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Microsoft_Windows_3.xとは?

【Windows 3.x】

Microsoft Windows ファミリー

【開発者】

マイクロソフト
【リリース情報】

【リリース日】
1990年5月22日
【最新安定版】
日本語版:3.1(1993年5月)
英語版:3.11(1993年12月)
【ソースモデル】
クローズドソース
ライセンス
Microsoft EULA
カーネル型 (3.0) なし / (3.1) ?
【先行品】
Windows 2.x
【サポート状態】

サポート終了:2001年12月31日(米国日時)
ライセンス発行終了:2008年11月1日(米国日時)
MS-Windows 3.1 セットアップディスク

Microsoft Windows 3.x(マイクロソフト ウィンドウズ 3.x)は、MS-DOSを拡張する16ビットオペレーティング環境(Operating Environment:)。主なバージョンとして1990年に発売された「Windows 3.0」と、1991年に発売された改良版「Windows 3.1」がある。

その他、マルチメディアに対応した「Windows 3.0 with Multimedia Extensions (Windows MME)」を一部機種で展開するなど、幾度かのマイナーバージョンアップが行われている。英語版ではネットワークをサポートする「Windows for Workgroup(Windows3.1ベース)」も発売されている。また追加モジュールとして32ビットアプリケーションを動作させるための「Win32s」、画像表示を高速化するための「WinG」、AVI形式の動画を再生するための「Video for Windows」、LANに接続するための「LAN Manager」、インターネットやメールをするための「Internet Explorer(16ビット版)」がある。

MS-DOS環境から起動させるため、事前にMS-DOSシステムをコンピュータ上で動作させておく必要がある。しかし、Windows 3.1以前はMS-DOSの拡張製品としてそれぞれが別々に販売されたため、MS-DOSは別途購入する必要がある。

機能

Windows 2.x (Windows 2.11, Windows/386 2.11) の後継となるWindows 3.0は、ユーザーインターフェイスの大幅な改良とIntel 8028680386プロセッサのメモリ管理機能を有効活用する技術的な改善が行われた。

グラフィカルユーザインタフェース (GUI) 機能を持ち複数のタスクを同時実行できるマルチタスクが可能なことが利点であった。しかし、1つのWindowsプログラムCPUを占有してしまいほかのプログラムが止まってしまうこともあった(ノンプリエンプティブ)。Windows/386ではMS-DOS用のテキストモードプログラムは全画面を占有し、ショートカットキーで画面を切り替える仕様となっていたが、Windows 3.0ではウィンドウ内で動作させることができ、旧来のプログラムも擬似マルチタスクとして利用できるようになった。しかし、家庭向け市場では多くのゲームやエンターテイメントソフトがMS-DOSへの直接アクセスを必要としていたため、あまり恩恵を受けられなかった。

Windows 2.xはメニューウィンドウ枠での非常に限られた色しか使うことができなかったが、Windows 3.xのアイコンやグラフィックはEGAVGAモードで16色を完全にサポート。256色VGAモードやMCGAモードが初めてサポートされた。また、ディスプレイ出力に使用するカラーパレットはディスプレイドライバが管理し、アプリケーション毎には論理的なカラーパレットが用意されたことで、アプリケーション側はカラーパレットの状態や制限を気にする必要がなくなった。

MS-DOSウィンドウ(ファイルマネージャ・プログラムランチャー機能)は、アイコンベースの「プログラムマネージャ」と一覧ベースの「ファイルマネージャ」に置き換えられた。前バージョンではアプレットとなっていた「コントロールパネル」はアップルClassic Mac OSと類似のものに作り替えられた。

いくつか簡単なアプリケーションも同梱された。テキストエディタのメモ帳、文書作成ソフトのライト(後のワードパッド)、一連のキー操作やマウス操作をマクロとして記録して後で実行できる「レコーダー」、ペイント電卓など。ゲームはWindows 3.0ではリバーシに加えてソリティアが搭載された、Windows 3.1ではソリティア・マインスイーパが付属。

