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MSXとは?

ソニー「HiT BiT」 HB-75
パナソニック FS-A1WX(MSX2+)

MSX(エム・エス・エックス)とは、1983年に米マイクロソフトアスキー(現アスキー・メディアワークス)によって提唱された8ビット16ビットパソコン共通規格の名称であり、MSXとその後継規格であるMSX2(1985年)、MSX2+(1988年)、MSXturboR(1990年)の総称でもある。最初のMSXを便宜上「MSX1」、「初代MSX」と呼ぶこともある。MSXturboRでは16ビットのCPUを採用した。

複数のメーカーからMSXの仕様に沿って作られたパソコンが発売された。また、各種MSXエミュレーターとMSX2をFPGAで再構成したハードウェアである1チップMSX等が存在する。

目次

  • 1 MSXの規格
    • 1.1 賛同メーカー
  • 2 歴史
    • 2.1 1980年代
    • 2.2 1990年代
    • 2.3 2000年代以降
      • 2.3.1 バーチャルコンソール上のMSX
      • 2.3.2 チップチューンブームとMSX
  • 3 MSXの特徴
    • 3.1 技術的な特徴
      • 3.1.1 スロット
      • 3.1.2 その他
  • 4 MSXに関するトピックス
    • 4.1 MSXの名称の由来
    • 4.2 MSXロゴマーク
    • 4.3 MSXの応用例
      • 4.3.1 MSXを音楽芸術活動に取り入れた主な人々
    • 4.4 パソコン通信
    • 4.5 MSX3
  • 5 イメージキャラクター
  • 6 日本国外のMSX
    • 6.1 MSXと冷戦
  • 7 周辺機器
    • 7.1 ROM/RAMカートリッジ
    • 7.2 入力機器
    • 7.3 記録装置
    • 7.4 拡張音源
    • 7.5 MIDIインターフェイス
    • 7.6 プリンター
    • 7.7 パソコン通信用
    • 7.8 その他の周辺機器
  • 8 MSXを利用したシステム等
  • 9 関連メディア
    • 9.1 専門誌
    • 9.2 ディスクマガジン
  • 10 参考資料
  • 11 脚注
    • 11.1 注釈
    • 11.2 出典
  • 12 関連項目
  • 13 外部リンク
    • 13.1 公式
    • 13.2 資料
    • 13.3 1チップMSX
    • 13.4 その他

MSXの規格

一連のMSX規格には以下が存在する。

また上記の規格を元にした以下のMSX動作環境も存在する。開発年順に記す。

賛同メーカー

MSXに賛同したメーカーには「メーカーコード」と呼ばれるIDが割り振られていた。メーカーコードを付与され1980年代から1990年代にかけてハードを製造した企業を以下にメーカーコード順に記す。

