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GLAYとは?

【基本情報】

【出身地】
日本 北海道函館市
【ジャンル】
ロック
ビートロック
ポップ・ロック
プログレッシブ・ロック
オルタナティヴ・ロック
ハードロック
スタジアム・ロック
J-POP
【活動期間】
1988年 -
【レーベル】
エクスタシーレコード(1993年 - 1994年)
プラチナム・レコード(1994年 - 1998年)
アンリミテッド・レコード(1998年 - 2005年)
キャピトル・レコード(2006年 - 2009年)
loversoul music & associates(2010年 - 2016年)
LSG(2016年 -)
■販売レコード会社
ポリドール・レコード
(1994年 - 1999年)
ポニーキャニオン
(1999年 - 2003年、2012年‐)
東芝EMI/EMIミュージック・ジャパン
(2003年 - 2010年)
フォーライフミュージックエンタテイメント
(2010年 - 2012年)
【事務所】
LSG
【共同作業者】
亀田誠治
【公式サイト】
GLAY公式サイト
【】

【メンバー】
TAKURO(ギター)
TERU(ボーカル)
HISASHI(ギター)
JIRO(ベース)
【】

【旧メンバー】
ISO(ドラムス)
SHINGO(ドラムス・ベース)
AKIRA(ドラムス)
NOBUMASA(ドラムス)

GLAY(グレイ)は、日本ヴィジュアル系ロックバンド1994年メジャーデビュー以降、CD売り上げ、ライブ動員数などの日本記録を更新。所属事務所、レコードレーベルは「LSG」。公式ファンクラブは「HAPPY SWING」。

目次

  • 1 概要
    • 1.1 バンド名の由来
  • 2 メンバー
    • 2.1 サポートメンバー
    • 2.2 旧メンバー
  • 3 音楽性
    • 3.1 影響
  • 4 著作権などの権利について
  • 5 来歴
    • 5.1 1988年 - 1994年(メジャー・デビュー前)
    • 5.2 1994年(メジャー・デビュー後) - 1999年
    • 5.3 2000年 - 2005年
    • 5.4 2006年 - 2009年
    • 5.5 2010年 - 2015年
    • 5.6 2016年 -
  • 6 受賞歴
    • 6.1 その他
  • 7 作品
    • 7.1 シングル
    • 7.2 スタジオ・アルバム
  • 8 NEVER MIND
  • 9 ライブ・ライブツアー
    • 9.1 1994年(メジャー・デビュー後) - 2005年
    • 9.2 2005年 - 2015年
    • 9.3 2016年 -
  • 10 出演
    • 10.1 ラジオ
    • 10.2 テレビ
    • 10.3 NHK紅白歌合戦出場歴
    • 10.4 CM
    • 10.5 インターネット放送・SNS
  • 11 タイアップ曲一覧
  • 12 脚注
  • 13 関連項目
  • 14 外部リンク

概要

1988年に北海道函館市TAKUROTERUを中心にバンドを結成し、後に現在のメンバーであるHISASHIJIROが加入した。1994年にインディーズエクスタシーレコードからアルバム『灰とダイヤモンド』、プラチナム・レコードからシングル「RAIN」の同時発売でデビューした。1996年発売の2ndアルバム『BEAT out!』が初のオリコンチャート1位になると、同年発売の3rdアルバム『BELOVED』でミリオンセラーを達成した。中でも、1997年に発売した初のベスト・アルバムREVIEW-BEST OF GLAY』はオリコン年間チャート1位を獲得。累計売上枚数は480万枚を超え、当時のアルバム売上日本記録を更新するなど、爆発的な人気を得た。これまでにアルバム5作品がミリオンセラーとなっている(内4作品はダブルミリオン)。シングルでは1997年発売の11thシングル「口唇」が初のオリコンチャート1位となり、同年発売の12thシングル「HOWEVER」でミリオンセラーを達成したほか、1998年発売の13thシングル「誘惑」がオリコン年間チャート1位になるなど、これまでにシングル6作品がミリオンセラーとなっている。また、「HOWEVER」は『全日本有線放送大賞』と『日本有線大賞』、「Winter,again」は『日本有線大賞』と『日本レコード大賞』でそれぞれ大賞を受賞している。2018年現在、オリコンの集計によるCD総売上枚数は3800万枚を突破し(日本歴代8位)、1996年リリースの「グロリアス」以来、2017年まで22年連続オリコン週間シングルチャートトップ10入りを果たしている(日本歴代2位タイ)。また、シングル・アルバム共に1990年代・2000年代・2010年代と、3つの年代でオリコン1位獲得など根強い人気を誇る。