Windows 3.0に搭載されたプロテクトモードやエンハンスドモードはDOSアプリケーションで行われていた方法より簡単に、より多くのメモリをWindowsアプリケーションで使えるようになった。Windows 3.0ではリアルモード(8086相当CPUの機能を利用)、スタンダードモード(80286相当CPUの機能を利用)、386エンハンスドモード(i386相当CPUの機能を利用)があり、通常は自動で適切なモードを選択するが、/r(リアルモード)、/s(「スタンダード」286プロテクトモード)、/3(386エンハンスドプロテクトモード)といったスイッチを使って特定のモードで起動することもできた。386エンハンスドモードではやや動作が重くなり、実用的には486以上のマシンパワーを必要とした。

プロテクトモードの恩恵

WindowsはWindows 3.0のスタンダードモードおよびエンハンスドモードからプロテクトモードが本格的にサポートされた。

厳密には、WindowsはWindows/386からプロテクトモードを利用しているが、このバージョンでは内部的に80386で導入された機能をプロテクトモードで使用し、アプリケーションには仮想86モードを提供するというものであり、EMS対応MS-DOSアプリケーションと同様に実行プログラムを数百KBという限られたスペースに収まるよう作る必要があった。またEMSはバンク切り替えがあるため、その切り替え作業にかかる時間だけ低速になる。特に大規模なアプリケーションはほぼ常時バンク切り替えを繰り返すために低速だった。これがWindows 3.xのスタンダードモードとエンハンスドモードは、Windowsの大半のモジュールがプロテクトモードで動作する16ビットのコードで構成され、アプリケーション(WIN16アプリケーション)もプロテクトモードで動作する16ビットのコードで構成されるように変更された。さらにエンハンスドモードでは、80386で導入されたメモリ管理機能をプロテクトモードで動作するシステムのコードに実装し、IA-32のページングを利用した仮想記憶もサポートし、実メモリ以上のメモリをアプリケーションが確保できるようになった。また Windows 用のデバイスドライバとして、80386で導入された機能をプロテクトモードで活用した VxD デバイスドライバもサポートされた。従来のWindowsは常にメモリが不足気味だったが、3.0からのプロテクトモードをサポートした結果、Windows自身とそのアプリケーションは、(コンベンショナルメモリ)+(EMS)よりも高速で大量のメモリを使用可能なプロテクトメモリを利用可能になった。そのため、MS-DOSではメモリ不足から実現不可能だった大型アプリケーションも、Windows用に開発されるようになった。

ユーザーインターフェイス

GUIはマイクロソフトがIBMと共同開発していたOS/2 1.2のプレゼンテーション・マネージャと類似の外観をしている。ウィンドウのメニューバーとパネル本体という構成やダイアログボックスなど、IBMが提唱したSystems Application ArchitectureCommon User Access (CUA) におおむね準拠している。しかし、シフトキーとマウスを組み合わせた操作はCUAでの規定に反しており完全準拠ではない。このデザインはアップルより同社が開発したClassic Mac OSのルック・アンド・フィールを盗用したとしてWindows 2.xとともに著作権侵害が指摘されたが、裁判ではアップルの訴えは退けられ、後に両者は和解した(詳細はWindows 2.0#アップルとの法的抗争を参照)。

