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MAZDA_Zoom-Zoom_スタジアム広島とは?

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広島市民球場 > MAZDA Zoom-Zoom スタジアム広島
MAZDA Zoom-Zoom スタジアム広島
(広島市民球場)
MAZDA Zoom-Zoom Stadium Hiroshima
(Hiroshima Municipal Baseball Stadium)


球場外観

グラウンド(2階スタンドから)

グラウンド(外野スタンドから)
【施設データ】

【所在地】
広島県広島市南区南蟹屋2-3-1
【座標】
北緯34度23分31.1秒 東経132度29分4.8秒 / 北緯34.391972度 東経132.484667度 / 34.391972; 132.484667座標: 北緯34度23分31.1秒 東経132度29分4.8秒 / 北緯34.391972度 東経132.484667度 / 34.391972; 132.484667
【起工】
2007年11月26日
【開場】
2009年4月1日
【所有者】
広島市
【管理・運用者】
広島東洋カープ
【グラウンド】
内・外野 - 天然芝(ティフトン419、ペレニアル・ライグラス)
【ダグアウト】
ホーム - 一塁側
ビジター - 三塁側
【照明】
照明灯 - 6基
最大照度 投捕間:2500Lx
内 野:2000Lx
外 野:1500Lx
【建設費】
約110億円
【設計者】
仙田満 - 環境デザイン研究所
金箱温春 - 金箱構造設計事務所
【建設者】
五洋建設増岡組・鴻治組JV
【使用チーム ・ 開催試合】

広島東洋カープ(2009年 - 現在)
【収容能力】

定員:33,000人

【グラウンドデータ】

【球場規模】
グラウンド面積:12,710 m
左翼 - 101 m (約331.4 ft)
左中間 - 116 m (約380.6 ft)
中堅 - 122 m (約400.3 ft)
右中間 - 116 m (約380.6 ft)
右翼 - 100 m (約328.1 ft)
【フェンス】
中堅周辺 - 2.5 m(約8.2 ft)
(ラバーフェンス:1.8m + 金網フェンス:0.7m)
左翼 - 3.6 m(約11.8 ft)
右翼 - 3.4 m(約11.2 ft)

MAZDA Zoom-Zoom スタジアム広島(マツダ ズーム・ズーム スタジアムひろしま)は、広島県広島市南区南蟹屋にある野球場プロ野球セントラル・リーグ広島東洋カープが本拠地球場(専用球場)として使用している。

目次

  • 1 概要
  • 2 建設までの経緯
    • 2.1 ドーム球場構想、オープン球場建設計画の挫折
    • 2.2 現球場改築か、新設球場か
    • 2.3 新球場建設へさらなる混沌
    • 2.4 建設着手、2009年開場へ
  • 3 設計面での特徴
  • 4 球場建設の過程
    • 4.1 球場本体の建設画像
    • 4.2 球場周辺の整備画像
  • 5 施設データ
    • 5.1 フィールドの特徴
    • 5.2 スコアボード
    • 5.3 放送席
  • 6 施設改修について
    • 6.1 特別席(プレミアムシート)の増設・改修
    • 6.2 太陽光発電設備の導入
    • 6.3 カープ名選手レリーフの設置
    • 6.4 トイレの追加設置・改修
    • 6.5 エレベーターの増設
    • 6.6 スタジアムカフェの新設
    • 6.7 涼を楽しめるパーゴラの設置
    • 6.8 オブジェ・アトラクションの設置
    • 6.9 その他
  • 7 球場周囲のモニュメント
  • 8 試合中の演出
  • 9 球場特別ルールについて
  • 10 球場の名称について
    • 10.1 命名権(ネーミングライツ)の導入
    • 10.2 命名権導入〜名称決定までの経緯
    • 10.3 2013年の契約更新
  • 11 球場の運営
    • 11.1 指定管理者制度の導入
    • 11.2 広島球団と三井物産の提携
    • 11.3 常設グッズショップの開設
    • 11.4 多様な座席設定
      • 11.4.1 一般座席
      • 11.4.2 パフォーマンスシート
      • 11.4.3 プレミアムシート
  • 12 球場付属施設の開発
  • 13 現状の課題とその対策
  • 14 一般開放
  • 15 大州雨水貯留池
  • 16 交通機関
  • 17 備考
  • 18 注釈
  • 19 脚注
  • 20 関連項目
  • 21 外部リンク