【ID】
【メーカー名】
【ブランド名】
【MSX1】
【MSX2】
【MSX2+】
【MSX
turboR】
備考
0 |  アスキー |  |  |  |  |  | 規格提唱企業
1 |  マイクロソフト |  |  |  |  | 
2 |  キヤノン |  | ● | ● |  |  | 
3 |  カシオ計算機 |  | ● |  |  |  | PV-7やPV-16など低価格のMSX1を投入した。
4 |  富士通 | FM-X | ● |  |  |  | FM-7に注力するため、MSXは1機種を発売したのみで早期に撤退した。
5 |  ゼネラル | PAXON | ● |  |  |  | 後の富士通ゼネラル。
6 |  日立製作所 |  | ● | ● |  |  | 
7 |  京セラ |  | ● |  |  |  | YASHICAブランドで販売、輸出のみ。
8 |  松下電器産業 | キングコング(初期)
A1(後期) | ● | ● | ● | ● | 後のパナソニック。ナショナル(初期の国内向け)・パナソニック(海外向け・後期の国内向け)ブランドで販売、また河合楽器がKAWAIブランドでOEM機を販売(おもに「ニコルの森」の教材として)した。
9 |  三菱電機 | MSX:Let us(一部機種のみ)
MSX2:Melbrain's | ● | ● |  |  | 
10 |  NEC |  |  |  |  |  | 1983年6月27日の規格発表会にのみ参加し、「規格に賛同はするが参加はしない」と発言。
11 |  ヤマハ | YIS(AV機器ブランド)
CX(楽器ブランド) | ● | ● |  |  | YAMAHAブランドで販売。1987年に日本楽器製造からヤマハに社名変更。
12 |  日本ビクター | io(一部機種のみ) | ● | ● |  |  | 後のJVCケンウッド。VictorまたはJVCブランドで販売。
13 |  フィリップス |  | ● | ● |  |  | 主に欧州市場で販売。
14 |  パイオニア | Palcom | ● |  |  |  | レーザーディスクプレーヤー制御システムとして発売。
15 |  三洋電機 | WAVY | ● | ● | ● |  | SANYOブランドで販売。三洋電機本体の直轄となる以前は、コンピュータ事業はグループ会社の三洋電機ビジネス機器・三洋電機特機の管掌であり、MSX1には三洋電機特機名義のものが存在する。
16 |  シャープ |  |  |  |  |  | 規格に賛同するもハードを発売せず。ブラジル支社が販売した際には、日本本社とは別にメーカーコードを取得している。
17 |  ソニー | HiTBiT | ● | ● | ● |  | 
18 |  Spectravideo |  | ● |  |  |  | 1981年設立、1988年倒産。初代MSX規格の策定前から、ほぼ同じ構成のSV-328というパソコンを販売していた。
19 |  東芝 | パソピアIQ | ● | ● |  |  | 
20 |  ミツミ電機 |  |  |  |  |  | ミツミ本体からの発売はないが、ヤマハやビクターなどにOEM供給を行う形でハードを製造した。
21 |  Telematica | Talent | ● | ● |  |  | スペインではDynadata社が、イタリアではFenner社が輸入販売。
22 |  Gradiente | Expert | ● |  |  |  | 
23 |  SHARP do Brasil | HOTBIT | ● |  |  |  | シャープのブラジル現地法人であるシャープ・ド・ブラジルと現地子会社のEPCOMが販売。
24 |  金星電子 |  | ● |  |  |  | 後のLGエレクトロニクス。Goldstarブランドで販売。搭載BASICは英語版。
25 |  大宇電子 | 大宇ポスコム(パソコン)
Zemmix(ゲーム機) | ● | ● |  |  | Daewooブランドで販売。ゲーム機として発売されたZemmixの最終形態であるZemmix Turboは、VDPにV9958を積んでいて一部のMSX2+ソフトが動作する。イタリアではYENO社・Perfect社が輸入販売。
26 |  三星電子 | 三星ポスコム | ● |  |  |  | サムスンの独自規格であるSPC-1000と並行販売。イタリアではFenner社が輸入販売。
備考

歴史

1980年代

1980年代初頭、日本国内におけるホビーユースのパーソナルコンピューター(ホビーパソコン)では主にマイクロソフト社のBASICインタープリタROMで組み込まれ、システムの中心を担っていた。しかし、ハードウェアの設計は同じプロセッサを用いても各々のシステムは大きく異なり、BASICレベルの互換性も、二次記憶装置の取り扱いやフォーマット・ハードウェアの仕様、性能の差異や拡張によって独自の変更が加えられ、俗にBASICの「方言」と呼ばれる非互換の部分が存在し、機種ごとにアプリケーションは作成・販売されていた。

当時マイクロソフトの極東担当副社長であり、アスキーの副社長だった西和彦は大半の機種の開発に関わっていたことから、多くのメーカーと繋がりがあった。そのため、日本電気 (NEC)シャープ富士通パソコン御三家に対して出遅れた家電メーカーの大同団結を背景として、西が主導権を握る形でMSX規格は考案され、1983年6月27日に発表された。ハードウェア規格はスペクトラビデオ社の「SV-318」と「SV-328」が参考にされている。当初、マイクロソフト社長(当時)のビル・ゲイツは「ソフトウェアに専念すべき」との考えからMSX規格には反対だったが、西に説得される形で承認。「MSX」の名称は発売当時マイクロソフトの商標だったが、1986年のアスキーとの提携解消の折に著作権をマイクロソフト、商標権(販売権)をアスキーが所有することになった。