ウィンドウ
一番右上(タイトルバーの右端)のボタン[▲]は最大化(全画面表示)のボタンで、既に最大化している場合はウィンドウ表示に戻すボタン(上下に▲と▼が並んだ[◆]状のボタン)が表示される。その隣のボタン[▼]は最小化(タスクアイコン化)のボタンである。Windows 95以降でのウインドウを閉じる[×]に相当するボタンは存在しない。終了はタイトルバー左上の[-]ボタン(コントロールメニューボックス)やメニューバーからのプルダウンメニューから行えるが、左上の[-]そのものをダブルクリックすることでも終了する。MS-DOSボックスの場合はメニューバーやタイトルバーから終了させることはできず、コマンドプロンプトでEXITと入力する必要がある。また、エンハンストモードであればControl-Alt-Deleteでアクティブなウィンドウの強制終了が行える。
ポインティング
当時はまだマウスは推奨であって必須ではなかった。セットアップ時にマウス無し(使用しない)を選択することもでき、Windowsの主要システム自体はキーボードだけでも操作できるようになっていた。ただし実際にはGUIである以上はマウス前提で作られたアプリケーションが少なくなく、Windows 95以降はマウスが必須になっている。
なお右クリックによる操作はアプリケーション側で対応している場合にのみ有効であり、Windowsを操作する上では特別な意味合いを持っていなかった。Windows標準付属のアプリケーションとしてはペイントブラシマインスイーパが右クリックを活用できる。
シェル
Windows 3.xで標準のシェルは後述のプログラムマネージャというメニューソフトに相当する機能を持つプログラムランチャーだった。また、設定を変更することにより、ファイルマネージャやそれ以外(コマンドプロンプトやNorton Desktopなどのサードパーティー製シェルソフトなど)の特定のアプリケーションをシェルに指定することも可能である。
なお、プログラムマネージャ・ファイルマネージャともに、親画面の中で子画面を複数開くことができた (MDI)。
プログラムマネージャ
プログラムの起動は原則としてプログラムマネージャから行う。プログラムマネージャはプログラムを表す「アイコン」およびアイコンを分類する「グループ」を画面に表示するためのプログラムであり、アイコンをダブルクリックすることでプログラムを起動することができた。ただし、プログラムマネージャ上のアイコン(およびグループ)とディスク上のファイル(およびディレクトリ)との間には対応関係が無く、後のエクスプローラーのようにファイルを操作する機能は統合されていない。
ファイルマネージャ
ファイル操作は、Windows 2.x以前のシェルだった「MS-DOSウィンドウ」に似たファイルマネージャというプログラムで行う。ファイルのダブルクリックでプログラムを直接実行することもでき、拡張子によるアプリケーションの関連付けもファイルマネージャ上で行うことができる。Windows 2.xでMS-DOSアプリケーションを実行するにはPIFファイル(情報ファイル)にあらかじめ実行環境を設定する必要があったが、Windows 3.0ではPIFファイルがなくても標準設定で実行するようになった。MS-DOSウィンドウはファイル名が羅列されるだけであったが、ファイルマネージャでは画面左に現在開いているディレクトリの位置を示すディレクトリツリーが表示され、画面右には項目名とその種類を示す小さなアイコンが一覧表示されるようになった。プログラムマネージャやデスクトップのタスク(後述)と違って「大きなアイコン」を表示する機能は無い。また、ファイルの種類毎にアイコンが用意されたWindows 95以降と異なり、ファイルマネージャでは自身の持つ数種類のアイコンしか表示できなかった。
ファイルマネージャには2000年以上の年表示が文字化けするという不具合があったが、後に2000年問題対応版がマイクロソフトから配布された。
デスクトップ
デスクトップの領域には実行中のプログラムを最小化したときのアイコンが表示される。Windows 95以降でのタスクバーに相当する場所であった。Windows 2.xからの変更点として、画像や模様を背景として飾ることができるようになった。デスクトップをダブルクリックするとタスクマネージャに似た画面を呼び出すことができた。

マルチメディア

アップルは1991年6月にQuickTimeを発表、12月には出荷しており、パソコン市場拡大のかげりから新しい分野としてマルチメディアが担がれていた時期であった。

Windows 3.0は当初動画や音声を扱うことができなかった。それらのマルチメディア機能は1991年10月に「Windows 3.0 with Multimedia Extensions」というWindows 3.0の拡張版およびアップグレードキットとしてリリースされた。その後、Windows 3.1では標準でマルチメディア機能が搭載された。

同時に、マイクロソフトや複数のパソコンメーカーによりマルチメディア対応パソコンを認定するため Multimedia PC (MPC) 規格が策定されたが、最初のバージョンにおける最小構成のパソコンでは多くのアプリケーションで力不足であった。日本でも、当時標準でマルチメディア機能を使えるWindowsの存在したPCはFM TOWNS程度だった。

それでもWindows 3.1でマルチメディア機能が標準搭載された利点はあり、FM音源程度しか持たないMPC以前の機種であっても、簡単なMIDIファイル程度のマルチメディアであればOS標準で利用できるようになった。

1992年11月には動画再生をサポートするVideo for Windowsも発表された。当初サポートしていた解像度フレームレートは320x240ピクセル/30fpsと低くかったものの、AVIが再生できるようになり、マルチメディアCD-ROMソフトがWindows 3.1向けに発売されるようになった。マイクロソフトからはVideo for Windowsの発表と同時にエンカルタCinemaniaの2本のCD-ROMソフトが発表された。1995年に入るとGPUの性能競争が一時的に停滞し、代わりに動画の拡大表示を綺麗に行う補間機能といった動画再生支援機能が注目されるようになった。

