指] | 呂明賜
7 | [三] | 岡崎郁
8 | [一] | 駒田徳広
9 | [捕] | 中尾孝義
 | 
【近鉄】

【打順】
【守備】
【選手】

1 | [二] | 大石第二朗
2 | [中]左 | 新井宏昌
3 | [指] | R.ブライアント
4 | [一] | G.リベラ
5 | [左] | 淡口憲治
 | 打中 | 村上隆行
6 | [右] | 鈴木貴久
7 | [三] | 金村義明
8 | [捕] | 山下和彦
9 | [遊] | 真喜志康永
 | 打遊 | 米崎薫臣
 | 遊 | 安達俊也


両チームの先発投手(近鉄阿波野秀幸 - 巨人斎藤雅樹)は、1988年の日本シリーズ、西武渡辺久信 - 中日小野和幸以来の「リーグ最多勝同士」となった。

近鉄は初回大石第二朗の先頭打者本塁打で先制した(第1戦の先頭打者本塁打は日本シリーズ史上初)。

巨人は、2回に岡崎郁の2ラン本塁打で逆転し、さらに4回にもクロマティ、呂明賜の連打で追加点をとった。このように失点した阿波野について、投手コーチの権藤博は、決して調子は良くなく、巨人打線が「西武、オリックスに比べたら迫力が全然違う」状態だから完投できた、という趣旨のコメントをした。

一方の斎藤は硬さを指摘される状態であった。近鉄は、6回に鈴木貴久の2ラン本塁打で同点とし、7回、新井宏昌の勝ち越し適時打で、斎藤を攻略して先勝した。

公式記録関係(日本野球機構ページ)

第2戦

10月22日 藤井寺

【チーム】
【1】
【2】
【3】
【4】
【5】
【6】
【7】
【8】
【9】
R
H
E

巨人 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 2 | 0 | 0 | 1 【3
9 | 1
近鉄 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 2 | 4 | 0 | X 【6
10 | 2
  1. 巨 : 桑田(7回)、鹿取(0回2/3)、吉田(0回1/3)
  2. 近 : 山崎(5回2/3)、加藤哲(0回1/3)、佐藤秀(2回1/3)、吉井(0回2/3)
  3. : 佐藤秀(1勝) : 桑田(1敗)
  4. : 巨 – 中尾1号ソロ(9回・佐藤秀)
  5. 審判:球審…小林毅(セ)、塁審…寺本(パ)、福井(セ)、小林一(パ)、外審…平光(セ)、牧野(パ)
  6. 開始:13時05分、試合時間:3時間40分、入場者 24207人
    公式記録関係 - 日本野球機構試合結果(第2戦)”. 2013年5月11日閲覧。
【巨人】

【打順】
【守備】
【選手】

1 | [右] | 緒方耕一
2 | [遊] | 川相昌弘
 | 打 | 吉村禎章
3 | [二] | 篠塚利夫
4 | [中] | W.クロマティ
5 | [左] | 原辰徳
6 | [三] | 岡崎郁
7 | [一] | 駒田徳広
8 | [捕] | 中尾孝義
9 | [指] | 津末英明
 | 打指 | 井上真二
 | 打指 | 福王昭仁
 | 
【近鉄】

【打順】
【守備】
【選手】

1 | [二] | 大石第二朗
2 | [中] | 新井宏昌
3 | [指] | R.ブライアント
4 | [一] | G.リベラ
5 | [右] | 鈴木貴久
6 | [左] | 淡口憲治
7 | [三] | 金村義明
8 | [捕] | 山下和彦
 | 打 | 村上隆行
 | 捕 | 光山英和
9 | [遊] | 真喜志康永


6回表、巨人が近鉄先発山崎慎太郎から駒田徳広の適時打で2点を先制したが、近鉄もその裏、巨人先発桑田真澄から淡口憲治の2点適時二塁打で同点とした。

7回裏二死、三塁に走者がいるにもかかわらず二塁塁上の走者真喜志が大きくベースを離れたという場面で、打者走者を刺すための送球を受けてボールを持っていた一塁手の駒田がそれに反応せず(読売新聞でも駒田の「ボーンヘッド」と評されている)、桑田がマウンド上で明らかに不満を示す動作をした。この回さらに、近鉄は、ラルフ・ブライアントがこの試合2度目の故意四球(敬遠)を受けた直後に、ハーマン・リベラが走者一掃の適時二塁打で3点を勝ち越し。続く鈴木も二塁打で1点追加した。

