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FM_TOWNSとは?

【開発元】
富士通
【製造元】
富士通
【世代】
第4世代
【発売日】
1989年2月28日 (1989-02-28)
【販売期間】
1989-1997年
【販売終了日】
1997年夏
【対応メディア】
CD
OS
TownsOS, MS-DOS, Windows, Linux
【サウンド】
リコー RF5C68、ヤマハ YM2612
【関連商品】
FM TOWNS マーティー
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FM TOWNS(エフエムタウンズ)とは、パソコン御三家の1つといわれていた富士通1989年2月28日に発表したアーキテクチャパーソナルコンピュータである。

目次

  • 1 概要
    • 1.1 FM TOWNS
      • 1.1.1 発表当時を含むその背景と概要
      • 1.1.2 二代目以降
    • 1.2 FM TOWNS II
      • 1.2.1 486搭載・横置き型化
      • 1.2.2 白TOWNS
    • 1.3 ノート/ラップトップ機
    • 1.4 FMV-TOWNS(TOWNSシリーズの終焉)
    • 1.5 その他
    • 1.6 販売・広告戦略
    • 1.7 PC-9800シリーズとの関係
    • 1.8 X68000シリーズとの関係
  • 2 仕様
    • 2.1 CPU
    • 2.2 グラフィック
      • 2.2.1 画面モード
      • 2.2.2 スプライト
    • 2.3 オーディオ
    • 2.4 マウス・ゲームパッド・キーボード
    • 2.5 拡張性、オプションなど
      • 2.5.1 拡張スロット
      • 2.5.2 拡張カード
      • 2.5.3 コネクタ
      • 2.5.4 ストレージ
      • 2.5.5 所有率
  • 3 TownsOS
    • 3.1 Townsシステムソフトウェア
      • 3.1.1 主な添付ユーティリティ
      • 3.1.2 主な添付アプリケーション
    • 3.2 各種OS
  • 4 機種
  • 5 歴代イメージキャラクター
  • 6 累計出荷台数の推移
  • 7 マスコット
  • 8 開発環境
  • 9 実用ソフトなど
  • 10 ソフトメーカー
  • 11 脚注
    • 11.1 注釈
    • 11.2 出典
  • 12 関連項目
  • 13 外部リンク

概要

FM-7 (FM77AV) シリーズのオーディオ・ビジュアル (AV) 機能の充実という流れを汲んだ後継機で、西和彦の提案で世界で初めて全モデルにCD-ROMドライブを標準搭載した。また、ビジネス向けのFMR-50シリーズと上位互換性を持っていた。名称は初代FM TOWNSの開発コードネームの"Townes"から"e"を取ってそのまま商品名にしたとも、当初予定していた"Town"の商標を他の家電メーカーが先に登録したために止むなく"s"を付けたともされる。

タウンズウンズ等と略された。FMRシリーズと合わせて、FMR/TOWNSシリーズとも称されることもあった。

FM TOWNSは日本初のCD-ROMドライブ標準搭載パソコンである。

当時としては画期的な1677万色中256色発色機能やPCM音源を標準搭載し、強力なグラフィック機能やオーディオ機能を誇っていた。また、当時の家庭用ゲーム機では一般的なスプライト機能も搭載されており、ゲーム用プラットフォームとしても当時の人気機種だったシャープX68000に劣らぬ能力を持っていた。

全ユーザが386以上を使用していることを前提にできること、DOSエクステンダを標準としたことから、当時は32ビット機でもリアルモードで単なる高速な16ビット機として使われていることが多かった他機種と比べ、TOWNSではほとんどのアプリケーションが32ビットプロテクトモードを利用していたため、動作速度やメモリ使用効率での大きなアドバンテージが有った。

その高スペックを生かして富士通は、「ハイパーメディアパソコン」のキャッチコピーでマーケティングを展開した。富士通は元々FMRシリーズなどで教育機関において一定のシェアを持っていたこともあり、マルチメディア機能を生かした、教育分野向けのソフトウェアや、ゲームソフトが充実していた。また、廉価版マーティー (Marty) も発売された。

「FM-TOWNS」とFM-7のようにハイフン入りで表記されることもあるが、「FM TOWNS」とハイフンなし表記が正しい。説明書やパンフレットなどでは、ロゴと同じように「FMTOWNS」と「FM」を小さく書く表記が用いられた。