バンド結成時から行っているライブ活動はメジャー・デビュー後もライブハウススタジアムなど様々な会場で開催しており、1999年に幕張メッセ駐車場特設ステージで開催した『GLAY EXPO '99 SURVIVAL』は単独アーティストよる有料ライブ(1公演当たり)の世界記録となる20万人を動員し、社会現象となった。1999年の千葉・幕張でのライブ以降も「GLAY EXPO」と題し、2001年には東京、2日間で10万人、北海道で10万人、福岡では8万人。2004年には大阪で10万人。2014年にも宮城で5万5000人を動員した(その動員数は北海道、東北、関西、九州の最多動員記録となっている)。また、日本国外でもライブを開催している。

2010年からは自主レーベルを設立して活動しており、公式ストア「G-DIRECT」を開設しているほか、2018年には公式のサブスクリプション型アプリ「GLAYアプリ」を公開した。

バンド名の由来

バンド名「GLAY」は、BOØWYの歌詞に由来しているなど諸説ある中、白(ポップス)でも黒(ロック)でもない音楽ということでリーダーのTAKUROが名づけた造語であると言われている。また、HISASHIによると高校時代にTAKUROと雑誌「宝島」などからサブカルチャーバンドについての情報交換をしており、「KENZI&THE TRIPS」などのメンバーであったJun Grayがバンド名由来の1つになっていると述べている。

メンバー

GLAY公式サイト「BIOGRAPHY」参照

名前 生年月日 パート GLAY以外の活動
TAKURO | 1971年5月26日 | ギター | N.M.L.、STEALTH
TERU | 1971年6月8日 | ボーカル | N.M.L.ホワイトバンドプロジェクト、エイズ予防キャンペーン、rally
HISASHI | 1972年2月2日 | ギター | rallyACE OF SPADES
JIRO | 1972年10月17日 | ベース | THE PREDATORS

サポートメンバー

名前 パート サポート期間
Toshi Nagai | ドラムス | 1995年 –
D.I.E. | キーボード | 1995年 – 1998年
SHIGE | 1999年 – 2003年
斎藤有太 | 2005年
永井誠一郎 | キーボード、サックスアコーディオン、コーラス | 2006年 – 2015年

旧メンバー

名前 パート 在籍期間
ISO | ドラムス | 1992年
SHINGO | ドラムス、ベース | 1990年 - 1992年
AKIRA | ドラムス | 1992年 - 1994年
NOBUMASA | ドラムス | 1994年 - 1995年

音楽性

GLAYのデビュー時は、いわゆる「ヴィジュアル系」と呼ばれるバンドのイメージであった。音楽プロデューサー佐久間正英によると、GLAYを最初に聴いた時は、自身がプロデュースしていたUP-BEATBOØWYを混ぜた感じであり、特にBOØWYの影響を受けた世代のバンドであると述べている。これまでに多くの曲をリーダーのTAKUROが書いているが、TERUはTAKUROが作詞作曲に関していろんなジャンルにルーツがあることが他のバンドとの違いを生んでいると述べており、GLAYは「ヴィジュアル系」枠を越えた人気を獲得するようになった。HISASHIによると、GLAYに対して自分とJIROがある種の負荷を加えることで反発力が出てくるので、実験的な試みをやってきているとしている。

GLAYはメンバー全員がソングライターである。TAKUROによると、10thアルバム『GLAY』を制作した後から次は違う表現に挑戦したいと思うようになり、43thシングル「G4・II -THE RED MOON-」以降の「G4シリーズ」では、各メンバーが作曲した曲を収録しているほか、HISASHIが46thシングル「JUSTICE [from] GUILTY」、JIROが47thシングル「運命論」、TERUが配信限定シングル「Thank you for your love」や50thシングル「BLEEZE」などのタイトル曲を作曲するようになった。メンバーの曲についてJIROは、ポップであるのは共通しているがベクトルが違うとしている。TAKUROはGLAYが持つロックな面はJIROが担っているとしており、JIROもGLAYの中でストレートなロックンロールをやるのは自分しかいないと述べている。また、TAKUROはHISASHIが持つサブカルチャー的な要素やニッチな部分が脚光を浴びるようになっていると述べているほか、どんな歌詞でも真っ直ぐに歌い上げるTERUを賞賛している。

