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FC東京とは?

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【FC東京】

【原語表記】
FC東京
【愛称】
東京
【クラブカラー】
ブルー& レッド
【創設年】
1935年
【所属リーグ】
日本プロサッカーリーグ
【所属ディビジョン】
J1リーグ
【クラブライセンス】
J1
【ホームタウン】
東京都
【ホームスタジアム】

味の素スタジアム
【収容人数】
49,970
【運営法人】
東京フットボールクラブ株式会社
【代表者】
大金直樹
【監督】
長谷川健太
【公式サイト】
公式サイト
■テンプレート(■ノート)サッカークラブPJ
【画像外部リンク】

エンブレム
en:File:FCTokyo.png
FC東京のサポーター (2008年3月8日 対神戸戦)

FC東京(エフシーとうきょう、F.C. Tokyo)は、日本東京都をホームタウンとする、日本プロサッカーリーグ(Jリーグ)に加盟するプロサッカークラブ。

目次

  • 1 概要
  • 2 運営法人
    • 2.1 出資者
    • 2.2 経営情報
      • 2.2.1 損益
      • 2.2.2 資産
  • 3 歴史
    • 3.1 前史
    • 3.2 1999年(J2)
    • 3.3 2000年 - 2010年(J1)
      • 3.3.1 2000年
      • 3.3.2 2001年
      • 3.3.3 2002年
      • 3.3.4 2003年
      • 3.3.5 2004年
      • 3.3.6 2005年
      • 3.3.7 2006年
      • 3.3.8 2007年
      • 3.3.9 2008年
      • 3.3.10 2009年
      • 3.3.11 2010年
    • 3.4 2011年(J2)
    • 3.5 2012年 - (J1)
      • 3.5.1 2012年
      • 3.5.2 2013年
      • 3.5.3 2014年
      • 3.5.4 2015年
      • 3.5.5 2016年
      • 3.5.6 2017年
      • 3.5.7 2018年
  • 4 成績
  • 5 所属選手
    • 5.1 国際大会選出選手
  • 6 ホームスタジアム
    • 6.1 新スタジアム構想
  • 7 入場者記録
    • 7.1 カップ戦(Jリーグカップ・ACL)主催試合会場別試合数
    • 7.2 年齢構成
  • 8 タイトル
    • 8.1 国内タイトル
    • 8.2 国際タイトル
    • 8.3 その他
    • 8.4 個人別
      • 8.4.1 Jリーグ
      • 8.4.2 Jリーグ杯
    • 8.5 その他受賞
  • 9 ユニフォーム
    • 9.1 チームカラー
    • 9.2 ユニフォームスポンサー
    • 9.3 ユニフォームサプライの遍歴
    • 9.4 歴代ユニフォーム
    • 9.5 歴代ユニフォームスポンサー年表
  • 10 FC東京U-23
    • 10.1 概要(U-23)
    • 10.2 略歴(U-23)
    • 10.3 成績(U-23)
    • 10.4 主催ホームゲーム開催地(U-23)
    • 10.5 ユニフォームスポンサー (U-23)
    • 10.6 歴代ユニフォーム (U-23)
    • 10.7 ユニフォームスポンサー遍歴 (U-23)
  • 11 下部組織
  • 12 スタジアムBGM
  • 13 異競技間交流
    • 13.1 その他
  • 14 メディア
    • 14.1 テレビ
    • 14.2 ラジオ
    • 14.3 新聞他
  • 15 出版
    • 15.1 書籍
    • 15.2 VHS・DVD
  • 16 不祥事
  • 17 応援スタイルなど
  • 18 注釈
  • 19 出典
  • 20 関連項目
  • 21 外部リンク

概要

1
2
3
1.味の素スタジアム、2.小平グランド及びクラブハウス、3.深川グランド及び本社

1999年にJリーグへ加盟。ホームタウン東京都である。ホームスタジアムは調布市味の素スタジアム(東京スタジアム)である。(ホームスタジアムについては後述でも詳しく触れる)練習場は、小平市FC東京小平グランド(東京ガス武蔵野苑)である(2001年までは江東区猿江FC東京深川グランド)。