MPC規格のバージョンアップはPC/AT互換機ではWindowsの環境改善よりもDOSの環境改善としての効果が大きく、結果としてゲームプレイには最低の環境だったPC/AT互換機を一気にPCゲーム標準機まで押し上げることになった。ただしこのことがゲーム環境のWindowsへの移行を遅らせる原因になり、マイクロソフトがWinGDirectXを開発する強い動機となった。

ネットワーク / インターネット

Windows 3.0、3.1では、標準でネットワーク (LAN) 機能自体が搭載されておらず、LAN Manager ClientなどDOSベースのネットワーク機能に頼っていた。LAN Manager ClientはWindows NT ServerのCD-ROMなどに収録され、TCP/IPNetBEUINetWare互換プロトコルなどのプロトコルが使えた。また、Windows for Workgroups (WfW) 3.1はWindows 3.1にWindowsベースでのネットワーク機能を付加するアドオンとして発表、販売された。ただし、この段階ではネットワークプロトコルとしてNetBEUIかNetWare互換プロトコルしか選択できなかった。その後、WfW 3.11が完全なWindows製品として発売され、このWfW3.11向けにTCP/IPプロトコル用ドライバも提供された。

WfWの日本語版は発売されなかったため、日本のユーザーが手軽にネットワークを組むにはWindows 3.1との互換性に乏しく高性能パソコンを要求するWindows NTを購入するか、Windows 95の登場を待つしかなかった。

日本では1994年時点で個人ユーザーにインターネット接続サービスを提供するISPIIJと富士通(InfoWeb、1999年にニフティへ統合)の2社しか存在せず、まだ黎明期にあった。1995年に入るとISPは10社以上になり、インターネットを取り扱った参考書も急増した。しかしWindows 3.1標準ではネットワーク機能は搭載されていないため、市販のInternet CHAMELEON(ネットマネージジャパン、19800円)といったダイヤルアップ接続ツール(ダイヤラーメーラーFTPクライアントなどをまとめたパッケージ)を購入するか、パソコン通信を通じてTrumpet Winsockといったツールを揃えていく必要があった。ウェブブラウザにはNCSA Mosaicやその後に登場してすぐに標準となったNetscape Navigatorが使われた。

Windows 95と同時発売のMicrosoft Plus!に同梱されたウェブブラウザ「Internet Explorer」は1996年4月にWindows 3.1対応の16ビット版が公開され、これにはメーラーのOutlook Express(16ビット版)やダイヤラーなどが添付されていた。インターネットの閲覧やメールの送受信はInternet Explorer添付のダイヤラーを使ったダイヤルアップの他、LAN Manager Clientをインストールしてある場合やWfWではLAN経由でも可能である。ただし、Internet Explorer標準添付のダイヤラーはPC/AT互換機用のため、PC-9800シリーズでダイヤルアップ接続する場合は市販ソフトなどを別途用意する必要があった。

設定ファイル

各プログラムの設定は、それぞれのプログラムが持つiniという拡張子が付けられたファイル、もしくはwin.iniやsystem.iniなどのWindowsのシステムファイルで行っていた。Windowsそのものの設定もwin.iniとsystem.iniで行っていた。これらはテキストファイルであり、標準で付属するシステムエディタ (sysedit) などのテキストエディタで編集を行うことができた。また、設定変更ミスや諸々のトラブルからWindowsが起動しなくなっても、MS-DOS環境からテキストエディタを使ってwin.iniやsystem.iniの中身を修正して復旧することができた。これらの設定内容はマイクロソフトが監修した解説書『Windows 3.1 リソースキット』で公開された。Windows 3.1の登録情報データベース(後のレジストリ)は、ファイルマネージャで開くファイルのフォーマットとアプリケーションとの関連付けやOLE情報に使用されるのみであった。