FM TOWNS

一般にはFMRシリーズをベースに開発されたとされ、FMR-50型番の機種と一定の互換性を備えている。

CD-ROMと3.5インチFDD、電源スイッチ、音量のレベルメータなどを正面に配した縦型のプラスチック成型の独特の筐体に、Intel 80386を搭載し、マウスによるGUIと、ゲームパッドによる操作を基本とした。その他にもFM音源ステレオ6音、PCM音源ステレオ8音を標準搭載した。GUIによる独自のシェルを標準搭載したTownsOSが専用OSである。内容的にはMS-DOSDOSエクステンダと呼ばれるモジュールで拡張し386プロテクトモードでの動作を可能にしたもので、各種マルチメディアAPIに対応していた。メモリ使用上の制約はMS-DOSより大幅に改善されたが、セグメントを跨ぐアクセスに関しては問題も多く後述のように論議の的となる。FMRシリーズとはメモリー・マッピングやBIOS等が異なったが、FM TOWNS専用版MS-DOSで起動することによりFMRシリーズ用のアプリケーションフリーウェアの多くが動作した。

筐体のサイドパネルはスライド式のロックを解除すると容易に外すことができ、メモリ (SIMM) の増設などが簡単に行えた。また、筐体上部にはキャリングハンドルとメモリカード(電池でバックアップされたSRAMディスク)用のICメモリカード(PCカード)スロットを装備していた。

専用RGBモニタは主にトリニトロンを使用し、これらはソニーOEM品であった。これらのモニタは当初、複合同期や15/24/31kHzの3つの水平同期周波数に対応していたが、後期の機種ではコストダウンのため、PC本体側で15kHz信号を31kHzに変換出力可能として、PC/AT互換機用モニタの流用が図られるようになっている。

発表当時を含むその背景と概要

FM TOWNSが発売されると、モトローラ68000シリーズの搭載を期待していた旧来の8ビット時代のFMユーザや、先にシャープから発売されていた、同じくマルチメディア指向と目されるX68000のユーザを中心として賛否両論が沸き起こった。

現代から技術的に評価すれば、後にIA-32と呼ばれ長く主流の座にあったアーキテクチャの始祖である80386を存分に活用することを前提としているなど、それなりに思い切ったコンセプトではあったのだが、それまでの8086MS-DOSのネガティブイメージを持ち出すなど、その類の業界メディアによって賛否の両方が煽られていたというのが、その実態という所ではあろう。

また、本体同時発売のゲーム「アフターバーナー」において潜在的なポテンシャルの高さを誇示したものの、プログラムの完成度の低さが特に初期には目立った。

などが当時の主な指摘点である。

後年の『Oh!FM TOWNS』の記事によると、CD-ROMや80386が採用されたのはアスキー西和彦の影響があったということである。

その出航ではいろいろと物議を醸し、発売当初の専用ソフトウェアラインアップもあまり冴えない状況であったが、時間とともに優秀なソフトウェアやサードパーティーからの支援に恵まれるようになる。 また、ソフトウェアコンテスト旺文社と共同で実施し、そのために本体と開発環境など一式を学校法人向けに無償で提供したほか、フリーソフトウェアをユーザから集めてCD-ROMで実費配布する試みなどの営業施策が功を奏し、若年層やクリエイターを中心に根強いユーザを掴むに至った。

なお、逸話として、FM TOWNSには当時大人気だったイースシリーズのゲームソフトウェアが一作も発売されていない。当時、日本メーカーから発売されていたパソコン及び据え置き型コンシューマー機にはもれなく移植されていたタイトルであったが、なぜかFM TOWNSには、最後まで遂に移植・発売されることはなかった。

宣伝や展開は富士通の総力を結集するような大規模なもので、南野陽子宮沢りえ観月ありさら当時のトップアイドルを起用してのCMの連打、年2回全国での一斉イベント開催のイベントなどが行われた。特に東京地区においては、東京ドームを貸し切って「電脳遊園地」の題名で複数回イベントが行われた。国内では前例が少ないオリジナルCD-ROMマルチメディアタイトルを揃えるため、各ソフトメーカーには機材援助、買い取り本数保証などの支援が惜しまれなかった。