影響

HISASHIは、初めて買ったレコードザ・ファンクスの入場テーマであるクリエイションの「スピニング・トーホールド」だったと述べている。好きなアルバムにはジャパニーズ・ハードコアのオムニバス『GREAT PUNK HITS』や、『THE PUNX』をあげている。また、好きなアーティストはTHE WILLARDLAUGHIN' NOSE有頂天などのインディーズ御三家やANTHEMなどのジャパニーズ・メタルAUTO-MODだという。

著作権などの権利について

GLAYは2004年から楽曲の原盤権や映像原版、ファンクラブ運営の権利など、GLAYに関わる権利をTAKUROの個人会社が買い取る交渉をしており、2007年までにはすべての作品の権利を得ることができたとしている。

かつてのGLAYの所属事務所であった「アンリミテッドグループ」は「バーニングパブリッシャーズ」と共同出版契約を結んでおり、バーニング社が著作権使用料支払いの代表出版社となっていた。著作権の使用料は日本音楽著作権協会(JASRAC)から代表出版社に支払われた後に共同出版社に分配する仕組みとなっているが、バーニング社からアンリミテッド社への著作権使用料の支払いが滞ったため、2001年にアンリミテッド社は契約に基づきバーニング社が代表出版社ではないことを確認する訴訟を起こし、アンリミテッド社の主張が認められた。

ところが、今度は「アンリミテッドグループ」が2005年5月ごろから著作権印税の支払いを怠るようになっていたため、GLAY側はアンリミテッド社に未払いとなっている印税の支払いなどを求めた訴訟を起こした。裁判所は1998年6月の専属契約によって楽曲の著作権はアンリミテッド社に属していたが、支払いが遅延すれば著作権はGLAY側に移る契約になっていたと判断し、2005年11月以降の楽曲の著作権はGLAYに属しているとしてアンリミテッド社が得ていた著作権印税など6億7,000万円をGLAY側に支払う判決を下した。

他方で2017年にGLAYはGLAY名義の楽曲を結婚式で使用する場合に限り、「著作隣接権」を徴収しないことを発表した(ただし、演奏権や複製権の使用料は各団体(日本音楽著作権協会またはNexTone)の管理となるため、使用方法によって支払いが必要となる)。

来歴

GLAY公式サイト「BIOGRAPHY」参照

1988年 - 1994年(メジャー・デビュー前)

北海道函館市において1988年7月2日、当時高校生のTAKUROTERUを中心にバンド「GLAY」を結成、オリジナル曲を披露するなどのライブ活動を始めた。TERUは当初ドラマーとして加入していたが、TERUの歌声が入ったデモテープを聴いたTAKUROに「氷室京介以来の衝撃を受けた」と言わしめ、ボーカルに転向した。後にHISASHIが加入。1990年の高校卒業を機に3人は活動拠点を函館から東京に移した。チャンスを掴むため、いろんなオーディションに出場しており、その中にはTBS系で放送していた『三宅裕司のいかすバンド天国』(イカ天)もあった。

その後、GLAYに函館の後輩バンドのメンバーであったJIROが加入し、1993年にYOSHIKIがライブに訪れるとインディーズレコードレーベルエクスタシーレコード」との契約が決まり、アルバム制作がスタートした。1994年、初のワンマンライブを目黒鹿鳴館で行った後、ロサンゼルスに渡りYOSHIKIプロデュースによる「RAIN」をレコーディングした。