MSXの発表会には参入家電メーカー以外にも家庭用パソコン市場に参入した経験を持つ企業、または参入を計画していた企業が参加した。しかし、参入メーカー各社の足並みを揃えるため1984年に発売時期を調整している間に、任天堂ファミリーコンピュータやセガ(後のセガゲームス)SC-3000等の競合機種が発売され、苦戦が予想された。また、当時国内パソコン市場シェア1位のNECは発売せず、シャープも海外でのみ発売するに留まった。FM-Xを発売した富士通も「自社の製品と競合する」といった理由でMSX市場からは短期間で撤退。そのため、MSX規格は「弱者連合」などと揶揄された。

発売は当初予定より前倒しされ、主要家電メーカーの製品は1983年の秋から年末までに出揃った。アスキーは当初「1年間で70万台の出荷」という強気な目標値を掲げ、目標は達成できなかったものの、発売から2年強が経過した1986年1月にはMSXシリーズの総出荷台数が100万台を突破した。当時、国内メーカー製の8ビットパソコン市場で大きなシェアを有していたNECのPC-8801シリーズが累計100万台キャンペーンを企画していたが、台数的に達成出来ず結果として実現しておらず、当時としてはMSXは“日本製で最も売れた8ビットパソコン”として位置づけられる。その後も1988年の年末年始商戦だけで、FDD内蔵型のMSX2(ソニーのHB-F1XDとパナソニックのFS-A1F)が22万台を売り上げを記録した。

MSXは単なるパソコンとしてのみならず、当時の大人のマニア向けゲームハードという側面をもつ。時には家電品として、時には楽器として、時には当時の「ニューメディア」として分類される。それは、MSXが松下電器や日本ビクターなどのように家電品のルートで販売されたり、ヤマハや河合楽器などの楽器店のルートで販売されたり、フィリップスやNTTのキャプテンシステムのようにニューメディアと位置づけて販売されたり、主にゲーム機として利用された事情による。

そしてMSX参入各社は、他社製品と差別化を図るべくワープロや動画編集など様々な機能を付加したMSXパソコンを発売した。しかし大部分の購入者はMSXを単なるゲーム機としか見ておらず、高機能・高価格な機種よりも低機能・低価格な機種を購入したため、参入各社間で価格競争が勃発。また他機種のパソコンとの競争も熾烈であり、MSX2が発売された1980年代後半には16ビットや32ビットCPUを採用した、より高性能な他機種の次世代パソコンや家庭用ゲーム機との販売競争に晒されたこともあり、元々参入が少なかった国外メーカーはMSX2で大半が撤退、次の規格であるMSX2+の対応機種を発売したのは日本のメーカー三社のみで、ほぼ日本専用の規格となってしまった。

1980年代のオランダではMSXは、コモドール社のコモドール64シンクレア社のZX Spectrumを抑え、最も人気のあるコンピューターだった。また、欧州以外でも南米諸国や東アジア諸国、アラブ諸国、アメリカ合衆国で発売された。

1990年代

1990年には販売台数が全世界累計で400万台を突破。各MSX専門誌には「夢を乗せてMSX 400万台」のキャッチコピーが躍った。

しかし、この頃よりMSXを取り巻く環境は急速に悪化していき、1990年10月には16ビットCPUを搭載した新規格のMSXturboRがリリースされたものの、参入メーカーは松下電器1社のみとなった。同社の機種は好調なセールスを記録し、翌1991年末にも新機種を投入したが、サードパーティーによるMSX向け商品のリリース数は減少傾向にあり、MSX専門誌は休刊や廃刊が相次ぎ、『MSX・FAN』 (徳間書店インターメディア) のみが形態を変えて細々と発刊を続けた。