二代目以降

CD-ROMを取り出す際、その回転が止まらないまま出てくるなどの不具合は1989年(平成元年)11月の二代目モデルで改良され、初代モデルでもメーカーによるBIOS ROMの交換サービスによりCD-ROMの読み出し速度が改良された。その一方では1990年(平成2年)10月の三代目10F/20F/40H/80Hシリーズで落ち着くまで本体の拡張スロットの構成を毎回変更するなどの不安要素もあった。三代目ではVRAMのメモリウェイトもI/O操作で少なくすることができるようになった。TownsOSやF-BASIC386なども本体が発売されるたびに少しずつ改良された。

FM TOWNS II

モニタ一体型モデル

1991年(平成3年)11月、FM TOWNS IIと名称を変更。従来型筐体のCXではメモリウエイトの従来互換/高速モードのソフトによる切り替え機能が追加された。また、トリニトロンモニタ一体型のモデル、UX(386SX-16MHz)を発売した。UXではソフトからの電源制御は削除され、CD-ROMドライブはフロントローディングタイプに変更された。メモリはノーウェイトであるが、バス幅が16ビットの386SXを搭載するため、速度的には三代目までの機種やCXの互換モードとほぼ同じだった。

486搭載・横置き型化

1992年(平成4年)秋のHR (486SX-20MHz) / HG(386DX-20MHz)ではビデオデッキのような横置き筐体になり、内蔵CD-ROMドライブはフロントローディングタイプに変更され、3.5インチ対応のドライブベイはMOなども使えるよう前面に配置され、フロッピーディスクドライブはPC/AT互換機で一般的な1.44MBフォーマットにも対応した。メンテナンスの容易なプラスチック成型の筐体構造は踏襲され、487SXODPも専用カード形態で搭載可能とされた。UX同様のモニタ一体型のUG(386SX-20MHz)がHR/HGと同時発売、後を追うようにUR(486SX-20MHz)も1993年2月に発売された。486搭載機は動作速度が非常に速くなっており、高速モードでは古いソフトの場合マウスの読み取りミスがあるなどの不具合が出た。なお、富士通はその対策なども兼ね、読み取りの際に割り込みが入る機能を搭載したマウスへ移行した。

白TOWNS

FM TOWNS II HR (上) / MX (下)

1993年(平成5年)秋のMA (486SX-33MHz) / MX (486DX2-66MHz) / ME1994年春のFM TOWNS発売5周年記念モデルMF/FreshではPC/AT互換機のモニタの流用を意識してHRの本体色を灰色から白に変更し、24kHzのRGB出力を31kHzにコンバートするように仕様変更された。特に廉価版のME/MF/Freshシリーズでは15kHzのRGB出力も31kHzにコンバートされるほか、コストダウンのために筐体が金属製となった。この通称白TOWNSと呼ばれる世代ではオーディオ周りのアナログ回路設計が見直され、音質が向上した。内蔵CD-ROMドライブは倍速タイプに変更された。また内蔵RS-232Cポートにはモデムなどの周辺機器側の高速化を受け、38,400bps以上での取りこぼしを防ぐFIFOバッファメモリが追加された。チューナーカードのリモコン受信口は塞がれた。MX/MAではWSS相当の新PCMや1024×768のハイレゾ表示モードがつき、マイクロソフトから「MPC 2.0」の認定を受けている。

この頃からPC/AT互換機の流行を受け、富士通でもPC/AT互換機であるFMVの販売が開始されている。

1994年(平成6年)12月の486DX2機のHAPentium搭載のHB1995年(平成7年)2月のHCでもMA/MXの拡張仕様が受け継がれた。Freshシリーズ同様、15kHzから31kHzへのアップコンバートが標準機能となった。白いHシリーズでは筐体が金属製となり、もう一つのHDD専用ドライブベイと、ステレオスピーカーが用意された。

ノート/ラップトップ機

TOWNSが発売された当時の液晶ディスプレイでは、FM TOWNSのアーキテクチャ全てを満たすことは不可能で、TOWNSは全期間を通じて、ノート/ラップトップ形態の本体は1機種しかない。