概要

広島市が所有する野球場で、広島市の条例(広島市民球場条例、平成20年3月28日条例第7号。以下「条例」と記す。)に基づく名称は「広島市民球場」(ひろしましみんきゅうじょう)。老朽化した初代の広島市民球場(2009年4月から2010年8月末までは「旧広島市民球場」、広島市中区基町)に代わる施設として、広島市が主体となって建設し2009年春に竣工。株式会社広島東洋カープが指定管理者として運営管理を行っている(詳細は後述)。

球場の呼称については、条例第20条の規定に基づき施設命名権が導入され、マツダが開場時の2009年4月から契約を取得(2013年8月に契約更新、詳細は後述)しており、「MAZDA Zoom-Zoom スタジアム広島」(略称「マツダスタジアム」)の呼称を用いている(詳細は後述)。

なお、初代が本利用されていた2009年3月31日までは広島市条例などにおける暫定的な名称を「新広島市民球場」(しんひろしましみんきゅうじょう)としていた。

建設までの経緯

 | この節には、過剰に詳細な記述が含まれているおそれがあります。百科事典に相応しくない内容の増大は歓迎されません。内容の整理をノートで検討しています。(2017年7月)

ドーム球場構想、オープン球場建設計画の挫折

広島東洋カープは1980年代から球団職員をメジャーリーグのスタジアムから国内の地方球場に至るまでくまなく派遣、施設の視察を行わせるなど、広島市民球場(当時)に代わる新球場の研究を精力的に重ねてきた。

1990年代に入ると、広島市の平岡敬市長(当時)が「若者に魅力ある街づくり」との観点から、国鉄清算事業団が売却の方針を示していた広島市南区東駅町の東広島貨物駅(貨物ヤード)移転跡地にドーム球場建設を検討する考えを表明する。その後、地元経済界を中心に相次いでドーム球場プランが提言されたことを背景に広島市の跡地検討調査委員会は1997年(平成9年)9月、「貨物ヤード跡地の利用目的はドーム球場建設」との結論に達し、1998年(平成10年)3月、広島市はこの土地を広島市土地開発公社に先行取得させた。

その頃には広島市の財政事情悪化でドーム球場建設についての議論は下火になっていたものの、2000年代に入ると市民球場は開場から約半世紀が経過、耐用限度8,000時間とされた放電管式アストロビジョンの使用時間は1万時間をオーバーした上、ビジョンを構成する放電管が製造中止となったため、その交換もままならず、ドット落ちが発生するようになっていた。さらに外野フェンスの一部に穴が開くようになり、プラスチック座席は3連戦で3、40席は壊れるなど老朽化がより一層深刻になった。

また、三塁側ビジターチームのロッカールーム冷房設備すらなく、ヤクルト選手会が大型扇風機を購入して無償で提供するような状態であり、あふれた選手は通路で着替えなければならないこと等、設備面に対しても不満の声が漏れ始めた。こうしたビジターチームの不満は広島球団に向けられ、選手自ら頭を下げることもしばしばであった。