1994年(メジャー・デビュー後) - 1999年

1994年5月25日エクスタシーレコードからインディーズ・アルバム『灰とダイヤモンド』、プラチナム・レコードから最初にメジャー・デビューしたアーティストとして1stシングル「RAIN」を同時発売。翌月には土屋昌巳プロデュースによる2ndシングル「真夏の扉」を発売。また、初のツアー『灰とダイヤモンドTOUR』を全国13ヶ所のライブハウスで行った。3rdシングル「彼女の“Modern…”」からは佐久間正英プロデューサーとなり、以後長きに渡り音楽制作などをともにする。東名阪の3ヶ所で行った『THE SPEED POP LIVE '94』からドラムスのNOBUMASAが正式メンバーとして加入した。1995年、4thシングル「Freeze My Love」発売後、1stアルバム『SPEED POP』を発売し、オリコンチャートトップ10入りした。ところが、NOBUMASAはアルバム発売後に行ったライブ『SPEED POP STANDING GIG』を以って脱退することになった。なお、このライブからキーボーディストD.I.E.がサポートメンバーとして参加した(1998年9月まで)。名古屋のCLUB DIAMOND HALLで行われた中京テレビKiss Miss Chick』の公開録音ライブでドラマー永井利光が初めてGLAYのライブに参加しており、その後のツアー『SPEED POP GIG '95』からサポートメンバーとして参加している。6thシングル「Yes, Summerdays」は三貴「カメリアダイヤモンド」「ブティックJoy」のCMソングに起用され、スマッシュヒットとなった。1996年発売の8thシングル「グロリアス」はヴィクトリアのCMソングに起用され、オリコントップ10入りすると、続く2ndアルバム『BEAT out!』では初のオリコン1位を獲得した。収録曲「週末のBaby talk」ではコーラスYUKIが参加している。また、全国のホールクラスの会場を使用したツアー『BEAT out! '96』開催したほか、公式ファンクラブ「HAPPY SWING」結成を記念したライブを行った。9thシングル「BELOVED」発売後にツアー『BEAT out! reprise』を開催し、最終公演は初の日本武道館であった。3rdアルバム『BELOVED』は152万枚を売り上げ、初のミリオンセラーとなった。年を跨いだツアー『GLAY TOUR '96-'97 BELOVED YOU』は追加公演『BELOVED YOU ENCORE』を合わせて33公演開催した。1997年発売の11thシングル「口唇」は99万枚を売り上げ、シングル初となるオリコン1位を獲得した。GLAY初のアリーナツアー『GLAY ARENA TOUR '97 〜HIT THE WORLD〜』開催し、東名阪での『〜HIT THE WORLD September〜』を合わせて24公演開催した。また、ツアー中に発売した12thシングル「HOWEVER」はシングル初のミリオンセラーとなった。「HOWEVER」がオリコン5週間1位とロングヒットを続ける中で発売したベスト・アルバムREVIEW-BEST OF GLAY』は初動売上枚数が当時の歴代最高となる200万枚を突破し、翌年には450万枚以上の売上を記録して歴代アルバムセールスを更新した(現在は日本国内の歴代アルバムセールス3位となっている)。さらに、「HOWEVER」が『全日本有線放送大賞』と『日本有線大賞』で大賞を受賞したほか、3rdアルバム『BELOVED』が『日本レコード大賞』アルバム大賞を受賞した。大晦日には『NHK紅白歌合戦』に初出場した。

1998年、ホールツアー『GLAY TOUR '98 pure soul』の電話によるチケット予約開始日に電話回線がパンクし、全国各地で電話がかかりにくい状況となった。『日本ゴールドディスク大賞』では『REVIEW-BEST OF GLAY』のセールスなどにより、アーティスト・オブ・ザ・イヤーをはじめとする各賞を受賞した。TDKの「ミニディスクXAシリーズ」CMソングであり、GLAY初のCM出演にもなった13thシングル「誘惑」とカネボウ「ブロンズラヴ '98夏」キャンペーンソングとなった14thシングル「SOUL LOVE」を同時発売し、オリコン2週連続1位(誘惑)・2位(SOUL LOVE)を独占した。「誘惑」は162万枚を売り上げ、1998年度のオリコン年間1位、「SOUL LOVE」は売り上げ137万枚で年間5位を記録。4thアルバム『pure soul』はオリジナルアルバムとしては自身最高の売上242万枚のダブルミリオンを記録。収録曲「FRIEDCHICKEN & BEER」のギターSUGIZOが参加しているほか、「I'm in Love」ではメンバーの友人などが多数参加している。アルバム発売後はスタジアムツアー『pure soul in STADIUM "SUMMER of '98"』を開催した。同年には15thシングル「BE WITH YOU」は117万枚を売り上げ、ミリオンセラーを記録。年末には4thアルバム『pure soul』が『日本レコード大賞』ベストアルバム賞を受賞し、大晦日には『NHK紅白歌合戦』に出場した。1999年、東日本旅客鉄道(JR東日本)「JR SKISKI」キャンペーンソングに起用された16thシングル「Winter,again」はシングル自身最高売上となる164万枚を記録、5作連続ミリオンセラーを達成。初のドームツアー『GLAY DOME TOUR pure soul 1999』を開催し、沖縄と北海道でもツアーを開催した。それまでのGLAYの活動を2枚のCD-ROMに収めた『COMPLETE WORK』をPlayStation版とPC版(Windows/Macintosh版・DVD-Video/DVD-ROM版)で発売した。また、hideトリビュート・アルバムhide TRIBUTE SPIRITS』に「MISERY」で参加した。ビデオシングルという形態で発売した『サバイバル』はアニメーション・バージョンとライブ・バージョンの映像を収録。89万枚を売り上げ、オリコンにおける日本でのミュージック・ビデオ作品の売上歴代1位を記録した。日本航空が函館—羽田線就航10周年を記念し、GLAYを機体にあしらった特別塗装機「GLAY JUMBO」を期間限定で就航した。幕張メッセ駐車場特設ステージで開催した『GLAY EXPO '99 SURVIVAL』は日本国内の音楽史上最大となる1公演で20万人を動員するライブとなった。また、幕張メッセ展示ホールを使用した「EXPO館」にはメンバーのプロデュースしたブースをはじめ、各ラジオ局やテレビ局、出版社も参加した。これらの活躍を受けて、函館市はGLAYに対して「函館市栄誉賞」を授与した。17thシングル「ここではない、どこかへ」発売後、5thアルバム『HEAVY GAUGE』は売上235万枚のダブルミリオン。年末にはLUNA SEAとの対バン『The Millennium Eve A Chirstmas present for the people who love live a lot』を東京ドームで開催した。「Winter,again」が『全日本有線放送大賞』と『日本有線大賞』の大賞受賞に加えて、大晦日には『日本レコード大賞』を受賞した。なお、レコード大賞の受賞について当初はメンバー全員が納得しておらず、レコード大賞受賞とその年の『NHK紅白歌合戦』出場後にGLAYを解散させようとしていた(その後、解散の話はなくなった)。『NHK紅白歌合戦』出場後、幕張メッセでカウントダウンライブ『GLAY LIVE IN MESSE "COME TOGETHER"』を開催した。