このため、地域活動は調布市周辺エリア(三鷹市及び府中市を含む。)、小平市をメインとして、都心23区でも特に江東区深川や、過去にホームゲームを開催した江戸川区北区世田谷区を中心として行われている。

クラブ名の「FC東京」は、シンプルで誰にもわかり易く馴染みがあり「都民のためのJクラブ」を目指す観点から制定された。

マスコットキャラクターは『東京ドロンパ』であり、チーム創設10周年に向けてマスコットを選考して、2009年開幕戦より登場した。

2000年までは東京を名乗るJリーグクラブが他に無かったため、「東京」の呼称であったが、2001年東京ヴェルディ(旧V川崎)がホームタウンを東京都に変更して以降、「FC東京」や「F東京」などと表記されている。なお、Jリーグの公式情報やスポーツ振興くじ(toto)等での紙面が限られる公式発行物に関しては、F東京として掲載される場合が多い(但し日刊スポーツでは「FC」を入れず、単に「東京」と表記)。

プロ化以前の呼称東京ガスから来る『ガス』が現在でもFC東京を指し示す独自の呼称として残っているのはこうした理由にもよる。ニックネームにはこの他ユニフォームのカラーから採られた『青赤軍団』がある。

運営法人

東京フットボールクラブ株式会社
TOKYO FOOTBALL CLUB Co.,Ltd.
種類
株式会社
【市場情報】
非上場

【本社所在地】
日本
135-0003
東京都江東区猿江2-15-10
北緯35度41分11.5秒 東経139度49分7.6秒 / 北緯35.686528度 東経139.818778度 / 35.686528; 139.818778座標: 北緯35度41分11.5秒 東経139度49分7.6秒 / 北緯35.686528度 東経139.818778度 / 35.686528; 139.818778
【設立】
1998年10月1日
業種
サービス業
法人番号
6010601025736
【事業内容】
サッカークラブの運営
【代表者】
大金直樹(代表取締役社長)
【資本金】
11億3700万円
【売上高】
45億4076万6千円 (2017年1月期)
【営業利益】
9361万5千円 (2017年1月期)
【経常利益】
1億2103万4千円 (2017年1月期)
【純利益】
8302万5千円 (2017年1月期)
【純資産】
19億3336万5千円 (2017年1月期)
【総資産】
23億1017万円 (2017年1月期)
【従業員数】
49人
【決算期】
1月期
【主要株主】
東京ガス
【関係する人物】
鳥原光憲
【外部リンク】
https://www.fctokyo.co.jp/

1998年10月1日、東京ガスなど161団体が出資した 運営法人『東京フットボールクラブ株式会社』を設立。

FC東京の運営法人については、東京に関わりを持つできるだけ多くの企業・自治体の共同出資とし、特定の企業の影響を受けない独立性の有るものとするという方針が採られた。1997年に東京ガスサッカー部部長鳥原光憲及びその上司でJFL評議会会長の上原英治が方針を固め、東京ガス上層部の了承を得てのものであった。

上記経緯から、設立当初から東京ガスとは親子会社の関係に無く、他の主要株主も持株比率は5%程度に留まっている。

歴代の代表取締役社長にはいずれも東京ガス出身者が就いており、役員の多数は主要株主からの出向である。

歴代の役員については「Category:FC東京の役員」を参照

役員出向元 (太字は現任)


https://www.fctokyo.co.jp/club/company/ 参照

出資者

1
2
3
4
5
6
1.三鷹市、2.府中市、3.調布市、
4.小平市、5.西東京市、6.小金井市
株主
設立時の161団体から増大を続け、2015年6月現在374団体。
東京ガスの関連企業が多く、区市町村からは1999年より三鷹市府中市調布市が、2002年より小平市西東京市が、2004年より小金井市 が名を連ね、それぞれ100万円を出資(20株保有)している。詳細は「株主一覧」を参照
スポンサー