こうした事情に加えて、ヤード跡地の金利負担軽減特例措置が切れる2003年が迫ってきたこともあり、2000年(平成12年)以降、再びドーム球場建設の可能性が検討されるようになった。だがドーム球場は高い建設費・維持費に見合う収益が期待できない上、広島球団も「人工芝は選手にとって体への負担が大きく、アメリカでは時代遅れとなった」ことなどを指摘したため、2001年(平成13年)3月、広島市はそれまでの方針を転換し、ドーム球場案に代わる「天然オープン球場を中核にした複合施設案」を有力候補とした。これを受けて広島球団はオープン球場の事業化を検討開始。その後、2002年(平成14年)に行われたコンペにおいては、広島球団とアメリカの不動産投資信託大手のサイモン・プロパティ・グループ (Simon Property Group)、および電通鹿島建設などによる共同企業体「チーム・エンティアム」が提案したPFI方式による再開発計画が選ばれた。

一方で、地元経済界などからは天候に左右されない広域集客のためあくまでドーム球場建設を求める意見が出されたが、2002年7月、広島市の秋葉忠利市長はこの「複合施設型オープン球場案」を推進し、2004年度に事業着手することを正式表明した。しかし、計画を進める途中の2003年(平成15年)9月、サイモン・プロパティ・グループが日本における進出方針を「東京を中心とした三大都市圏重視」に変更、同年11月には広島への進出断念を最終通告する。共同企業体の中核企業が撤退したことを受け、同年12月1日、計画は全面的に白紙化、頓挫した。

現球場改築か、新設球場か

その後、大阪近鉄バファローズオリックス・ブルーウェーブの合併問題を契機とした球界再編問題が起こった際に、広島球団生き残りに危機感を覚えた地元経済界・市民を中心に市民球場の改築、または貨物ヤード跡地への新球場建設を求める声が高まり、2004年11月、官民で組織する「新球場建設促進会議」が設置された。これと並行して、中国新聞中国放送などの地元マスメディアは「たる募金」と題して建設資金捻出のための市民募金運動を実施し、最終的に約1億2000万円の募金を集めた。

促進会議で検討を進めていく過程で、「観客席最後部に位置し、フィールドを望めた上で、球場を周回可能な幅8m - 12mのコンコース設置」、「大リーグ球場並みのゆったりとした間隔・レイアウトの観客席」、「緩やかな勾配の1階席と、高さが抑えられ観戦しやすい2階席の設置」、「球場関係諸室面積25,000 m(市民球場(当時)は約12,500 m)の確保」等の広島球団の要望を満たすため、「新球場は市民球場より遙かに大きい建築物となる」ことが明らかとなった。

旧市民球場(右側)に近接する広島バスセンターのバス出入口道路(左側)。

そのため現位置で改築を行う場合、まず近接している建物との干渉が問題になる。そのために生じる近接建物の移転問題に加えて、ホームゲームを進めながらの改築となれば、選手・観客への安全面での充分な配慮が必要となることから、建設費用増加や工期長期化が予想された。

一方、貨物ヤード跡地に移転した場合、用地面での制約は少なく、さらに球場を中心とした広島駅周辺の大規模な再開発が可能になる一方で、公共交通機関や周辺道路が現位置ほどには整備されておらず、市民球場に慣れ親しんだ観客にとって交通利便性は悪化する。さらに、旧市民球場周辺の商店からは、街と一体化している球場が移転すると顧客の流れが大きく変わる恐れがあることへの懸念が示され、他にも事業主体をどうするか、何より資金調達の問題などを含めて、両者のメリット・デメリットはさまざまであった。

2005年3月、新球場建設促進会議は「建設場所は、現在地でプロ野球を開催しながら建替える案を基本とし検討を深める。現在地での建替えが資金面や工期等の問題で実現困難な場合は、ヤード跡地への新設を検討する」との広島市への最終提言を取りまとめた。

新球場建設へさらなる混沌

2005年(平成17年)7月に入り、広島市の秋葉市長が現在地での建設困難を理由に貨物ヤード跡地に建設する方針を示す。一部ファンの反発もあったが、地元経済界はその方針を追認、広島球団もかねてより建設地には拘らない姿勢であり、新球場の方向性が固まった。それを受けて2009年(平成21年)に新球場でのオールスターゲームの開催が内定した。