松下電器は1994年に家庭用ゲーム機3DO REALとIBM PC/AT互換機WOODYを発売。MSXの開発部隊は、大半が3DOの開発に移行した。同年に最後のMSX規格対応パソコンである「FS-A1GT」の生産を終了し、翌1995年には出荷も終了した。これをもって日本でのMSX規格は終焉したと世間一般では解釈されている。

この時期にはMicrosoft Windows 95が登場し、PC市場を拡大してデファクトスタンダードとなりつつあった。MSX以外にもX68000FM TOWNSといった日本独自規格のPCが姿を消して行き、日本のPC市場はWindows95が動作するPC/AT互換機およびPC-98またはその互換機か、あるいはMacintoshへと集約されていき、その一方でMSXのコアユーザーによるハード製作などの活動が活発に行われるようになった。有志が東京、大阪、名古屋、福岡、札幌、倉敷でイベントや集いを開催したり、パソコン通信上などでは多数のフリーウェアが公開されたりした。特に漫画家の青井泰研(後に青井大地に改名)が東京で開催したイベント「MSXフェスタ」には、日本各地だけでなく海外からのユーザーも集まった。この他にもMSX復活プロジェクト(MFP)がハードディスクインターフェイスを開発するなど、最もMSXの同人の活動が盛んだったのもこの時期である。だが最終的には、それらコアユーザーの多くもWindowsなど別の環境へ移行する結果になっている。

2000年代以降

ワンチップMSX

1990年代末期から顕著になったMSXコアユーザーや同人サークルによるMSX離れは、JavaやFlashなど自由度の高い環境の登場により拍車がかかっていた。その一方MSXを使い続けるユーザーも少なからず存在したが、MSXの製造・サポートの中止かつハードウェアの老朽化による消滅問題を抱え、解決策にエミュレーターやFPGAなどが用いられた。

2000年8月20日、東京・秋葉原のヒロセ無線本社ビル5Fにて「MSX電遊ランド2000」が開催され、そのイベント中で西がMSXの復活計画を発表する。2002年には商標システムソフトウェアなどの管理を行う任意団体「MSXアソシエーション」が発足し、公式エミュレーターMSXPLAYer」も公開された。後に従来多数のチップで構成されていたMSXの機能をひとつのチップに集積した「1chipMSX」が製品化されている。

2007年、MSXの商標権は西和彦と共に『株式会社MSXライセンシングコーポレーション』へ移る。日本での商標登録番号は第2709130号ほか。

GR8BITキット

2011年、ロシアのAGE Labsがコンピューターの学習を目的としたGR8BITというMSXキットの発売を発表。価格はUS$499(369ユーロ)。また、日本の株式会社H&SがこのGR8BITを輸入販売すると発表し、価格は2012年3月末まで4万2千5百円、以降は5万3000円(送料/税/手数料別)で販売していたが、2015年にはドメインが失効しており、国内での販売はされて居ない。

Windowsやマッキントッシュのほか、PSPニンテンドーDSゲームボーイアドバンスといった携帯型ゲーム機や、JavaPocket PCWiiなど様々なプラットフォームにMSXエミュレーターは作製されている他、当時のゲームソフトウェアの実行環境として商業ベースでも実装されている。

バーチャルコンソール上のMSX

2006年、Wiiの価格発表の場で、旧来のゲームマシン・パソコンで供給されていたゲームソフトをインターネット上からダウンロード販売する「バーチャルコンソール」へのMSXソフトの投入が発表された。i-revoなどで多くのMSXゲームの復刻実績を有するD4エンタープライズが参入したことによって実現した。詳細は「バーチャルコンソール」、i-revoD4エンタープライズの各項目を参照。

チップチューンブームとMSX

PSG音源、AY-3-8910A

2000年代の別の動向として、日本でもチップチューン(ゲームボーイファミリーコンピュータ等による音楽演奏)ブームが起こった。それに伴いMSXによる音楽活動も比較的少数ではあるが再活発化した。かつて1980年代後半から1990年代前半頃に、MSXを扱う雑誌の投稿コーナーやパソコン通信のフォーラムで、その後のチップチューンに相当する音楽が発表されていた時期があった。しかし発表環境の衰退や消滅により、同ブームまでの間は一時停滞していた。

