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Honda硬式野球部とは?

Honda硬式野球部
【チーム名(通称)】
Honda、ホンダ
【加盟団体】
日本野球連盟
【加盟区分】
企業チーム
【創部】
1960年
【チーム名の遍歴】


【本拠地自治体】


【練習グラウンド】
本田技研笠幡球場(埼玉県川越市笠幡)
【チームカラー】
青色
【監督】
岡野勝俊
都市対抗野球大会

【出場回数】
33回
【最近の出場】
2019年
【最高成績】
優勝(2回)
社会人野球日本選手権大会

【出場回数】
22回
【最近の出場】
2019年
【最高成績】
優勝(1回)
全日本クラブ野球選手権大会

【出場回数】
※出場資格なし

Honda硬式野球部(ホンダこうしきやきゅうぶ)は、埼玉県狭山市に本拠地を置き、日本野球連盟に加盟する社会人野球の企業チームである。練習グラウンドである本田技研笠幡球場は、埼玉県川越市にある。

運営母体は、本田技研工業日本通運とともに、埼玉県の社会人野球をリードするチームである。

解説

1960年本田技術研究所のある埼玉県北足立郡大和町で『本田技研硬式野球部』として創部。

1967年都市対抗野球に初出場する。

1970年10月31日、大和町の市制施行に伴い本拠地が埼玉県和光市となる。

1979年日本選手権に初出場し、1985年日本選手権では初優勝を達成した。1996年には、都市対抗野球も制覇した。

2001年、本拠地を和光市から本田技研工業埼玉製作所のある埼玉県狭山市に移転し、チーム名を『ホンダ硬式野球部』に改称した。

2007年、チーム名を英語表記の『Honda硬式野球部』に改称した。

2009年、13年ぶり2回目となる都市対抗野球優勝を果たした。

2015年日本選手権の決勝では、9回裏途中まで2-1でリードしていたが日本生命に逆転サヨナラ負けを喫し準優勝となった。

設立・沿革

応援団

応援団の応援に個性があり、本田技研工業の硬式野球部3チーム共通のチャンステーマ「全開HONDA」では、スタンドを揺らす赤と黄色のうちわとともに奏でられる。

その他にオリジナル攻撃曲として、「ダイナマイトホンダ」「ライトニングホンダ」「ダッシュホンダ」「フルスロットルホンダ」「Bomber Honda」などがある。

主要大会の出場歴・最高成績

主な出身プロ野球選手

元プロ野球選手の競技者登録

かつて在籍していた主な選手

脚注

  1. ^ チーム情報 2007年 登録・変更情報”. 日本野球連盟. 2017年1月24日閲覧。
  2. ^ チーム名を縦書きにする際には、従来どおりカタカナの「ホンダ」と表記する

関連項目

外部リンク

都市対抗野球大会優勝チーム
【1920年代】
  • 1927 満州倶楽部
  • 1928 大連実業団
  • 1929 満州倶楽部

【1930年代】

【1940年代】

【1950年代】

【1960年代】

【1970年代】

【1980年代】

【1990年代】

【2000年代】

【2010年代】


社会人野球日本選手権大会優勝チーム
【1970年代】

【1980年代】

【1990年代】

【2000年代】

【2010年代】


・・・・・・・・・・・・・・・・・・
出典:wikipedia
2020/08/14 01:27

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