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L'Arc〜en〜Cielとは?

【基本情報】

【出身地】
日本 大阪府大阪市
【ジャンル】
ポップ・ロック
ロック
ニュー・ウェイヴ
オルタナティヴ・ロック
プログレッシブ・ロック
【活動期間】
1991年 -
【レーベル】
Danger Crue Records
(1992年 - 1993年)
Ki/oon Sony Records
Ki/oon Records
Ki/oon Music

(1994年 - )
【事務所】
MAVERICK
(1992年 - )
【共同作業者】
岡野ハジメ
(プロデューサー・1998年 - )
【公式サイト】
www.larc-en-ciel.com
【】

【メンバー】
hyde(ボーカル)
ken(ギターコーラス)
tetsuya(ベース・コーラス)
yukihiro (ドラムス)
【】

【旧メンバー】
hiro(ギター)
pero(ドラムス)
sakura(ドラムス・コーラス)

L'ArcenCiel(ラルク アン シエル)は、日本の4人組ロックバンド1991年結成。通称・略称は主にラルクが用いられる。

プロダクションはMAVERICK、レコード会社はソニー・ミュージックレーベルズ(Ki/oon Music)にそれぞれ所属する。公式ファンクラブ名は「LE-CIEL」(1995年設立)。

目次

  • 1 メンバー
    • 1.1 現メンバー
    • 1.2 過去に在籍したメンバー
    • 1.3 時系列
  • 2 概要
    • 2.1 結成、デビュー
    • 2.2 デビュー、地道な活動
    • 2.3 活動休止から新体制での復活
    • 2.4 2度目の活動休止から活動再開
    • 2.5 結成15周年、初の欧州公演
    • 2.6 結成20周年、初のマディソン・スクエア・ガーデン及び国立競技場公演
    • 2.7 結成25周年から現在
  • 3 音楽性
    • 3.1 音楽的影響・嗜好
    • 3.2 L'Arc〜en〜Cielと「ヴィジュアル系」
      • 3.2.1 「ヴィジュアル系」に対する他メンバーの反応
      • 3.2.2 評論家による評価
  • 4 楽曲制作
    • 4.1 作詞
    • 4.2 作曲
    • 4.3 編曲 (アレンジ)
    • 4.4 カップリング曲
  • 5 パートチェンジバンド
  • 6 来歴
    • 6.1 1990年代
    • 6.2 2000年代
    • 6.3 2010年代
  • 7 sakura逮捕時の流れや概要
    • 7.1 事件を受けての活動自粛等
  • 8 作品
    • 8.1 デモテープ
    • 8.2 ミュージック・クリップ
  • 9 ライブ・コンサートツアー
  • 10 出演ライブイベント
  • 11 受賞記録
  • 12 タイアップ
  • 13 出演
    • 13.1 ラジオ
    • 13.2 テレビ
      • 13.2.1 CM出演
      • 13.2.2 NHK紅白歌合戦出場歴
  • 14 脚注
    • 14.1 注釈
    • 14.2 出典
  • 15 関連項目
  • 16 外部リンク

メンバー

現メンバー

プロフィール バンド遍歴 パート
hyde (ハイド)
(本名:寶井 秀人) |  (1969-01-29) 1969年1月29日(49歳)
和歌山県和歌山市出身 |  | 
ken (ケン)
(本名:北村 健) |  (1968-11-28) 1968年11月28日(50歳)
滋賀県米原市出身 |  | 
tetsuya (テツヤ)
(本名:非公表)
リーダー |  (1969-10-03) 1969年10月3日(49歳)
滋賀県彦根市出身 |  | 
yukihiro (ユキヒロ)
(本名:淡路 幸宏) |  (1968-11-24) 1968年11月24日(50歳)
千葉県市川市出身 |  | 

過去に在籍したメンバー

プロフィール パート 在籍期間
hiro (ヒロ) | 不明 |  | 1991年2月 - 1992年6月12日
pero (ペロ) | 不明 |  | 1991年2月 - 1992年12月30日
sakura (サクラ)
(本名:桜澤 泰徳) |  (1969-11-20) 1969年11月20日(49歳)
東京都杉並区出身 |  | 1993年1月 - 1997年11月4日

時系列

概要

結成、デビュー

1991年2月頃、大阪市tetsuyaを中心に結成される。グループ名はフランス語において「」を意味する l'arc〜en〜ciel (フランス語発音: [laʀkɑ̃sjɛl] ラルカンスィエル、ラフカンスィエル)。グループ名決定の経緯は諸説あり、阪急梅田三番街にある喫茶店の名前をtetsuyaが気に入り、そこから取ったという説が有力であるとされてきたが、tetsuyaによって否定された。実際には、当時本屋などで資料を探していたtetsuyaがこの言葉をたまたま見つけ、見た目や響き、さらには様々な色を表現する「虹」が「音楽」の表現という点で共通していると感じたため、この名前をつけたという。また、tetsuyaは「長くて覚えにくいけど、ローマ字表記にしたらインパクトがあると思った」とも語っている。