これはMacintoshPowerBookが存在し、また新規ユーザをめぐっては少なからずPC-9800シリーズやその互換機であるEPSON PCシリーズとも対抗しなければならなかったFM TOWNSにとっては、マーケティング上の大きなハンデとなった。

1992年(平成4年)以降、富士通はWindows3.1の動作を前提とし、TOWNS用アプリケーションソフトとも一定の互換性を有し、ユーザターゲットをTOWNSとラップさせたカラーノートパソコンをラインアップした。これらは前述の理由からTOWNSのアーキテクチャ全てはサポートされず、そのため「FMR50シリーズ」を名乗った。

1995年(平成7年)、唯一のラップトップモデルとして「FM TOWNSII モデルSN」が発売された。パソコンの普及とそれに伴うシェア争奪戦激化により、ノートパソコン用カラー液晶ディスプレイモジュールの性能が向上し、また価格も大きく下がったためである。バッテリは搭載せずAC電源動作専用である。この機種は教育市場向けモデルのため一般にはほとんど出回っていない。なお、SNではUXと同様、ソフトからの電源制御機能は削除されている。

FMV-TOWNS(TOWNSシリーズの終焉)

1995年(平成7年)冬にはWindows 95発売の影響でPC/AT互換機であるFMVのPCIスロットに専用拡張ボードを搭載したハイブリッド機FMV-TOWNSという形態に変わった。動作モードを前面のスイッチで切りかえ、TOWNSモードは専用カードによるハードウェア支援を受けた上でのエミュレーション形態で動作する。

PC/AT互換機の汎用性を併せ持った反面、独自性が薄れることにもつながった。

また、ベースとなったFMVが当初ALi製Alladin IIチップセットを搭載しPentium 133MHz搭載でも486 100MHz搭載機にさえ劣る程度の性能しか出ない機種であったことから、WindowsマシンとしてもTOWNS互換機としても額面通りの性能が出ないことで大きな不評を買った。

富士通専門誌「Oh!FM TOWNS」も、1996年2月号をもって休刊。代わって「FMVファミリー」が創刊され、2000年に休刊するまで刊行されたが、文面でのFM TOWNSの扱いは、あったとしても僅かなコーナーに限られた。このためTOWNSユーザは情報源をニフティサーブのFTOWNSフォーラム・草の根BBSといったパソコン通信や、同じ1996年にFTOWNSを中心とした有志によって創刊された同人誌「Another TOWNS」(1996年〜2002年。全20号)に頼ることとなった。またユーザはPC/AT互換機以外に、一部はMacintoshにも流れていった。

当初Fresh相当だった拡張ボードの機能は、モデルを追うごとにMシリーズ相当に近づいていくなどしたが、1997年夏のFMV-TOWNS モデルH20を最後に、FMV-DESKPOWERに統合される形でTOWNSシリーズは終了した。

なお、専用拡張カードはPCIカード形態であるが、その動作にはPCIバス以外にも幾つか信号線が必要で、カードだけを外して普通のPC/AT互換機に搭載しても動作しない。ただし、チップセット構成がV-TOWNSと同様であるか、特定の機能を持ったチップセットを搭載したマザーボードであれば、マザーボード上に一部改造を施すことで動作可能である。

その他

日本IBMのOptions(純正オプション)としてPS/V VisionなどのPC/AT互換機で動作するISA用のFM TOWNSアプリケーションカードが1993年(平成5年)12月末に発売されている。このカードに加え、CD-ROMドライブを準備するとISAスロット搭載のPC/AT互換機でTOWNSソフトを動作させることができた。

販売・広告戦略

1980年代後半の16ビットパソコン市場では、富士通がFM-11FM-16βと2シリーズで重大な戦略ミスを繰り返したこともあり、NECのPC-9800シリーズがROM-BASICマシンからOSマシンへの移行をスムーズに実現すると共に各分野での対応アプリケーションソフトの拡充に成功したことで、ほぼ全ての用途において寡占を実現していた。

このため、富士通は市場シェアの確保を目指し、16ビット以上のCPUを搭載する高性能個人向けパソコンの展開を模索していた。

8ビットパソコンではFM77AVシリーズのマルチメディア機能と低価格が一定の支持を得ており、性能面ではNECのPC-8800シリーズと充分対抗しうる存在であった。