またエミュレータや1チップMSXの登場により、PSG・FM音源・SCC互換音源、さらにMSX-AUDIOや2個のSCC音源を同時発声させた音楽が昔に比べ多く発表されるようになった。

MSXの特徴

MSXは「子供に買い与えられる安価なパーソナルコンピューター」「コンピューターの学習に繋げられるコンピューターの入門機」として 設計された。「家庭で利用しやすいホームコンピュータ」として、下記のような特徴を持っている。

まず一般家庭への普及を目指すため、コンポジット映像入力対応のテレビが少なかった当時、標準の構成で家庭用テレビRF出力が可能で、専用モニターを必要としないことは低価格でパソコンの使用環境を構築するのに有意だった。これは他の低価格帯の入門機にも見られた実装で、文字の滲みや解像度の低さなどのデメリットも存在したが、データレコーダーなどを含め民生機器の流用によってシステム全体のコストを引き下げることを可能にした。

また、当時の一般的なホビー用パソコンと同様にBASICインタープリタ(MSX-BASIC)を搭載、さらに標準装備ではないもののMSX-DOSと呼ばれるCP/Mシステムコール互換OSも供給され、既存のCP/Mアプリケーションの多くがファイルシステムをコンバートすることによりほぼそのまま動作した。これによって、CP/M環境で整備された豊富な開発環境を利用したアセンブリ言語や、C言語PascalCOBOLFORTRANの各種言語の習得や開発の学習のみならず、欧文ワープロ表計算の実務アプリケーションの実行も可能な物だった。

このようにMSXは位置づけこそ入門機であるものの、単に子供に買い与えゲームやBASICで遊ばせる「入門機」としての側面のみではなく、その後必要に応じてシステムを拡張し本格的なコンピューター(ソフトウェア)の学習にも繋げて行くことが可能な、総合的なホームコンピューターとして設計されている。

ただし汎用性と互換性を重視した実装は、同時期のZ80をコアに据えたシステムと比較すると結果的に複雑なものとなり、ハードウェアリソースに対するアクセスは煩雑なものとなっている。これらは互換性や設計の柔軟さに寄与する反面、スロットの実装にともなうウェイトの挿入やBIOSを経由する等のオーバーヘッドは、Z80の3.579545MHzというCPUの速度に重くのしかかり、パフォーマンスを落とす一つの要素でもあった。

本格的なコンピュータを指向する反面、後述するように参入しやすいよう安価に製造できる設定された基本仕様は同時期のコンピュータとしては発表当時としてもローエンドに位置し、MSX1の時点では半角文字の80カラム(1行80桁)表示も不可能だった。また、漢字ROMの仕様はあったものの標準搭載機はごく限られており、漢字の表示に関しても当初は統一仕様が存在しなかった。さらにはフロッピーディスクドライブ(以下FDD)、機種によってはプリンターインターフェースさえもオプション設定で、システムの設計に反して本格的なコンピュータと認識されることは少なかった。以上のような基本性能の低さやオプション品の価格などによって、MSX-DOS(CP/M)マシンとして、選択されることは多くなかった。最大解像度そのものが低いこともあり、高解像度の画面で長時間使用する際に最低限必要となるRGB出力端子を搭載している機種も少なく、表現力の面でも汎用性を割り切ってゲーム専用に新規で設計された回路で構成されたファミリーコンピュータと比較すると劣っていた。これらのことから、日本国内ではもっぱら「中途半端な子供の玩具」として受け取られていた点は否めない。

この評価はのちに、表現力を増し、FDDを搭載していれば最低仕様のままでMSX-DOSの動作も可能となるMSX2の登場によって、一時的には解消されることとなる。しかし、その後MSX2の市場は熾烈な低価格化競争に突入し、安価な一体型MSX2マシンが普及したため、最終的に「子供向け」「ゲームマシン」との見方を返上するには至らなかった。