当時のメンバーはtetsuya (ベース・当時は「tetsu」)、hyde (ヴォーカル・当時は「hide」)、hiro (ギター)、pero (ドラムス)の4人で、インディーズ時代は関西を拠点に活動した。ちなみに、L'Arc〜en〜Cielを結成する前にhydeとperoの2名は「Jelsarem's Rod」で共に活動しており、Jelsarem's Rodとして参加したセッション大会で偶然tetsuyaと遭遇して以降、tetsuyaがhydeに対し「バンドを作ろう」と電話などで誘い続け、結果tetsuyaらとセッションを行った。その後、Jelsarem's Rodのメインコンポーザーも兼ねていたhydeが「活動の行き詰まりを感じて」解散。セッションの縁からL'Arc〜en〜Cielに加入することとなった。結成後、5月30日に当時のホームグラウンドとしていた難波ロケッツで行ったファーストライブは、いわゆる対バン形式ながらも100人以上を動員。また、9月27日に同所で行われた初のワンマンライブでは300人以上の動員を記録するなど、結成間もなくのインディーズバンドとしては異例の動員数を誇っていた。

1992年に入り、3月にはオリジナルのビデオプレゼントライブを大阪の他に東京でも行い、関東地方にも活動拠点を広げるが、6月にhiroが脱退。後釜にはtetsuyaと学生時代に親交のあったkenが加入する。直後から1stアルバムのレコーディングを行い、完成直前まで漕ぎ着けたものの、メンバー曰く「出来映えが気に入らなかった」ため全曲をボツにしアルバムを発売しない意向を取った。しかし、この一件で当時所属していた事務所との間に軋轢が生まれ、レコーディングに掛かった経費などの支払いを命じられたが、これとほぼ同時に、デンジャークルー (現:マーヴェリック・ディー・シー・グループ) 社長の大石征裕から「うちの事務所に来て欲しい」と誘いがあり、そのままデンジャークルーへ移籍。この時の金銭問題は、事務所間での話し合いで全て白紙となった。

1993年1月、前年12月のライブで脱退したperoに代わってsakuraが加入。この後に約1ヶ月間のレコーディングに入り、アルバム『DUNE』を発売。限定リリースのCDを除く初の公式発売音源となった。5月10日付のオリコンインディーズアルバムチャートでは1位を獲得し、インディーズでの人気を不動のものとする。この年の夏、当時CDショップでアルバイトをしていたtetsuyaが「店に来た担当の人間を気に入った」という理由から、1992年ソニー・ミュージックエンタテインメント内で新規レーベルとして設立されたばかりの「キューン・ソニーレコード」と契約を結ぶ。

デビュー、地道な活動

1994年7月1日、ビデオシングル『眠りによせて』でメジャーデビュー。7月14日にはメジャー初となるアルバム『Tierra』、10月21日には1stシングル「Blurry Eyes」を発売し、メジャーレーベルでの本格的な活動を開始した。ちなみに、メンバーの口からメジャーデビューの発表は一切行われておらず、tetsuyaは「ライブや広告でメジャーデビューを発表するトレンドが嫌だった」と述べている。

デビュー直後はインディーズ時代からのファンも多かったが、デビュー後初めて行った全国ツアー「Tour Sense of time '94」の東京ベイNKホール公演などでチケットがソールドアウトしないという事態が発生し、以後は「スタッフに全て任せきり」だったコンサートの会場決め、プロモーションなどをインディーズ時代のように自分たちで行うようになった。

1995年以降は積極的にライブ活動を行うようになり、同年の12月27日には初の日本武道館コンサートを、1996年には2年前の「リベンジ」として東京ベイNKホールでの公演を開催。その後も徐々に人気を広げ、12月発売のアルバム『True』がデビュー後初のオリコン1位を獲得。『True』はその後発売6週目でミリオンセラーを記録した。

活動休止から新体制での復活

この時期には初のアリーナツアーを開催するなど人気は過熱しはじめ、ヒット街道を驀進するものと思われたが、1997年2月にドラマーであるsakuraが逮捕され、活動予定を全て白紙化して完全な休止体制へ突入した。

sakuraの逮捕後、「曲作りとリフレッシュ」の名目で渡し、レコーディングを含めた数ヶ月間の滞在をする。この間にサポートドラムとして元ZI:KILLDIE IN CRIESのドラマー・yukihiroが参加したセッションなどが行われ、同年10月に長い休止から復活。直後発売したシングル「」は当時の自己最高初動・最高売上を記録。12月23日に自身初となる東京ドームで行った復活コンサートでは公演チケットが当時の最速記録である4分で完売と、当時絶頂にあったバンドブームと重なり休止前までには無かったほどの爆発的人気を得ることになった。