詳細は「クラブスポンサー」を参照

経営情報

クラブは2016年発表の「2020VISION」において、営業収入の数値目標として50億円を掲げている。

損益

【年度】
20062007200820092010

【年度】
2012201320142015

【年度】

資産

【年度】
【総資産】
【総負債】
【純資産】
資本金
2005 | 982 | 190 | 792 | 783
2006 | 883 | 134 | 748 | 807
2007 | 703 | 182 | 520 | 815
2008 | 833 | 389 | 444 | 863
2009 | 951 | 347 | 604 | 1003
2010 | 1349 | 382 | 967 | 1005
2011 | 1698 | 535 | 1163 | 1062
2012 | 1870 | 541 | 1329 | 1064
2013 | 1957 | 560 | 1397 | 1065
2014 | 1807 | 379 | 1428 | 1092
2015 | 2511 | 706 | 1805 | 1092
2016 | 2310 | 377 | 1933 | 1137

出典: 各年度のJクラブ決算一覧。 200520062007200820092010201120122013201420152016

金額の単位: 百万円

歴史

前史

詳細は「東京ガスサッカー部」を参照

1935年に結成された「東京ガスサッカー部」が前身であり、1991年日本サッカーリーグ2部へ昇格。1992年からジャパンフットボールリーグへ参加。

1997年に『東京ガスフットボールクラブ』へ改称し、Jリーグへの参加を表明。1998年には翌シーズンよりクラブ名称を『FC東京』とする改称及び東京都をホームタウンとしてプロクラブ化し、1999年からのJリーグ加盟とJリーグ ディビジョン2(J2)参加が決まった。

1999年(J2)

1999 J2最終節 新潟戦 布陣
アマラオ
加賀見健介
奥原崇
佐藤由紀彦
アウミール
浅利悟
藤山竜仁
小峯隆幸
サンドロ
梅山修
鈴木敬之
監督:大熊清

1999年、東京都を本拠地とする初めてのチームとしてJリーグ加盟。プロ契約を結ばない東京ガス時代からの選手が多数を占める中、堅実な戦いで シーズン中盤まで2位以内をキープ。第27節仙台戦でFWアマラオがクラブ初のハットトリックを達成。しかし、ナビスコカップを勝ち上がったことによる過密日程やアマラオの負傷欠場によって、終盤には4連敗を喫してJ1昇格圏外へ追い込まれた。最終節で大分をかわして2位に入り(1999年J2最終節参照)、Jリーグ ディビジョン1(J1)昇格を果たした。

Jリーグヤマザキナビスコカップでは、神戸市原横浜FMのJ1チームを下してベスト4に進出、MF佐藤由紀彦ニューヒーロー賞に選出された。

2000年 - 2010年(J1)

2000年

2000年は「東京」を名前に持つクラブとして初のJ1進出。10名の社員選手を有するなど、他のJ1クラブに比べ予算・戦力共に小規模ながら 開幕5節で4勝1敗の成績で首位に立つなど旋風を起こし、年間総合順位は7位。新加入のGK土肥洋一が好守を見せ、以後2006年に至るまでリーグ戦216試合連続フル出場というJリーグ記録を残した。

攻撃ではFWアマラオと、川崎から期限付き移籍で加入したツゥットのコンビが得点を量産。ツゥットはリーグ2位となる17得点を挙げて、クラブ初のJリーグベストイレブンにも選ばれた。なお、ツゥットはシーズン終了後に浦和へ完全移籍した。