FM TOWNSはこの流れを汲み、折りしもシャープから発売され、ホビーパソコン市場でNECによる対抗機種(PC-88VA)に事実上圧勝していたX68000から刺激を受け、CD-ROMを始めとした強化されたマルチメディア機能と32ビットCPUの処理能力という新機軸を武器に、個人向け市場においてPC-9800シリーズでは開拓できない分野の需要を掘り起こし、結果的に個人向け用途においてPC-9800シリーズのシェアと拮抗する存在となるべく企画されたと伝えられる。

プロジェクトが発足すると共に、富士通社内で専用部署が設置され、特別に社内公募にてその構成メンバーが集められた。これは当時の富士通がFM TOWNSに並々ならぬ期待と熱意をかけていたことの証左である。

発売にあたっては広告戦略やイメージ戦略を重視し、意図的に先行情報を流したと伝えられている。 そして、NHKが『富士通が戦略的32ビットパソコンを開発中』とニュースで報じたり、週刊文春で『NECへ挑戦する富士通』との主旨の記事が掲載されたりした結果、人々の注目を集めた。

発売後はパーソナルコンピュータの拡販イベントとしては前例を見ない大規模な、東京ドームを借り切ったイベント「電脳遊園地」が開催され話題となる。開催は1989年12月9日〜11日、総経費は約10億円、総入場者数は当初目標の10万人を上回ったとされる。

イメージキャラクタは、南野陽子宮沢りえ観月ありさなど人気女性アイドルが代々起用された。これによりポスターノベルティ類も好評で、商品名の浸透と拡販に貢献した。後期にはタッチおじさんとなった。コマーシャルの楽曲として、ストラヴィンスキーの『春の祭典』やデビュー間もないB'zの『BAD COMMUNICATION』が使用されたことも当時としては斬新で注目を集めた。

ちなみにFM77AVの購買層の移行と取り込みも眼中に置かれ、FM TOWNSの発売とともにFM77AVはFM77AV40SXを最後に販売が打ち切られた。FM77AVのシステム価格帯は20万円台だったが、当時、まだ高価なパソコンにしか採用されていなかった80386を搭載したFM TOWNSでは、発表時の最廉価モデルのシステム価格は40万円を越えた。その価格差からFM TOWNSの販売に併せて旧来のFM77AV購買層を取り込もうとする目論見は失敗に終わった。

PC-9800シリーズとの関係

FM TOWNSは当初、NEC PC-9800シリーズとは商品コンセプトが異なり、マーケティングでメインターゲットとするユーザ層も異なっていたため、直接市場で競合することは少なかった。

だが富士通はFM-16β、FMRシリーズとPC-9800シリーズに対して事実上の敗退を繰り返してきた日本国内のビジネス用途向けパソコン市場における自社製品の浸透・占有率の向上を図るべく、ビジネスパソコンとして性能と競合製品に対する価格競争力の点で充分な力を持つこのFM TOWNSを一種の戦略商品として取り扱い、既存のFMRシリーズ用ソフトウェアハードウェアとの互換性を確保、更にはジャストシステムの「一太郎」など人気実用ソフトウェア移植も積極的に推進する戦略を取った。

またシリーズ開始当時の段階ではマルチメディア対応が皆無であったPC-9800シリーズに対するニッチ市場適合策として、マルチメディアや教育関連用途向けにFM TOWNSの機能を活かした展開も同時になされ、一定の成功を収めていた。

ところが、その後、1990年代に入ると、マイクロソフトによるMPC認定などのマルチメディア環境の一般化が始まり、NECはPC-9800シリーズをそれに適合させるための開発を本格化させることになる。

その第1陣となったのは、1991年(平成3年)に発売された「PC-98GS」である。この機種では、PC-9800シリーズの基本機能に加えて球面スクロールなど高度なグラフィックス機能やDSPによる4チャネル出力に対応するサウンド機能が標準で搭載され、ビデオデジタイザにオプションで対応、ハードディスクドライブや(上位機種に)CD-ROMドライブを内蔵、更にMPCへの対応を視野に入れてPC-9800シリーズでは初となる、VGA相当のグラフィック解像度(640ドット×480ライン)がサポートされるなど、FM TOWNSに近いかあるいはそれを凌駕する機能がサポートされた。ただし、これはオーサリング用として開発・発売された一種の実験機で、CD-ROMドライブ非搭載のmodel 1でさえ本体の定価が730,000円と極端に高価で一般向けのものではなく、FM TOWNSと市場で直接競合する商品ではなかった。