メモリ容量の最大値

Windows 3.0やWindows 3.1では32ビット386プロテクトモードではなく16ビット286プロテクトモードで動作していたため、標準構成では64KBセグメント・メモリモデルを使用するようになっていた。しかし、32ビットCPUではプログラマーはより大きなメモリポインタにアクセスして、プログラム・セグメントをどんな大きさにも拡張することができた(セグメント・ディスクリプタが24ビットであるため最大サイズは16MBに制限されている)。当時のWindows APIファンクションは16ビットであったため、それらは32ビットポインタを使用できず、コードに32ビット命令を含んでいてもDOSと同様に64KBセグメントでOS呼び出しを行うプログラムコードの一部を配置する必要があった。このため、理論上は4GBのメモリ空間を使用できる386以上のCPUであっても、Windows 3.0は合計16MBのメモリにしかアクセスできない。

Windows 3.1では16MBの制限はなくなり、理論的には最大4GBのメモリを使用できる(現実的な上限は256MB)。ただし、先述のとおり1つのプログラムが使用できるメモリは最大16MBである。

32ビットへの限定的な対応

Windows NTの登場による32ビットOSへの移行を促す意味もあり、Win32sというドライバ/APIがマイクロソフトから供給された。これはWindows 3.1の386エンハンスドモード上で動作する32bitプログラムのためのドライバ/APIであり(WinNTのAPIであるWin32のサブセットなのでWin32s)、これによりアプリケーションをWindows 95やWindows NTと共通の32ビットコードでWindows 3.1に供給することが可能になり、初期の32ビットアプリケーションの開発を多少容易にした。

また、ファイルシステムにおいてはBIOSを介した16ビットディスクアクセスが基本的に用いられていたものの、Windows 3.1の386エンハンスドモードでは常設スワップファイルに対してのみ32ビットでのアクセスが可能となった。さらに、Windows for Workgroups 3.11では完全な32ビットディスクアクセスが実現され、ディスクアクセスを高速化させることを可能にした。

システム要件

Windows 3.0(英語版)の公式なシステム要件は次のようになっている。

Windows 3.0(英語版) システム要件
プロセッサ 8086/8088プロセッサ
物理メモリ 384KBの空きコンベンショナルメモリ(リアルモード)、1MB(スタンダードモード)、2MB(エンハンスドモード)
ハードディスク 6-7MBの空き容量
MS-DOS バージョン 3.1以上
ディスプレイ CGAEGAMCGAVGAHercules8514/AまたはXGAグラフィック、および互換モニター
その他 マイクロソフト互換マウス推奨

Windows 3.1ではリアルモードが廃止されたため、8086/8088プロセッサ搭載機種は動作対象外になった。

Windows 3.1へのアップグレード

Windows 3.1には、Windows 3.0からアップグレードすることができる。また、インストール先ディレクトリを変更すれば旧バージョンと共存することもできる。Windows 2.11以前の場合は新規セットアップを行うことになる。

Windows 3.1から新しいバージョンへのアップグレード

Windows 3.1からは、Windows 95Windows 98(Second Editionも含む)にのみアップグレードできる。その後継であるWindows MeWindows 2000にできない。また、Windows 95かWindows 98のどちらにアップグレードしても、後にそのバージョンをアンインストールしてWindows 3.1に戻せる。

開発とリリース

Windows 3.0

Windows 3.0は25人で構成された開発グループ「Win3チーム」によって2年半の期間で開発された。画面デザインはWindows 2.1のユーザーの意見を取り入れ、旧バージョンの赤と青の組み合わせからビジネス環境に適した落ち着きのある色彩に変更された。

1990年5月22日、Windows 3.0はニューヨーク・シティ・センターで正式に発表された。この模様は米国7都市の会場とロンドンアムステルダムといった世界各地の12都市の会場にテレビの生中継で報道された。これには300万ドルという多額の宣伝費が投入され、さらに広告や25万枚の体験版ディスク配布、デモンストレーション、セミナーに700万ドルの予算が組まれていた。

日本では1991年1月23日(日本時間)に日本電気よりPC-9800シリーズ用が発売され、それに追随して約20社のパソコンメーカーからも発売された。PC/AT互換機で動作するDOS/V対応版は日本IBMより1991年3月13日に発売された。

Windows 3.1

Windows 3.1(コードネーム: Janus)は1992年4月6日にシカゴで開催されたWindows Worldで正式に発表された。マイクロソフトはWindows 3.1の出荷にあたって125万本を用意。世界中の9カ所のマイクロソフト製造工場が一日三交替でディスクを生産し、最初の1ヶ月で800万枚以上のディスクが生産され、英語版と同時に6言語がリリースされた。