しかし2006年(平成18年)3月に実施された新球場の設計施工コンペでは、防衛施設庁談合事件に絡んだ多数のゼネコンが参加できない事態となり、唯一参加資格を得たグループの案も広島球団に「(この設計案では)興行を行う自信がない」と酷評されるほど見解の相違が大きく、また広島市民やファンの間でも結果として一グループだけのコンペになったことへの不満・反発が強く、不採用となった。2006年(平成18年)4月には建設予定地の土壌から基準値を超える砒素が検出され、プレーする選手や観客の安全性を問題視する報道がなされた

また、広島市が再コンペ時に球場本体の建設予算を90億円(周辺開発に関する建設費並びに収益を含まず)に設定したことは、100億円以上の建設費を費やした他球場の例を、一部マスメディアによってしばしば引き合いに出される結果となり、市民やファンの間に、「カープの本拠地となるのに、貧弱な設備しか持たない球場になるのでは?」という憶測が流れた。2006年6月には、先の設計・施工コンペに参加したものの選考前に辞退したアラップスポーツグループが広島市の方針に異を唱える記者会見を行い、建設費用を190億円に設定した独自の球場プランを公開する事態まで発生した。

このように、新球場を巡る混沌とした状況に加えて市民球場の跡地利用策が遅々として進展しなかったため、広島市民やファンからは「広島市は本当に新球場を作る気があるのか」「(オールスターゲームが行われる)2009年に新球場は間に合うのか」といった厳しい意見も出始めていた。

建設着手、2009年開場へ

上記のような厳しい見方があった中、2006年8月になって駅東町地区インフラ整備として(新球場予定地も含めた)排水路工事が始まったほか、同年9月には設計を対象としたコンペが新たに実施され、最優秀案として東京辰巳国際水泳場兵庫県立但馬ドームなどを設計した環境デザイン研究所(東京都港区)の作品が選ばれた。

広島市は2006年10月26日、この最優秀案を元にした基本・実施設計契約を環境デザイン研究所と締結、同社はファンや選手から寄せられた意見を採り入れつつ、2007年2月に基本設計、同年7月には実施設計を取りまとめた。

また、2007年5月に発表された事業計画によれば、新球場の本体建設費(90億円)及び土地取得費(54.75億円)を合わせた整備費144.75億円の内、11.54億円については前述の「たる募金」等寄付金(1.26億円)や国土交通省まちづくり交付金(7.08億円)、下水道国庫補助金等(3.2億円。土地取得費に充当)にて賄うこととされた。残り133.21億円を全て使用料収入で補うこととすると年間使用料は維持費2.3億円を含め8.85億円となるが、実際の年間使用料を6.57億円とし、維持費を除いた年間4.27億円を用地取得費の残額(51.55億円)と建設費の一部(35.66億円)に充当する計画である。

球場入口にある建設事業寄付者銘板。寄付金提供した地元企業や樽募金活動を顕彰したもの

広島球団は球場使用料として現市民球場に年間5億6000万円を支払っているが、これが新球場では1900万円増額された5億7900万円となる(この負担増については「より快適な環境を提供するため」とされ、広島球団からも異議は出ていない)。残る7800万円の年間使用料の負担については、従来のアマチュア・マスメディアからの使用料徴収とされている。

こうした要因を加えると残る実質負担額は46億円となり、2007年6月4日、広島市・広島県・地元経済界の3者で、広島市が23億、広島県と地元経済界が11億5000万円(うちマツダ中国電力広島銀行の3社で半額程度)ずつを負担することで合意した。これらの財源として、広島県・広島市は負担分のうち20億円分を充当するため、両者が共同でミニ公募債「新広島市民球場債」を発行、購入希望者を募集したところ、締め切りとなる2008年10月15日までに個人と法人合わせて1万2272件、予定額の3倍以上に上る66億2220万円の応募があったため、急遽同年10月17日に購入者を決める抽選会が行われた。また、地元経済界の負担分とされた11億5000万円については、広島商工会議所等が中心となって各企業から寄付を募った結果、期限の2008年3月末までに目標額を大幅に上回る16億円超が集まった。この目標を超えた部分の金額の使途については、経済界と広島市との間で寄付の趣旨等を踏まえた上で協議が行われ、その結果、新たに球場北側を走るJR車窓に向けて、得点・イニング数等を表示する電光掲示板が設置された。