もっとも、1993年(平成5年)よりNECは自社の主力商品であったPC-9800シリーズの上位・後継機種として、このPC-98GSでの試行錯誤の結果をフィードバックし、より普遍的な形に機能を再編した上で開発されたPC-9821シリーズを大々的に展開するようになる。

標準搭載されるグラフィックスやサウンド機能については、DSPを搭載するなど贅沢な設計であったPC-98GSが高価になりすぎた反省もあって大幅に簡略化され、FM TOWNS単体と比べれば幾分見劣りした。だが、従来のPC-9801シリーズに対してハードウェア・ソフトウェア双方について上位互換性を備え、膨大な既存資産をほぼそのまま持ち越せたこと、それにNECがWindowsを快適に動作させるための高速グラフィックアクセラレータへの対応を積極的に推進したことなどから、このPC-9821シリーズはユーザ層の強い支持を集めた。また、NECが長い時間をかけて良好な関係を築き上げてきたサードパーティー各社の支持を背景として、多彩な周辺機器や拡張機能が提供され、加えて日本国内シェア1位だった寡占状態から生まれる利点から、PentiumPentium Pro、そしてPentium IIインテルによる発表から間髪入れずに次々に搭載された最新CPUによる基本性能の向上もあって、FM TOWNSが得意としたマルチメディア領域は次第に、そして急速に脅かされていくことになった。

X68000シリーズとの関係

FM TOWNS登場当初、先行していたシャープパソコンX68000陣営は少なからず脅威を感じていたが、実機が登場した段階では、まだ周辺環境が未整備であったことから、それは杞憂に終わった。

さらにFM TOWNSの周辺環境が整備されて行くにつれ、その方向性の相違が明らかとなっていったため、直接のライバルというよりもそれぞれ独自の道を歩んでいくことになる。

同じホビーパソコンでありながらも、最終的にFM TOWNSは一般的なユーザを獲得し、X68000は先鋭的なユーザを獲得するに至った。

FM TOWNSにおいてはコンピュータ専業メーカーである富士通の威信をかけた部分もあり、数多くの派生機種が発表され、広告戦略も比較的大規模なものであった。加えて商品寿命もPC/AT互換機の台頭のスピードから考えるとかなり長寿であったと見なせる。また、光ディスクをメインのメディアとして用い、高精細多色表示でAVと高い融合性を持つという、2010年代もなおPCの基本形となっているスタイルを先駆したという歴史的役割も大きい。ちなみに、ほとんど活用されずに終わったが(存在すら知らないユーザすら多かった)ICメモリーカードスロットも初代機より搭載されている。

対してX68000は家電メーカーのテレビ事業部門が単独で展開していたこともあり、基礎体力の違いから思うように派生機種の展開ができず、広告戦略もごく小規模なものに留まり、最終的にはシャープ本体から疎外され、終焉を迎えた。

そんな中、X68000はFM TOWNSに先行して様々なホビー利用形態を提案し、実質上はその質においてFM TOWNSよりも先行しており、非常に健闘し、結果的にFM TOWNSの新用途を開拓し、牽引した側面もあった。

また、当時ようやく一般の事務所や制御用途に「使える」ようになったことから、パソコンの用途がホビーから実務へと大きくシフトし始めた時代において、旧来の慣習的なホビー市場は縮小の方向に向かっていた。

シャープ側では、当初計画されていた32ビットパソコンにおいても開発から発売までに、その資金面・仕様においてかなり迷走したと伝えられている。

結果、登場したのは「より高速のX68000」であるX68030に留まり、それはX68000シリーズのその後の運命を決定づけた。

一方、FM TOWNSは一般ユーザを主なターゲットに捉えたことから、自ずとより安価でかつ高性能な家庭用ゲーム機や、PC/AT互換機にその座を譲ることになる。この流れはWindowsの普及の始まりによって確定的となり、マーティーを投入しても抗らうことはできなかった。