マイクロソフト日本法人は1991年10月にWindows 3.1日本語版の開発に着手した。Windows 3.0日本語版はセットアップの方法やメニューが難しいという声が上がっていた。また、Windows 3.0日本語版はOEM先によって別々の日本語入力システム、プリンタードライバフォントが供給されていたため、同じWindowsアプリケーションでも機種間の完全な互換性を保証できないという問題が生じた。そこでWindows 3.1日本語版では標準で日本語入力システム「MS-IME」を供給。また、Windows標準の日本語フォントをリコーと共同開発し、プリンタードライバについては各メーカーの開発をサポートして公開前に互換性を確認していた。Windows 3.1日本語版のベータ版は3回で累計6000本出荷され、ユーザーのフィードバックを基に1600の改善が施された。発売は当初の予定であった1992年5月から1992年秋、1993年5月となり、大幅に遅れることになった。開発には5億円が費やされた。

日本語版開発の遅れに対して、世間では「PC-9800シリーズへの移植作業に手間取っているため。」「Windows 3.0日本語版の開発者が引き抜かれたため。」といった憶測が飛び交った。コンパックは1992年10月に低価格486機のProLinea 4/25sをDOS/Vパソコンとして発売したが、後のインタビューでは「Windows 3.1と登場するはずだった。」とコメントした。

1993年5月12日に日本電気からPC-9800シリーズ用、5月18日にマイクロソフトからPC-9800シリーズ用とMS-DOS 5.0/V用が発売された。その直後の5月19日より東京国際見本市会場で開催されたビジネスシヨウや、6月16日より幕張メッセで開催されたWindows World Expo Tokyoでは、パソコンメーカー各社がこぞってWindows 3.1プリインストールパソコンを展示し、多くの一般参加者で賑わった。

Windows 3.0からの主な変更点は、動作の高速化やセットアップの簡便化に加え、以下の点が挙げられる。

TrueTypeフォント
マイクロソフトはアップルが開発したアウトラインフォント仕様「TrueType」のライセンスを受け、Monotype Corporationと共同でTrueTypeフォントを開発してWindowsに標準搭載した。日本語版にはマイクロソフトがリコーと2年かけて共同開発したMS ゴシックMS 明朝の2書体が追加で付属した。これによりWYSIWYGに一歩近づいた。
マルチメディア機能
サウンド レコーダー」や「メディア プレーヤー」など、Windows 3.0用の拡張ソフト「Multimedia Extensions」に収録されていた機能の一部を統合した。
OLE
アプリケーション間で情報を共有するOLE機能をサポートした。例えば、文書作成ソフトで作成した文書ファイルに表計算ソフトで作成した表データをOLEを利用して埋め込むと、表計算ソフトで作成した表データファイルへの変更は文書作成ソフトで作成した文書にも自動で反映されるようになる。
ドラッグ・アンド・ドロップの機能を拡張
ファイルマネージャからファイルをアプリケーションのアイコンやウィンドウにドラッグ・アンド・ドロップ入力する操作をサポートした。また、ファイルマネージャ内で複数のウィンドウを開き、項目をウィンドウ間でドラッグ・アンド・ドロップすることで異なるディレクトリへファイルを移動・コピーできるようになった。
リアルモードを廃止
Windows 3.0にてWindows 2.xや古いシステムとの互換性を目的に実装されていたリアルモードが廃止された。もっとも、リアルモードに対応するWindowsアプリケーションを作ることは開発者にとって「難題」であり、リアルモードの廃止を惜しむ者はいなかった。これにより8086プロセッサは動作対象外となった。
MS-IME 日本語入力システム(日本語版)
Windows 3.0以前では日本語入力システムはアプリケーションインターフェイスのみが実装され、各OEM先メーカーによって異なる日本語入力システムが使われていた。Windows 3.1日本語版では標準で日本語入力システムの Microsoft IME (MS-IME) が付属した。
用語の見直し(日本語版)
「了解」→「OK」、「取り消し」→「キャンセル」、「複写」→「コピー」など。Windows 3.1ベータ版のユーザー調査を基にメニューやマニュアルなどで使われる用語が変更された。
マイクロソフト自社ブランドでの発売(PC/AT互換機・PC-9800シリーズ用日本語版)
日本においてはWindows 3.0以前は各パソコンメーカー毎にそれぞれのパソコン向けにOEM供給されていた。その結果、ソフトウェアメーカーはいずれかのパソコンメーカーのWindowsに合わせてWindowsソフトを開発することになり、機種に依存しないはずのWindowsソフトが動作機種を限定して発売される場合が出てきた。そのため、マイクロソフトがリファレンスとして自社ブランドのWindowsを販売することで、機種を限定しないWindowsソフトの開発を促した。その一方で前バージョンに引き続きOEM供給によるパソコンメーカー(日本IBM・NEC・セイコーエプソン)からの販売も行われ、これらは付属するアプリケーションや日本語入力システムなどに一部独自要素があった。一方、シェアの少ないPC-9800シリーズ用英語版、富士通FMRシリーズFM TOWNS版・東芝J-3100シリーズ版は各メーカーによるOEM版のみの発売となった。