天皇杯は初戦でJ2甲府に敗退。

2001年

2001 J1 1st第1節
「東京ダービー」布陣
呂比須ワグナー
アマラオ
小林成光
佐藤由紀彦
三浦文丈
浅利悟
藤山竜仁
伊藤哲也
サンドロ
内藤就行
土肥洋一
監督:大熊清

2001年に収容人員49,000人の新本拠地・東京スタジアム(現:味の素スタジアム)が完成・使用開始となった 事により観客動員数が飛躍的に増加。スタジアムのこけら落しとなった開幕戦では、川崎市から移転し呼称変更した東京ヴェルディ1969との初の東京ダービーとなり、新加入の元日本代表FW呂比須ワグナーVゴールで制した。

呂比須は4月4日のナビスコカップ甲府戦でハットトリックを挙げるなど序盤こそ活躍したものの、アマラオとプレースタイルが重複することなどから徐々に出場機会が減り、チーム加入後わずか半年で福岡へ完全移籍。しかし、その頃には開幕直前に急遽獲得したブラジル人MFケリーがチームにフィットし、司令塔として攻撃陣を掌握。以後4年間攻撃の核として活躍した。

天皇杯初戦で横浜FCに破れ、2年連続でJ2勢に初戦敗退を喫した。この試合を最後に、東京ガス時代以来7年間指揮を執った大熊清監督を退任。

2002年

2002年、監督に原博実を迎えて攻撃サッカーを指向した強化を進め、開幕戦では前年優勝の鹿島から4点を奪い圧勝。しかしこの試合でMVP級の活躍を見せた小林成光は交通事故で、攻守の起点となった三浦文丈は第2節浦和戦で負傷し、共に長期離脱を強いられた。

一方、この年に移籍加入した選手達が5月以降レギュラーに成長。DF加地亮とMF石川直宏が右サイドでの攻撃を活性化させ、DF茂庭照幸も新加入のブラジル人CBジャーンとのコンビで堅守を築いた。また、入団2年目のMF宮沢正史もプレースキッカーとして能力を発揮し、ボランチのレギュラーを掴んだ。シーズン終了後、佐藤由紀彦横浜FMへ期限付き移籍で退団した(その後完全移籍)。

また、この年尾亦弘友希馬場憂太がチーム初のアカデミーからのトップチーム昇格を果たし、FC東京U-18所属の呉章銀がこれも初となる2種登録選手でJリーグデビューし、当時のJ1最年少記録となる16歳8ヶ月20日でJ1初出場を果たした。

2003年

チームスローガン:90分間、攻撃サッカー。

2003年は、原体制2年目。DF金沢浄が加入し、リーグ最小失点を記録。1st、2ndステージ共に優勝戦線に絡み、年間順位4位の成績。また、シーズン初戦だった3月8日ナビスコ杯・横浜FM戦(横浜国際総合競技場)で、FC東京U-18所属の高校生だった梶山陽平がトップチームでの公式戦に初出場した。一方で、天皇杯を最後に、旧JFL時代からチームを牽引し『KING OF TOKYO』として親しまれたFWアマラオ湘南へ移籍した。

8月にはスペイン・レアル・マドリードとクラブ史上初の国際親善試合を開催。

2004ナビスコカップ決勝 布陣
ルーカス
ケリー
戸田光洋
石川直宏
今野泰幸
三浦文丈
金沢浄
茂庭照幸
ジャーン
加地亮
土肥洋一
監督:原博実

また、加地亮茂庭照幸がクラブ所属選手初の日本代表として出場した。

2004年

チームスローガン:攻激、攻劇、攻撃サッカー。

原体制3年目。アマラオに代わってFWルーカスを獲得。また、MF今野泰幸札幌から加入し、ユースからは李忠成梶山陽平呉章銀が昇格。

8月にはスペイン遠征を行い、デポルティーボ・ラ・コルーニャの恒例プレシーズンマッチ、トロフェオ・ファンアクーニャに招かれ、これを制し、帆船型のトロフィーを獲得。

リーグ戦は年間8位の成績。ナビスコカップでは、日本代表およびU-23日本代表によって複数の主力を欠く中決勝進出。同カップで初めてベストメンバーを揃えて臨んだ決勝戦では浦和を延長・PK戦の末に破り、初優勝を果たし、Jリーグ加盟後初の公式タイトルを獲得した。