新球場建設に携わった企業

新球場設計案、建設費用の負担が正式決定したことを受け、本体建築工事については2007年8月30日に一般競争入札を実施。唯一応札した五洋建設増岡組、鴻治組の広島にゆかりのある三社。 による共同企業体(JV)が予定価格の99.99%。 で落札。電気設備工事を落札した中電工日本電設工業、長沼電業社のJVと共に、2007年9月28日の市議会の工事請負契約の議決を受け、同年11月26日から建設工事が進められた。

上記の入札の後には、空調設備衛生設備、スコアボード(大型映像装置・サブスコアボードを含む)等の工事についても入札が行われており、その結果、トータルの落札額が予定価格より2億9000万円安くなったため、この「差額分」は、完成後に追加予定だった設備(エレベーターなど)の前倒し発注や観客席のグレードアップに充てられた。

建設工事は順調に進み2009年3月28日に完成式が執り行われ、入場券や球団グッズの販売は2009年4月3日から始まった。4月10日の対中日戦が公式戦初開催となったが試合は3対11と中日が大勝し、奇しくも旧市民球場の初ゲーム(1957年・対阪神戦・1対15)と同様にカープ敗戦でのこけら落しであった。また同年7月25日には、オールスターゲーム第2戦が開催された(広島では14年ぶりの開催)。アマチュア野球の大会では、同年7月から全国高等学校野球選手権広島大会の開幕式、開幕試合決勝戦等に使用されている。

設計面での特徴

真上から見た新球場の模型。特徴的な左右非対称の造り・狭いファウルグラウンドなどが確認できる。
特徴的なレフトスタンド、その傍を山陽新幹線が通過する。
ファウルグラウンドが狭いため、観客は選手のプレーを身近に感じ取ることができる。
2階観客席もその先端を可能な限りフィールドに近づけている。
三塁側内野スタンド外野寄りの席は、内野方向に向けて設置されている。
フィールド全景。スタンドの勾配は緩やかで、コンコースのあらゆる位置からフィールドを見渡せる。
(左)幅が広く取られたコンコースの内部(右)壁面には広島球団とマツダのキャッチコピーが掲示されている。