2000年 - 2005年

2000年、元日に18thシングル「HAPPINESS -WINTER MIX-」を発売。また、全国8ヶ所の会場でドキュメント・ムービー『GLAY pure soul MOVIE 〜ここではない、どこかへ〜』を上映した。アリーナツアー『GLAY ARENA TOUR 2000 "HEAVY GAUGE"』は前半戦と後半戦を合わせて77公演開催したが、JIROは当初このツアーが精神的に辛く、バンドを辞めたいと思った事があると述べている。ツアーの間に発売した19thシングル「MERMAID」はノンタイアップながらも発売週が同じであったL'Arc〜en〜Cielサザンオールスターズを抑えてオリコン1位を獲得した。さらに『ウンナンのホントコ!未来日記VII」』テーマソングと『映画版 未来日記』主題歌を収録した20thシングル「とまどい/SPECIAL THANKS」は100万枚を売り上げ、シングルミリオンセラー数は6作となり、歴代3位の記録となった(現在は歴代4位)。。また、シングルに封入していたはがきで収録曲のリクエストを募集したベスト・アルバムDRIVE-GLAY complete BEST』は263万枚を売り上げ、アルバム4作連続ダブルミリオンを達成した。

2001年、4月から初のテレビレギュラー番組『GLAY GLOBAL COMMUNICATION』が放送開始(同年6月まで)。22ndシングル「GLOBAL COMMUNICATION」はオリコン1位を獲得し、シングル10作連続1位を達成。また、携帯電話「GLAYPHONE(au by KDDI)」発売に伴うキャンペーンCMにメンバーが出演した。23rdシングル「STAY TUNED」発売後、『GLAY EXPO 2001 "GLOBAL COMMUNICATION』を東京・北海道・九州で開催、東京スタジアムはコンサート初開催となり、北海道では会場に隣接して「EXPO館」を設けたほか、九州はオールナイトライブとなり、メイデイ(五月天)や紫雨林などアジアのバンドと共演した。ライフカード「GLAY LIFE MasterCard」発売に伴うキャンペーンCMにもメンバーが出演した。24ndシングル「ひとひらの自由」を発売。同年10月からはラジオレギュラー番組『GLAY RADIO COMMUNICATION』が放送開始した(2003年9月放送終了)。6thアルバム『ONE LOVE』発売後、5大ドームツアー『GLAY DOME TOUR 2001-2002 "ONE LOVE"』を開催し、大晦日の札幌ドームはカウントダウンライブとなった。また、九州旅客鉄道(JR九州)がGLAYをラッピング広告にした特急「つばめ」を期間限定で運行した。