技術的な特徴

後述するような仕組みによって、メーカーを越えてハードウェア・ソフトウェア資産が利用できる統一規格であるということが特徴として挙げられる。今でいうところのオープンアーキテクチャのはしりである。これは単にCPU、VDP、メモリーマップ、I/Oマップ等のハードウェア仕様を規定するレベルに留まらず、基本的にハードウェアへの直接アクセスを禁じ、システム(BASICおよびDOS)と密接に連携したBIOSレベルでそれらが整備されることで互換性を実現している。VDPについては処理速度を得るため、システムROMの特定のアドレスに書かれている値からI/Oアドレスを確認の上、直接制御することを正式に認めている。

スロット

互換性を維持しながらフレキシブルな実装を可能にするため、MSXではZ80のメモリ空間を拡張したスロットと呼ばれる仕組みが設けられた。

MSXには標準で4つのプライマリスロットがあり、それぞれを更に4つのセカンダリスロットに拡張が可能だった。これにより理論上は最大で16個のスロットを有しそれぞれにZ80のアドレス空間が配され、都合、64KiB×16スロット=1MiBのアドレス空間が設定されている。基本的にその空間に対し、ROM、RAM、I/Oを等価にリソースとして割り当てることになっている。このアドレス空間は、16KiBごとに区切られた「ページ」と呼ばれる領域ごとに任意に切り替えが可能である。

Z80のシステムでありながら、基本的にI/Oアドレス空間は規格で規定されたもの以外直接割り当てられることはなく、ハードウェアとの入出力は、基本的にメモリーマップドI/O方式が推奨された。アクセスの際にはBIOSコールの時点でスロット切り換えによってメモリ空間が切り替えられ、同時にハードウェアへの割り当てリソースも変更されることで競合は回避された。内蔵デバイスなど直接本体に実装されているものは例外があるものの、複数の同一ハードウェアの接続などでの競合に対応するため、I/Oアドレスを割り当てる場合でもあらかじめ初期化処理によってI/O空間に割り当てる処理が必要になっている。

接続される機器は、BASICやOSの収められたシステムROM、ゲーム等のROMカートリッジ、メインメモリなどのRAM、そして各社の独自拡張による周辺機器(ハードウェア)もスロットに接続されBIOSコールを用いて管理される。周辺機器には基本的に拡張BIOSが付随し、起動時に初期化ルーチンが呼び出されることで割り込みベクタがワークエリアに登録され、システムに自動的に組み込まれる。さらに、システムの起動後もハードウェアへのアクセスは拡張BIOSを介して行われる仕組みが整えられており、ユーザーがドライバーの組み込みや設定等の作業を行う必要は無かった。

これら互換性をBIOSレベルでのみ保証することによって、実際のハードウェア的な実装は各メーカーに一任され、多様化や低コスト化を可能とした他、プラグ&インストール&プレイではなく文字通りのプラグ&プレイを実現していた。

物理的な拡張手段として、スロット機構に接続するコネクターが最低1基装備された。このコネクタはスロットに対して接続される機器であり、前述の通りゲームソフトやハードウェアも等価に接続され、多くの機種では差しこみ口が筐体上面や前面などに配置されていたため、他の多くのシステムのように、背面の拡張スロットで挿抜したり筐体を開けることなく手軽に増設機器の差し替えができた。ただし、電源投入時の着脱防止機構やホットプラグは規格としては用意されていない。なお、着脱時に電源を切る機構は一部機種にあり、カートリッジが正常に装着されるとこの機構がキャンセルされ電源が入る。

安価な価格を実現するため、二次記憶装置がオプションの本体も多く、「ファミコン」等の当時一般的だったゲーム機と同様にカートリッジによるソフトウェアの供給も行われた。