2005年

チームスローガン:攻めて取る。攻めて獲る。

原体制4年目。ケリーが退団したが、若手へシフトする意味で大きな補強はしなかった。

2005 J1最終節 C大阪戦 布陣
阿部吉朗
栗澤僚一
鈴木規郎
戸田光洋
今野泰幸
梶山陽平
金沢浄
茂庭照幸
ジャーン
藤山竜仁
土肥洋一
監督:原博実

開幕直後はそれまで苦手とした磐田に勝利し首位に立つなどしたが、それ以後は4-3-3の新布陣や新加入MFダニーロの不発などでチームワーストの6連敗を喫し、優勝戦線から早々に脱落。5月には原の監督解任が現実味を帯びた時期もあり、9月の横浜FM戦(日産スタジアム)で石川直宏の負傷退場(膝靭帯完全断裂により復帰まで約8か月を要した)、直後のルーカスの意識不明・救急車搬送による試合終了等もあった。終盤戦は12試合負けなしの成績も残して、年間順位は10位。最終節(右図)ではC大阪の優勝を阻止した。シーズン終了後に、原が監督を退任。また、加地亮G大阪へ移籍した。

なお、この年は7月9日の東京ダービー(東京V戦、FC東京主催試合)の試合前、FC東京サポーターによる傷害事件が発生した(FC東京側のサポーター約200名がコンコースにて東京Vサポーターに向け挑発行為に及んだ際、FC東京サポーター1名が場内に設置されていた灰皿のフタを東京V側の群衆に投げつけて、東京Vのクラブ職員、警官、一般人を負傷させ傷害罪で逮捕)。この試合の管理責任者として、FC東京にはJリーグから1000万円の罰金が科せられた。

2006年

チームスローガン:Ousadia 〜信頼・勇気・挑戦〜

埼玉スタジアム2002で行われた浦和戦

クラブ初の外国籍監督となるブラジル人・ガーロが監督就任。速攻主体のチームを、ボールの保持(ボールポゼッション)を主体とするパスサッカーへの転換を図ったが、3バックの採用や「マンマークを徹底する」守備を基本とし、短いパスで攻撃を構築しようとする戦術はなかなか奏功せず、4月15日の第8節千葉戦では前半に完全にゲームを支配され後半9分までに3失点を喫し惨敗。ブラジルと比較すると緩急が少なく、運動量とスピードでの攻めの多いJリーグでの相手攻撃を防ぐのに苦戦した。

2006 J1第18節-第20節 布陣
ルーカス
赤嶺真吾
川口信男
石川直宏
梶山陽平
浅利悟
藤山竜仁
茂庭照幸
ジャーン
徳永悠平
土肥洋一
監督:倉又寿雄

加えて、怪我人も多発し戦術の刷り合わせも図れなくなり、ナビスコ杯では2分4敗の予選リーグ最下位で敗退。更にガーロの要望で獲得したブラジル人FWワシントンも、投入された試合ですぐさま退場処分を受けるなど不発。7月22日鹿島戦で4失点を喫し敗れると(2 - 4)、29日広島戦(0-2)、8月5日のプレシーズンマッチ・FCソウル戦(0-3)、12日浦和戦(0 - 4)と連敗し、8月15日にクラブ初となるシーズン途中での監督解任が発表された。

後任監督には1995年から大熊の下で長くヘッドコーチを務め、この年からFC東京U-18の監督となっていた倉又寿雄が就任。第18節千葉戦から指揮を執り、布陣を4バックに戻すなど修正を施しリーグ戦を13位で終えた。

シーズン終了と共に倉又が監督を退任(U-18監督へと復帰)。12月5日に原が監督に再任された。また、この年限りで ・・・・・・・・・・・・・・・・・・

出典:wikipedia
2018/07/22 04:28

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