1998年にはyukihiroがドラマーとして正式加入。シングル「winter fall」の発売を皮切りに、連続かつ集中的なリリースパターンを取り、7月に「HONEY」「花葬」「浸食 〜lose control〜」の3枚同時シングル発売や、それによるオリコンシングルチャート1位と2位の独占 (発売2週目)、10月には「snow drop」「forbidden lover」の2枚2週連続シングル発売による2度目のシングルチャート1位と2位の独占を達成し大きな注目を浴びた。なお、この年リリースしたシングル7枚全てが年間シングルランキングTOP30入りを果たした。

また、yukihiroが正式加入して初となるツアーとして、1998年に自己最長となる全国45都市56公演にも及ぶホールツアー「Tour'98 ハートに火をつけろ!」を敢行した。tetsuyaは後年この長期ツアーを振り返り、「yukihiroが加入した後だったので、この4人がL'Arc〜en〜Cielなんだというイメージを植え付けたいという意識がどこかにあった」「そのためにはそれまでにやった以上に数多くのライヴをやることだな、たくさんリリースすることだなって思ってた」と述べている。

1999年7月には『ark』『ray』の2枚同時でアルバムを発売。これにより、オリコンアルバムチャートにおいても2週連続で1位と2位の独占を達成した。また、前年1998年から2000年の3年間だけでシングル13作、アルバム3作もの作品をリリースしており、その内の8作がミリオンセラーを記録している (内2作がダブル・ミリオン)。

さらに同年には初の野外ライブツアー「1999 GRAND CROSS TOUR」を行い65万人を動員した。また、8月21日22日に行われた同ツアーの東京・東京国際展示場 駐車場特設ステージ公演では、自己最多動員数となる12万5千人 (両日25万人)を記録した。以後もライブハウスツアー、ドームツアーといった多彩なステージで公演を行っている。

また、同時期からフリーの映像ディレクター・箭内道彦が主なディレクションを担当した、藤原喜明の起用を始めとするバラエティに富んだ広告展開を行うようになる。テレビCMでは「グループ名『L'Arc〜en〜Ciel(ラルク・アン・シエル)』の正しい読み方を広く認知させる」ものや「記者会見風の『活動予定告知』告知」を流し、新聞広告では「新曲の着信メロディの作成方法」や、コンピュータグラフィックスで作成した「坊主頭のメンバーの写真」などのような、それまでにはない奇抜なものを掲載するなどして注目を集めていった。

後年に箭内道彦は当時のディレクションを振り返り、「アンチで人を驚かせるようなものはマイナーな場所には山ほどあるが、それをメジャーシーンでやることに意義がある」として、「メジャーで、アンチで、びっくり」をテーマに広告を制作していたと述べている。また、「常に世の中やファンを裏切るような、次に何が出てくるかわからないような流れを作りたかった」と述懐している。

2度目の活動休止から活動再開

2001年、シングル「Spirit dreams inside -another dream-」の発売前後から、tetsuya・yukihiro・hydeが相次いで個人活動を開始。実質的な活動休止状態に入る。前述のように、1998年以降のL'Arc〜en〜Cielは活動が集中的に行われていたため、急な活動の沈静化に一部では解散説も流れ、「もうL'Arc〜en〜Cielとしての活動は無いのではないか」と思われていた。この活動休止に関してtetsuyaは、「どれが本当の理由か分からなくなるほどたくさんの理由があった」と語っている。

ソロの開始から2年が経った2003年国立代々木競技場でバンド名に沿った7日間のライブ「Shibuya Seven days 2003」を開催。最終日には2004年3月のアルバム『SMILE』発売と4月からのツアー開始を発表、それまで流れていた解散説を一蹴する。翌年2月4日にシングル「READY STEADY GO」を発売し活動を再開させ、2004年・2005年でシングル7作、アルバム2作をリリースした。活動再開以降は各メンバーのソロ活動と並行してL'Arc〜en〜Cielの活動を行うようになっている。

また、2004年には、初となる海外公演を「OTAKON 2004」の一環として、アメリカボルチモアファースト・マリナー・アリーナで開催した。さらに、翌年にはライブツアー「ASIALIVE 2005」を開催し、ソウル上海においてライブを行い、東アジアを中心として海外においてもライブ活動を開始した。

結成15周年、初の欧州公演

結成15周年となる2006年には「Blurry Eyes」から「forbidden lover」までの14枚のシングルと、未発売だったシングル「the Fourth Avenue Café」の12cmCD盤および、1999年に2枚同時発売されたアルバム『ark』、『ray』に特典DVDを付属した15周年記念盤が発売された。また、同年11月25日26日には結成15周年記念ライブ「15th L'Anniversary Live」が東京ドームにて開催された。