上記のように、スロットの仕組みは柔軟な運用や設計を可能にしたものの、「ページ間のアドレス空間の移動や再マッピングができない」「1つのスロットに4ページ64KiBを越える空間を配置できない」といった、Z80に由来するメモリー空間・アドレッシングに依存した制約が存在する。特にワークエリアとスタックが置かれるページ3の切り替えには若干の困難が伴い、単純にRAMページをスロットに増設するだけでは増設されたメモリーの有効な活用がやや煩雑なものとならざるを得ないという事情があった。これを改善するため、MSX2規格制定時にRAMページの拡張を行う“メモリーマッパー”が拡張規格として追加された。このメモリーマッパーを用いることで、ページの割り当てに対する制限を軽減することが出来た。また、後に登場したメガROMの一部にもメモリーマッパー規格を応用し、酷似した仕様でROM空間の切り替えや拡張を行う製品が登場した。ただし、これらは市販アプリケーション若しくはZ80バイナリによって直接実行するソフトに限られた話で、MSX-BASICではメモリ空間を前半にROM、後半にRAMに固定で割り当てその末尾に拡張用のワークエリア、フックなどを配置していることもあり、これらのメモリをユーザーエリアとして有効活用する仕組みが無く、RAMDISKなどの形で活用するようになっている。

なお、プライマリ/セカンダリスロットは基本的には同等とされ、多くの機器はどのスロットに挿入しても規格の上では変わらず動作する。ただし、セカンダリスロットは再帰的な拡張を想定していないため、セカンダリスロット拡張を行う機器は、セカンダリスロットへの接続が出来ない。見かけは一つのカートリッジであっても、複数のデバイスを収めるために内部的にスロット拡張をしていたμ・PACKやMSX-DOS2カートリッジ、拡張スロットなどの周辺機器がこの制限にあたり、プライマリスロットへの挿入以外では動作しなかった。

また、この柔軟性ゆえに、ハードウェアの構成は固定されていることは規格として規定されたもの以外は期待できず、初期化・認識処理はスロットを検索する必要があるというオーバーヘッドを伴うものとなっている。一部アプリケーションなどでは、特定の構成を期待したコードになっているためMSX2で動作しなくなったり、実際には接続されているにもかかわらず、その拡張機器を認識できないなどの非互換性につながっている。また、FDD等の「同じ種類」のハードウェアであっても、スタック領域やワークエリアなど、実装の違いから特定条件で動作しないなどの現象が発生することもあった。

その他

MSXには安価で広範なメーカーが参入できるという目標があり、「本体が5万円台で買えて、一般家庭に普通にある機器とつなげばシステムとして完成できる」ことが必須だったとされる。このことからMSX1ではその構成に専用品を用いず、その時点で市場に供給されていた利用実績の豊富な既存の汎用半導体製品を採用している。これは堅実ではあるものの、仕様としては平凡なものとなった。また、当時の主だったパソコンが高解像度化を求められていた中にあって、最大でも256×192ドットの解像度だったことと合わせて「先進的でない」と批判する意見もあった。

日本向けのMSXではPC-6000シリーズに近似したキャラクターコードを採用しており、特定の漢字(日月火水木金土・大中小・年時分秒・百千万円)が罫線などと共に記号として定義されているほか、カタカナだけではなくひらがなも標準で定義されていた。これらのコードは海外向けMSXではアクセント記号付きアルファベットとなっていた。尚、MSXで半角ひらがなに割り当てられていたコード領域は、現在のSHIFT JISコードで使用されている。

他にもテキストフォントをROMとして固定していないため、テキスト画面をPCGとして利用することが可能になっている。SCREEN0,1,2,4では全ての文字形状をユーザーが自由に定義して使うことが出来る。BASICにコマンドは無いものの、SCREEN1・2・4ではVDPの設定を直接変更することによって、形状のみではなく1ライン当たり2色のカラー指定したフォントも利用可能である。

その他のコネクタ類としては、主にジョイパッドマウスの接続用にアタリAtari 2600相当の9ピンコネクターが2ボタン仕様に拡張されて定義された。また、オプションでセントロニクス仕様の14ピンプリンターインターフェースも搭載された。汎用的な仕様のコネクタを採用したことは、のちに電子工作の接続・制御用途として重宝された。上記のスロットコネクターに関しては、電子部品を扱う店で電子工作用の汎用基板が入手できた。