富士通とシャープ、メーカーレベルで見れば対等に見えたこの2機種の関係も、実質上の事業規模で見るならば、まさに巨人と小人の関係であった。

当時、パソコンにおいて雑誌メディアが主体だった頃、よくこの二機種の比較が取り上げられることが多かったが、その多くは単にパソコンの単体スペックのみを争う内容であり、2000年代時点でのパソコンが(Macintoshを除けば)1つのアーキテクチャで統一された時代から見れば特異なものであった。

しかしながら、その背景にあったライバル意識は、結果的に優れたフリーウェアの充実という形で結実した側面もあり、これもまたその時代ならではの特異なものであった。

仕様

CPU

初代モデルから32ビットアーキテクチャのインテル製80386が搭載されていた。純正のオプションとして、FPU80387も提供されていた。初代機はFPUをサブボードにさしこむ形態のためCPUがソケットになっているが他はPentium機とHA以外はマザーボード上にFPUソケットやODPスロットがあるため、CPUにソケットを使用していない。ただし2代目(1F/H,2F/H)は例外的にソケット仕様である。なお386/486機は、インテル以外の相当品の場合もある。

CPUの交換については、

Pentium機が登場後には、HR用のi486DX2-40MHz ODPの価格が暴落しHRをi486SX-20MHzで我慢して使っていたユーザを喜ばせた、日替わり目玉商品として定価の1/10程度で投げ売りされていたこともある。 CPUベンチマークテストでは,i486DX2-40MHzといった程度であったため、サードパーティー製のAMD Am5x86を搭載した製品の方が高速であった。ただし、値段は格安で、純正品というステータスがあった。 FPUを搭載し、動作クロックも2倍になっているため、例えばTOWNS Linuxにおけるカーネル再構築や、浮動小数点演算を多用するレイ・トレーシングといった長時間の作業において劇的な速度アップがあった。

グラフィック

画面モード

(BIOSでサポートしている主なモード)

(※1) スクロール付きの独立した2画面を合成表示して使用可能。1画面をスプライト画面にすることも可能 (※2) 16色モードと32768色モードを1画面ずつ使うことも可能 (※3) 後期に発売されたMシリーズ・Hシリーズの高解像度・フルカラー対応モデルのみ

CRTCでは、2画面別々に、整数倍単位でのドットの拡大と、アスペクト比の切りかえの設定ができる。このためCRTCを直接操作すると、BIOSで設定できる、上記以外の画面モードを、ある程度自由に作ることができた。縦解像度を400/200ラインにすることもできた(640×400、640×200についてはBIOSでもサポートされている)。走査線(ラスタ)検出機能はあるが、これを割り込み要因とすることはできない、などの理由により、ハード的なラスタースクロールはできないとされていた。

VRAMはデュアルポートRAMとなっていて、メモリ空間とI/O空間それぞれに割り付けられ、同時にアクセスすることができる。容量は512KB(後期のフルカラー対応機では1MB)。

また、16色モード時は標準のパックドピクセル方式ではなく、FMR-50互換のRGBプレーンごとにVRAMにアクセスするモードがサポートされていた。もっともFMR-50にあるテキストVRAMは実装されておらず、MS-DOSなどではBIOSでテキストVRAMをエミュレーションし、グラフィック面にテキストを描画表示した。

スプライト

俗に「フレームバッファ方式」と呼ばれる、セガアーケードゲームの大型筐体でも使われていたのと同様の方法で実装されていた。このため、MSXやX68000、ファミコンなどの「ラインバッファ方式」と違い、その構造上、横方向への表示枚数制限がない。デビュー当時は、この方法について色々な議論があり、「擬似スプライト」と呼ばれることもあったものの、PC-8800シリーズやPC-9800シリーズ向けソフトで用いられる、プログラムによる擬似スプライトとは技術的に異なり、ポリゴンによる3D描画が主流となる以前はアーケードゲーム基板でもよく用いられた方法であった。なお、この方式はその後家庭用ゲーム機でもポリゴン処理の応用によって、類似した形で実装され、主流になっている。

オーディオ

YM2612
出典:wikipedia
2020/02/17 07:15

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