前項のような経緯を経て出来上がった本球場の特徴として、以下の点が挙げられる。

  1. 広島の新しい観光資源としてPR:公認野球規則に倣い、本塁から投手板を経て二塁に向かう線を東北東向きとした上で、球場を北側のJR側へ大きく開く形態とした。これによって平行する山陽新幹線などJR車窓から試合の様子が窺えるようになった上(参照動画:山陽新幹線客席から見た満員のスタジアム)、内外野の天然芝保護に必要な風通し・通気性も確保されている。
  2. 左右非対称を基本とした構造:フィールドのサイズは、左翼101m(計画当初は103m)・中堅122m・右翼100m。公認野球規則の規定1・04付記(a)(両翼約99.06m以上、中堅約122m以上)を満たしているが、こうした左右非対称のフィールドはメジャーリーグでは一般的であるものの、従来の日本ではあまり見られないものである。外野スタンドも人気のあるホームチーム側(ライト側)の席を多くした左右非対称形であり、特にレフト外野席のデザインはフェンウェイ・パークAT&Tパークを彷彿させる特徴有るスタンドとなっている(此処にボールが飛んで来ると場外に消えるシーンが多く見られる)。これは前述したように、球場敷地傍を山陽本線、山陽新幹線が通過するという設計上の制約を逆手に取り、JR乗客をも球場の観客と見立て、車窓から球場内を窺える構造にしたことによる。
  3. ファウルグラウンドの縮小:公認野球規則の制限内で可能な限り縮小したことにより、観客は選手のプレーをより身近に見ることができるようになった。広島球団の松田オーナーは「選手との近さは大切な要素だ。二軍ホームグラウンドの建設当時、ファウルグラウンドを広く取るのがいいと考えたが、プレーの臨場感や迫力を考えればミスジャッジだった。」と語っており、その反省点が活かされている。
  4. フィールド側へせり出した2階スタンド:従来の球場において、フィールドまでの距離が遠く臨場感が薄れてしまう例が多い2階内野スタンドも、本球場ではその先端部分を約10m程度跳出させ、よりフィールドに近い「スカイシート」が設けられるなど、ゲームの熱気を体験できるようになっている。
  5. 緩やかな勾配のスタンド:従来の日本の野球場は、立地上の制約や野球以外の多目的な使用方法が考慮された結果、内野スタンドの勾配を1階席部分15.0〜25.0度、2階席部分を35.0〜40.0度に設定していた。野球専用施設として設計された本球場では、スタンドの勾配が1階席8.9〜18.6度、2階席29.5度と、国内の一般的な球場に比べて5〜10度勾配が緩やかになっており、これはメジャーリーグのボールパークとほぼ同じ数値である。このため観客席からコンコースへのアクセスも容易である。
  6. 多様な観戦シート:鳴り物装備の私設応援団や熱烈なファン向けの「パフォーマンスシート」や「砂かぶり席」の他、「ボックスフロア」「パーティフロア」「ブルペンレストラン」「のぞきチューブ」、さらにはAT&Tパークで見られるような「ただ見エリア」などが用意され、多くの人に様々なスタイルで観戦を楽しんでもらえるよう配慮されている(詳細は後述)。
  7. ゆったりとしたスペースの観客席:内外野スタンドの全席に、メジャーリーグクラスの横幅50cm・奥行85cmのスペースが用意されている。さらに内野スタンド外野寄りの席はピッチャーマウンド方向に向けて設置され、投手と打者とのマウンド間の勝負が基本になる野球の観戦に最適になるよう配慮されている。
  8. 幅が広く段差のないコンコース:内野部分12m・外野部分8mの幅を持つコンコースは1階観客席の最後部に配置される。ここには多数の売店・トイレが用意されており、どの位置からでもフィールド上の選手のプレーを眺めることができる(スコアボード裏部分は一時的にフィールドが見えなくなるため、プレーを確認できるテレビモニターが設置されている)。このため試合途中で観戦を中断させられることがなく、さらにこのコンコースを利用して球場を周回することも可能である。このコンコースは球場完成以後も拡張工事が行われており、2011年のシーズンオフにライトスタンド側、2013年のシーズンオフにレフトスタンド側が増築されたのに続いて、2015年秋から2016年にかけては、バックスクリーン裏手から大州雨水貯留池関連建物付近に至るまで増築された。
  9. ユニバーサルデザインの導入:車椅子利用者のためのスペースがコンコース上に142席用意される他、利用者はエレベーター(球場開場時は5基、2014年より1基増設され6基)を使えば球場内のあらゆる場所へアクセス可能である。コンコース上にはさらに、オストメイト対応型多目的トイレ、授乳室など用意されているほか、内外野スタンドの観客席には、難聴者向けに音声を電気信号に変えて床下に備えた装置から直接補聴器に届ける設備が1,000席分用意されている。こうした取組は高く評価され、国土交通省の『バリアフリー化推進功労者大臣表彰』を、国内のスポーツ施設として初受賞した 。
  10. 内外野天然芝:本球場で育成される天然芝は、見た目の美しさやクッション性が考慮された結果、洋芝のティフトン419(夏芝)とペレニアル・ライグラス(冬芝)の2期作(オーバーシード)としている。この天然芝を効率的に育成・維持するため、国内プロ野球球団の専用球場としては唯一、フィールドにポップアップ式の自動散水装置(59基)を備える。コンピューターにより制御されたこの設備は、決まった時間に適量の水を、天然芝が最も吸収しやすい霧状にして撒く仕組みになっている。さらに球場敷地内(一塁側内野スタンド傍)には、シーズン中に痛んだ天然芝のフィールドを整備するため、補修用の芝が養生されているが、2012年からは、より大規模な補修に対応するため、広島市内にある旧一軍選手寮(三省寮)跡地でも養生を行っている。2016年からは天然芝の美しさをより引き立てるため、内野土を従来の黒土、砂、アンツーカーとの混合土から、水捌けが良いことに加えて赤味を帯びた色彩を持つアンツーカー土に切り替えている。