9回、巨人が中尾孝義の本塁打で追い上げるも、最後は吉井理人が後続を絶ち、近鉄が連勝した。

吉井は試合後、「打たれる気がしない」などのコメントを残した。さらに、スポーツニッポンによると、試合終了後の球場のロッカー室で、山崎「オリックスや西武の方が怖い」、加藤哲郎「真ん中狙って思い切り投げたら大丈夫」、吉井「気の抜ける打線」などと「言いたい放題」であったという。

公式記録関係(日本野球機構ページ)

両チームの選手に対する報道

在籍期間が長い巨人からトレードで移籍した淡口の一打について、翌23日の新聞では「恩返し」などの見出しで報じられた。

リベラについて、第1戦の前日(20日)に行われた両チームの監督会議で、藤田監督がリベラの暴力的な行為(経験のあるボクシングのパンチで相手投手に殴りかかるなど)などを問題視して注意するよう近鉄側に求めていた。この試合についての報道では、朝日新聞などがあらためて、藤田監督のこうした要請を持ち出した上で「クレームをつけられまい」などと書き立てた。

一方の巨人は、無安打の続く原辰徳の打撃不振が注目され、日刊スポーツでは、川上哲治のコラムで原の起用についての疑問が示され、やく・みつる作の4コマ漫画で原について「波打つスイング」と書かれている。

第3戦

10月24日 東京ドーム

【チーム】
【1】
【2】
【3】
【4】
【5】
【6】
【7】
【8】
【9】
R
H
E

近鉄 | 1 | 2 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 【3
5 | 0
巨人 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 【0
3 | 0
  1. 近 : 加藤哲(6回1/3)、村田(0回1/3)、吉井(2回1/3)
  2. 巨 : 宮本(3回)、水野(3回)、槙原(1回1/3)、吉田(0回2/3)、斎藤(1回)
  3. : 加藤哲(1勝) : 宮本(1敗) S: 吉井(1S)
  4. : 近 – 光山1号2ラン(2回・宮本)
  5. 審判:球審…牧野(パ)、塁審…平光(セ)、寺本(パ)、福井(セ)、外審…五十嵐(パ)、井野(セ)
  6. 開始:13時07分、試合時間:2時間50分、入場者45711人
    公式記録関係 - 日本野球機構試合結果(第3戦)”. 2013年5月11日閲覧。
【近鉄】

【打順】
【守備】
【選手】

1 | [二] | 大石第二朗
2 | [中] | 新井宏昌
3 | [左] | R.ブライアント
4 | [一] | G.リベラ
5 | [右] | 鈴木貴久
6 | [三] | 金村義明
7 | [遊] | 真喜志康永
8 | [捕] | 光山英和
9 | [投] | 加藤哲郎
 | 投 | 村田辰美
 | 投 | 吉井理人
 | 
【巨人】

【打順】
【守備】
【選手】

1 | [右] | 緒方耕一
 | 投 | 槙原寛己
 | 投 | 吉田修司
 | 打 | 津末英明
 | 投 | 斎藤雅樹
2 | [遊] | 川相昌弘
3 | [二] | 篠塚利夫
4 | [中] | W.クロマティ
5 | [三] | 岡崎郁
6 | [一]右 | 駒田徳広
7 | [左] | 原辰徳
8 | [捕] | 中尾孝義
 | 打 | 福王昭仁
 | 捕 | 山倉和博
9 | [投] | 宮本和知
 | 打 | 吉村禎章
 | 投 | 水野雄仁
 | 打一 | 中畑清


近鉄先発投手の加藤哲郎は、第2戦に救援登板している一方で、公式戦シーズン中から右肩の状態が良くなく、第2戦とこの試合の間の移動日の新幹線車内で仰木監督から先発を告げられて驚いた、という。

近鉄は初回ブライアントの適時二塁打、2回には光山英和の2ラン本塁打と加点した。守っては、上記のような事情にもかかわらず7回途中まで無失点で抑えた加藤が、一死からクロマティ、岡崎に連打されたところで、村田辰美、吉井と継投し、近鉄が継投による完封勝ちで初の日本一に王手をかけた。なお、日本シリーズにおける継投による完封勝ちは、1960年第4戦の大洋ホエールズ以来のことで7度目となった。

なお、巨人は終盤リードされた場面で故障から復帰したばかりの槙原寛己を登板させているが、仰木は『燃えて勝つ』で、これを指して「(藤田監督は)手掛かりを求めて動いた」「勝利への執念」と振り返っている。

公式記録関係(日本野球機構ページ)

近鉄側の当時のコメント

加藤はヒーローインタビューで「怖さのないチーム」などのコメント。さらに加藤は、巨人選手のデータも特に見ずに登板したなどと公言した。加藤は「シーズン中のほうが相手も強く、きつかった」と言っただけであり、伝えられるように「巨人はロッテより弱い」とは一言も言っていないという。ベンチ裏での囲み取材において「ロッテの方が怖いですか?」と持ちかけられ「そうですね」と相槌を打ったという。