2007年にはシングル4作、アルバム1作がリリースされ、9年ぶりとなるホールツアー「Are you ready? 2007 またハートに火をつけろ!」も開催された。翌2008年には東京ドーム3公演、京セラドーム大阪2公演を含め、上海、台北パリ、ソウル、香港という世界7都市を廻るライブツアー「TOUR 2008 L'7 〜Trans ASIA via PARIS〜」を開催。同年5月9日にはフランス・パリのルゥ・ゼニットにおいて自身初のヨーロッパでのライブを行った。

また、同年5月13日読売新聞朝刊記事で、シングル「NEXUS 4/SHINE」の発売および同ツアー終了を持って結成20周年となる2011年までライブ活動を休止することが発表された。以後2011年まで各メンバーの個人活動の期間に充てられたが、ライブ活動休止中においても新譜および映像作品はリリースされており、2010年にはバンクーバーオリンピックパラリンピックNHK放送テーマソングに起用された「BLESS」がシングルでリリースされている。

結成20周年、初のマディソン・スクエア・ガーデン及び国立競技場公演

2011年1月1日にニューイヤーライブ「L'Arc〜en〜Ciel 20th L'Anniversary Starting Live "L'A HAPPY NEW YEAR!"」を開催し、L'Arc〜en〜Cielとしての活動を本格的に再開。同年5月28日29日には結成20周年ライブ「20th L'Anniversary LIVE」が味の素スタジアムで行われ、9月10日からはアリーナ、ドーム公演を含む3年ぶりとなるライブツアー「20th L'Anniversary TOUR」が開催された。

また、同年にはシングル3作、翌年には4年3ヶ月ぶりとなるアルバム『BUTTERFLY』がリリースされた。2011年10月12日に発売された結成20周年第二弾シングルとなる「X X X」では、ロックバンドとして史上3組目となる1990年代2000年代2010年代の3つの十年代連続でのオリコンシングルチャート1位獲得を記録した。さらに、同年12月には20周年ライブを収録したDVDの発売により、DVD総売上100万枚を記録した。VHS総売上と合わせ映像作品全体(VHS+DVD)においてダブルミリオンを達成した。

2012年3月3日からは、香港、バンコク、上海、台北、ニューヨークロンドン、パリ、シンガポールジャカルタ、ソウル、ホノルル等、世界10カ国14都市を廻るワールドツアー「WORLD TOUR 2012」が開催され、日本公演含め45万人を動員した。 3月25日には、アメリカ・ニューヨークのマディソン・スクエア・ガーデンにおいて、日本人ミュージシャンとして初となる単独公演を行われた。さらに、同ツアーの追加公演として、横浜大阪東京の国内3都市で野外ライブツアー「20th L'Anniversary WORLD TOUR 2012 THE FINAL」が行われ、 5月26日27日には、ミュージシャンとしては史上4組目、ロックバンドでは初となる国立霞ヶ丘陸上競技場公演が開催された。

ワールドツアー後約2年間はL'Arc〜en〜Cielとしてのライブ活動は行われなかったが、2014年3月21日22日に1年10ヶ月ぶりとなる国立競技場でのライブ「L'Arc〜en〜Ciel LIVE 2014 at 国立競技場」が開催された。前回の公演と異なり、フィールドに設置される花道を排除し限界まで座席を敷き詰め、スタンド、フィールド含め8万人(両日16万人)を動員、ライブにおける国立競技場史上最多動員数を記録した。翌年には「L'Arc〜en〜Ciel LIVE 2015 L'ArCASINO」を開催し、4年ぶりとなるシングル「Wings Flap」のリリースを発表した。

結成25周年から現在

結成25周年となる2016年9月に新曲「Don't be Afraid」の完成を発表。また、本楽曲と発売20周年となるゲーム『バイオハザード』のコラボ企画となるPlayStation VR向けミュージックビデオ「Don't be Afraid -Biohazard×L'Arc-en-Ciel on PlayStation VR-」の配信が併せて発表された。

2017年4月8日9日には11万人を動員した結成25周年ライブ「25th L'Anniversary LIVE」が東京ドームで行われた。東京ドームでのライブは8年10カ月ぶりとなった。

音楽性

音楽的影響・嗜好

L'Arc〜en〜Cielと「ヴィジュアル系」

1999年4月19日NHK音楽番組ポップジャム』の5月1日放送分の収録にメンバーが参加した。その日の収録では、L'Arc〜en〜Cielは2曲演奏する予定であったが、当日は1曲演奏終了時点でメンバーが演奏を中止、そのままステージを去るといった事態が起こったことが後日報じられた。

事の発端は、当時番組のMCを務めていたお笑いコンビ・<

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出典:wikipedia
2018/12/03 08:09

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