このように新球場は、様々な“観客視点に立った試み”がなされているのが大きな特徴である。

新球場の設計コンセプトに影響を与えたオリオール・パーク・アット・カムデン・ヤーズ

これは90年代以降、メジャーリーグで主流となったオリオール・パーク・アット・カムデン・ヤーズに代表される「新古典派(ネオ・クラシカル様式)」の考え方を、広島球団が本球場に取り入れるよう要望したためである。建設予算等で制約はあったものの、AT&Tパークの設計を参考に、構造物内の配管はむき出しのままにしつつも客席スペースは広くとる等、ここでもメジャーリーグ流の機能的、かつコスト配分のメリハリをつける設計思想が採用され 、さらに建設時においては2階スタンドにプレキャスト工法を導入する等、さまざまな工夫により建設費用抑制、工期短縮を実現した。

また当初の球場本体建設費90億円とは別に、広島球団はプロ野球興行に必要とされる設備(プロ専用のロッカールーム、スポーツバー、球場建物内の球団事務所、等)の建設費として22億円を追加負担 、最終的には建設費として110億円余りが注ぎ込まれた結果、規模・設備面において、国内のオープン球場としては屈指のものとなった。

国内の球場としては初となる数々の試みは従来の野球ファンのみならず、これまで古い市民球場での観戦をためらっていた人々をも受け入れることになった。三世代から幅広い支持を集めたことにより、広島球団の2009年(開場初年度)観客動員数は当初目標の150万人を大幅に上回る過去最多(当時)の187万人に達した。さらに同年の年間売上高も過去最高だった2008年のそれを46億円上回る117億円となり、初めて100億円の大台を突破した。また中国電力系のシンクタンク「エネルギア総合研究所」の発表によれば、2009年シーズンにおける広島球団の活動による経済波及効果は約185億円に達し、旧市民球場時代を遥かに超えるものとなった。

観客動員数は2009年以降も150万人を割ることなく推移している。開場から6年目になる2014年は、好調なチーム成績にも支えられた結果、過去最高だった2009年を上回る190万4781人を動員し、経済波及効果は217億円と試算されたが、翌2015年は黒田博樹新井貴浩の復帰によりチーム人気がさらに高まり、9月27日の対阪神戦で球団史上初となる200万人の大台を突破、最終的には211万266人を動員し、経済波及効果は248億円に達した。

さらにカープが25年ぶりにセントラル・リーグ優勝を果たした2016年は球団史上最高の237万4376人を動員(クライマックスシリーズ125,095人、日本シリーズ91,950人を含む)。優勝が懸かるマジックナンバー2で迎えた9月8日の対中日戦ではスタジアム史上最多となる32,546名の観客を記録するなど、経済波及効果は340億円に達した。