加藤らとバッテリーを組んだ光山は「巨人打線は本当にたたみかけるような迫力がないですね」とも話していた。他にも、やはりこの試合登板してセーブをあげた吉井は、パ・リーグ公式戦の方がこれまでの本シリーズより明らかに大変であったとし、中尾の代打に福王昭仁が起用されたことを指して(7回-結果は外野飛球)、中尾に比べて威圧感のない福王の方が投げやすかったとして「(巨人の選手起用に)感謝」、などとコメントしている。

こうした近鉄の戦いについて、日刊スポーツ掲載のやく・みつる4コマ漫画では、加藤が「チョロイもんだぜ」と言うなどノビノビしている近鉄と、巨人のセ・リーグ優勝により頭を丸めた久米宏の頭髪の伸びも早いというふうに描写されている。

1958年の日本シリーズなどで仰木、中西らとともに巨人と戦った豊田泰光は、この試合を報じるスポーツニッポンのコラムで、"巨人飲んでる"近鉄投手陣、近鉄に怖いのは慢心だけだ、と書いた。「加藤発言」の背景として、近鉄チーム内部にあった「与し易し」の雰囲気が、後に指摘されている。

第4戦

10月25日 東京ドーム

【チーム】
【1】
【2】
【3】
【4】
【5】
【6】
【7】
【8】
【9】
R
H
E

近鉄 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 【0
3 | 0
巨人 | 1 | 0 | 0 | 0 | 0 | 3 | 1 | 0 | X 【5
8 | 0
  1. 近 : 小野(5回1/3)、池上(0回2/3)、木下(0回2/3)、山田(1回1/3)
  2. 巨 : 香田(9回)
  3. : 香田(1勝) : 小野(1敗)
  4. 審判:球審…井野(セ)、塁審…五十嵐(パ)、平光(セ)、寺本(パ)、外審…小林毅(セ)、小林一(パ)
  5. 開始:13時04分、試合時間:3時間5分、入場者 45825人
    公式記録関係 - 日本野球機構試合結果(第4戦)”. 2013年5月11日閲覧。
【近鉄】

【打順】
【守備】
【選手】

1 | [二] | 大石第二朗
2 | [中] | 新井宏昌
3 | [左] | R.ブライアント
4 | [一] | G.リベラ
5 | [右] | 鈴木貴久
6 | [三] | 金村義明
 | 打 | 羽田耕一
7 | [遊] | 真喜志康永
8 | [捕] | 光山英和
 | 打 | 中谷忠己
 | 投 | 木下文信
 | 投 | 山田真実
 | 打 | 中根仁
9 | [投] | 小野和義
 | 投 | 池上誠一
 | 打 | 村上隆行
 | 捕 | 山下和彦
 | 
【巨人】

【打順】
【守備】
【選手】

1 | [右] | 簑田浩二
 | 右 | 緒方耕一
2 | [遊] | 川相昌弘
3 | [三] | 岡崎郁
4 | [中] | W.クロマティ
5 | [一] | 駒田徳広
6 | [二] | 篠塚利夫
7 | [左] | 原辰徳
8 | [捕] | 中尾孝義
9 | [投] | 香田勲男


この日、近鉄の宿舎では、「シリーズ制覇」祝勝会の準備が行われていた。

3連勝の近鉄の先発投手は、一気に勝負を決めるべく阿波野とも考えられたが、実際は小野和義で、後々物議をかもしている(#先発投手起用について参照)。小野は、肘の故障によりリーグ優勝決定時(10月14日)は出場選手登録を外れ、本シリーズになってから復帰していた。

一方の巨人は予定通り香田勲男で、前日の第3戦終了後、報道陣の前では顔色が真っ青であったという。小野同様に日本シリーズ初登板となった。

初回、巨人は不調の緒方耕一に代えて「1番・右翼手」に起用した簑田浩二の二塁打を足がかりに一死三塁として、岡崎の犠牲飛球で先制。6回には3安打2四球を集め3点を奪って点差を広げた。

香田は、時折スローカーブを交えながらの緩急をつけた投球で、近鉄打線を散発3安打、三塁を踏ませず完封。巨人の中村稔コーチや捕手の中尾は、第3戦での水野雄仁の投球が香田やそれ以降に登板した投手の参考になったと、シリーズ終了に際して振り返っている。なお、日本シリーズ初登板での完封勝利は1985年第1戦の池田親興(阪神タイガース)以来となった。

巨人が1勝目をあげたが、スポーツニッポンでの豊田コラムで「仰木監督も上

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出典:wikipedia
2018/05/12 19:46

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