2002年、ドームツアー終了後に東北地方のホール会場で『GLAY TOUR 2002 Special Extra Package "ONE LOVE"』を開催した。フジテレビ系恋愛観察バラエティ『あいのり』主題歌となった25thシングル「Way of Difference」は73万枚を売り上げるヒットとなり、2002年度のオリコン年間5位を記録。大阪のハードロックカフェでは邦楽アーティスト初となるキャンペーンを展開し、メンバー愛用の楽器を展示したほか、オリジナルのソフトドリンクを提供した。また、GLAYの楽曲をヴァイオリニストヴァネッサ・メイ(Vanessa-Mae)がアレンジしたヒーリング・ミュージックのアルバム『Flow of Soul vol.1 〜TAKURO meets Vanessa-Mae〜』が発売された。日中国交正常化30周年を記念したコンサートを北京で開催することが決定し、北京市で記者会見を行ったほか、サポート企業である日本航空の中国キャンペーンCMにメンバーが出演した。キャンペーンのイメージソング「またここであいましょう」は26thシングルとして発売したほか、その翌週には27thシングル「逢いたい気持ち」を発売。中国では北京コンサートのチケット応募券を封入したアルバム『絶対震撼』を発売し、購入者は無料でライブに参加することができた。公式ファンクラブ会員や公式ウェブサイト会員、GLAYPHONEユーザーを対象とした限定ライブ『GLORIOUS NIGHT CRUISE』12公演を開催後、中国公演開催に向けてメンバーが再び北京を訪れ、江沢民国家主席(当時)を表敬訪問した。日本国内では『ONE LOVE』と同時期に制作が進んでいた7thアルバム『UNITY ROOTS & FAMILY,AWAY』を発売。北京工人体育場で開催した『日中国交正常化三十周年特別記念コンサート GLAY ONE LOVE in 北京』では中国語で「歌声与微笑」を披露した。

2003年、シングルのカップリング曲やライブ音源などを収録したコンピレーション・アルバムrare collectives vol.1』『rare collectives vol.2』を同時発売し、『vol.2』にはガレッジセールコラボレーションしたGALAYによる「道産子シーサー」を収録しているほか、「いつか」はDVDシングルとして発売している。アリーナツアーとなった『GLAY HIGHCOMMUNICATIONS TOUR 2003』を32公演開催し、ビデオシューティングのためのライブを横浜アリーナで行った。函館にはアートギャラリー「Art Style of GLAY」がオープンした(2007年1月閉館)。また、氣志團による野外ライブ『氣志團万博 2003 〜木更津グローバル・コミュニケーション!!〜』にオープニングアクトとして出演したほか、ライブDVDの試写会となった『MAKING OF HIGHCOMMUNICATION 2003』を全国8ヶ所の会場で開催し、東京会場にはメンバーが出席した。

デビュー10周年を控えて28thシングル「BEAUTIFUL DREAMER/STREET LIFE」を発売し、翌年には29thシングル「時の雫」を発売(2003年から2004年に発売したシングルの5作品全てがオリコン1位を記録する)。ホールツアー『GLAY CONCERT TOUR 2004 X-RATED』は発売前の8thアルバム『THE FRUSTRATED』収録曲や未発表曲でライブを構成した。アルバム『THE FRUSTRATED』には収録曲「BLAST」に東京スカパラダイスオーケストラのメンバー、「南東風」にコーラスYUKIやくず(山口智充宮迫博之)が参加している。30thシングル「天使のわけまえ/ピーク果てしなく ソウル限りなく」は通常盤のほか、発売翌週にはカップリングのライブ音源が異なる8種類の地方盤を同時発売した。また、アルバム『THE FRUSTRATED』の制作風景やメンバーによる解説を収録したライブ&ドキュメントDVD『The Complete of THE FRUSTRATED-RECORDING DOCUMENTARY&LIVE-』を発売。大阪のユニバーサル・スタジオ・ジャパン特設会場で『GLAY EXPO 2004 in UNIVERSAL STUDIOS JAPAN™ "THE FRUSTRATED"』を開催して10万人を動員し、会場に隣接して「EXPO館」を設けた。31stシングル「Blue Jean」収録の「南東風 〜PEACEFUL SESSION〜」ではYUKIが一部のボーカルを担当している。アリーナツアー『GLAY ARENA TOUR 2004 "THE FRUSTRATED -extreme-"』を開催し、32ndシングル「ホワイトロード」を発売。大晦日には幕張メッセでカウントダウンライブ『HAPPY SWING presents GLAY COUNTDOWN LIVE in MESSE "COME TOGETHER"』を開催した。2005年には「新潟県中越地震」の影響によって前年の新潟公演に参加できなかった人や新潟県在住の人を対象としたスペシャルライブを行った。バラッド・ベスト・アルバム『 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・

出典:wikipedia
2018/11/11 01:06

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