広島球団が本球場により観客動員を大きく伸ばしたことは各界から注目を集め、2013年から2017年の5年間で、2020年東京オリンピックパラリンピック組織委員会、プロ野球関係者、Jリーグ各クラブ、全国の官公庁などから延べ200団体以上、約2,900人が本球場の視察に訪れた。2017年5月に改修工事が完了したはるか夢球場は、広島球団の松田オーナーからアドバイスを受けた結果、球場の形状を左右非対称とし、左翼後方を列車が通過する景観を生かした設計となっている。また球場新設の動きが相次ぐ韓国プロ野球からも7球団が視察に訪れ、結果、2014年に開場した光州起亜チャンピオンズフィールドに大型コンコースが採用される等、その設計に大きな影響を与えた。

球場建設の過程

1995年、JR貨物の東広島駅は旧広島操車場跡地(広島駅の東側で山陽本線上下線間に挟まれて紡錘形に広がる用地)に移転し、広島貨物ターミナル駅として開業した。東広島駅の跡地は線路が撤去され、以後10年以上にわたり広大な空き地が広がっていたが(画像A)、2006年10月の球場設計案決定以降は順次整備が進められた。

まず前段階として、2006年12月に新球場のグラウンドとなる場所に地下貯溜池を建設する工事がスタートした。この地下貯留地は大雨降雨時に広島駅周辺地域の浸水を防ぐためのものであるが、新球場では貯められた水の一部をグラウンドの散水、トイレの洗浄等に利用している。2007年10月に完成した(画像B)。

翌11月下旬には球場本体の工事がスタートした。2008年3月まで基礎工事を行い(画像C)、4月に内野スタンド1階部分の筐体工事がスタートした(画像D)。5月下旬、内野スタンド1階の筐体工事もほぼ完成、グラウンド整備が開始された(画像E)。6月下旬、ティフトン芝の植え込み作業が行われ、7月中旬には緑に包まれつつあるグラウンドが現れた。同じく6月には外野スタンドの筐体工事もスタート(画像F)。7月からは国内最大級となる650トンクラスの大型クレーンを活用して、全国各地の工場で造られたプレキャストコンクリート (PC) 柱の据え付けによる2階スタンドの建設が進められた(画像G・J)。また、スコアボード、照明塔の建設も平行して進められ(画像H・I)、12月には球場本体がほぼ姿を現した(画像K)。2009年2月からは照明塔の点灯テストが始まり、所定の性能を満たしているか、また球場整備時における状態などの確認が行われ(画像M)、同時に球場敷地内では植栽工事が進められた。

2009年3月16日に工事は終了し、その後は同月の18日から19日にかけてMAZDA Zoom-Zoom スタジアム広島の正面看板が据え付けられるなど(画像N)、球場内の広告・看板の設置作業が行われた。

2009年3月28日には球場完成式が執り行われ、4月2日には招待者向けの見学会、続く4日には地元放送局中国放送により、事前応募から抽選で選ばれた2万人を招待してプレオープンイベントが行なわれた(画像O・P)。同年6月には、市民や経済界から集まった寄付金により、新たにJR乗客向けに試合経過を伝える得点掲示板が完成した(画像Q)。 2013年のオフシーズンには車椅子利用者が増えたことに対応するため、3塁側内野スタンドにてエレベーターの増設工事が行われ2014年5月から稼働した(画像R)。

また球場本体についても、2012年はライトスタンド後方(画像S)、2014年はレフトスタンド後方(画像T)、さらに2016年にはスコアボード後方に(画像U)、それぞれイベント用ブースが新たに設けられる等、順次増築が行われている。

さらに新球場の周辺整備の一環として、球場とJR広島駅及びJR天神川駅を結ぶ歩道の整備が行われており(画像d)、これら歩道と新球場南側に伸びる大州通りを上空から眺めると、新球場を目玉に見立てた鯉のぼりの形が浮かび上がる仕掛けになっている。また周辺の交通渋滞解消のため、球場南の大州通りの車線増加工事(画像a)、球場西側に位置する荒神陸橋の拡幅工事(画像b)、球場と平和大通りとを結ぶ段原蟹屋線の道路整備(画像c)が進められ、これら工事も球場完成とほぼ同じく、2009年3月に完了した。

球場本体の建設画像