キーボード配列にはJIS配列と50音順配列(かな配列)の両方が規格にあり、ワークエリアの設定で選択することもできた。なおキーボードはパラレル入力で、同時押しもできたが規格の上では、いくつかの特定の組み合わせを除いて、3つ以上のキーが同時に押下された場合の入力の整合性は保証されていない。また、セパレートタイプキーボードは定義されていないためコネクタ等は機種によって異なり流用などは困難である。

MSXに関するトピックス

MSXの名称の由来

マイクロソフト説
西が1984年に語ったところによれば、由来はMicroSoft eXの略とされる。Xには「eXchangeable」「eXpandable」「eXtended」などの意味が含有され、また日本語訳のときにXは拡張性が無限に広がるという意味もこめて未知数のXであるとされている。後年のDirectXActiveXXboxWindows XPXNAなど、マイクロソフトの「X好き」はこの頃から現れていると指摘する声もある​。
松下とソニー説(MSX販売当時)
MSX2+以降、参入メーカーが松下電器産業(後のパナソニック)ソニー三洋電機と、頭文字が軒並みMとSだったことから、そのうちの代表格と言えるメーカーから「Matsushita(松下)・Sony(ソニー)・Xの略では?」などと、当時のユーザーや雑誌編集者が冗談混じりに語ることもあった(三洋電機も略称内に含めることもあった)。この冗談は、統一規格を謳いながらも限られた会社からしかハードが発売されなくなってしまった状況の変化を皮肉ったものだった。
同様の説を冗談だと断った上で、単に家電メーカーの代表格が松下電器産業とソニーであるという趣旨で紹介した書籍もある。
松下とソニー説(規格発表以前)
主に後年になって語られるようになったものとして、規格構想時は確かに「松下とソニーのMSX」であり、それが後に建前上の理由から「MicroSoftX」に変化した、との説も存在する。書籍により語られるようになった後、当事者が当時を振り返っての公演・発言をする際に同様の趣旨の内容が言われるようになった。
曰く、MSXの初期の構想時にはマイクロソフトは関与しておらず、西和彦と、規格の推進役かつ後ろ盾だった松下電器産業(後のパナソニック)の前田一泰のイニシャルから、当初はMNXと呼ばれていた。だがこの名称は既に商標登録されていたため、ソニーが話に加わったことでMSXと改まった。しかし日本のメーカーが提唱する規格にアメリカのMicrosoftが関与するという点に通商産業省からクレームがついたことで、松下電器産業とソニーは前面に立つわけにいかなかったため、名称はそのままに、「マイクロソフトのMSX」と説明したという経緯とされる。
このことは書籍 に初めて書かれた後、規格発表当初はマイクロソフトから取ったと語った西和彦も同様に語るようになった。2000年のイベント「電遊ランド2000」の講演会で、この説について質問された際も「そう受け取っても構わない」と答えたという。翌2001年の「電遊ランド2001」での前田一泰の講演でも、同様の趣旨の発言がされている。
候補に上がった名称
規格発表以前の段階では、MSXや前述のMNXの他に、西和彦の名からNSX、アスキーから取られたASXなどが候補に上り、商標登録された。

MSXロゴマーク

キヤノンV-20。
右下隅にMSXのロゴマークが見える。

MSX仕様に準拠したハードウェアとソフトウェアにはMSXのロゴマークが付与された。このMSXマークで「MSXで動く」と分かるように、ホームビデオのVHSを参考に発案・デザインされた。以後、MSX2、MSX2+、MSXturboRとMSXがバージョンアップする度にロゴは作られ、MSX2からは起動画面にMSXロゴが表示されるようになった。公式MSXエミュレーターの「MSXPLAYer」でもMSXのロゴは踏襲された。デザインは全て西が元になるアイデアを出している。

このロゴマークのついたMSX仕様のソフトウェアを発売する際にロイヤルティーは不要。これはMSX発表当時、対抗規格を打ち出して来た日本ソフトバンク(後のソフトバンク)の ・・・・・・・・・・・・・・・・・・

出典:wikipedia
2019/08/25 16:19

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