その他のバージョン

日本向けにローカライズされなかったものも含め、以下のものが存在した。

Windows for Workgroups 3.1
1992年10月27日リリース。Windows 3.1 にファイル共有などのネットワーク機能を追加するアドオンパッケージ。NetBIOS上のSMBプロトコルを利用するものであった。Windows for Workgroupsの日本語版は発売されなかった。1994年に次期Windows(Windows 95)が発売される見込みであったことから、米国のマイクロソフト本社が開発しない決定を下したためと推測された。Windows 3.1とは別のフルパッケージとして発売されている。
Windows 3.11
1992年12月31日リリース。Windows 3.1 のアップデート版(今で言うところのサービスパック適用版)であり、Windows 3.1のパッケージを小変更した形で発売された。この修正ファイルはCompuServe等のパソコン通信でも配布された。なお、日本語版ではこれと関係なくアップデートがリリースされ、雑誌の付録CDやニフティサーブ等のパソコン通信で修正ファイルが配布された。
Windows for Workgroups 3.11
1993年11月リリース。P2P通信の無効化設定を追加、IPX/SPXプロトコルスタック、32ビットファイルアクセス等 Windows 95 で実装される予定のものを一部先取りで実装している。TCP/IPをサポートするアドオンもパソコン通信を通じて供給された。日本語版は発売されなかった。Windows 3.11とは別のフルパッケージとして発売されている。
Windows 3.2
1994年リリース。Windows 3.11 を簡体字中国語(中華人民共和国向け)へローカライズしたバージョン。なお、簡体字中国語市場へはそれまで英語版をリリースしていた。

反響

売れ行きと評価

Windows 3.0

長らく期待を集めていたWindows 3.0は北米を中心に急速に普及した。1年経たずして100万本の出荷を記録し、マイクロソフトの売上高は1990年度(1989年7月-1990年6月)の11.8億ドルから1991年度(1990年7月-1991年6月)は55.8%増の18.4億ドルとなった。ソフトウェア市場におけるWindowsアプリケーションの売上はDOSアプリケーション市場の40%に相当するとされた。1990年末には数々の主要なコンピュータ雑誌から賞賛を浴びた。

PC時代の年代記が書かれるとしたら、1990年5月22日はIBM互換PCが新時代に入った最初の日として記録されることになろう。この日、マイクロソフトがWindows 3.0をリリースした。そしてこの日、時代遅れの文字ベース・オペレーティングシステムと70年代スタイルのソフトに足を引っ張られていたIBM互換PCが、マルチタスクが可能でグラフィカルな操作環境とパワフルな新ソフトの時代に飛翔するコンピュータとして生まれ変わった。Windows 3.0は、先輩たち(VisiOnGEM、初期バージョンのWindows、OS/2のプレゼンテーションマネージャ)にできなかったことを、見事にやってのけた。新バージョンは十分に強力で、既存のDOSアプリケーションを受け付け、PCにぴったり合っている。この149ドルのプログラムは、マルチタスク機能を持つグラフィカルな環境をPC上で提供する試みの中で、最もうまくいった例と言えよう。
Daniel Ichbiah/Susan L.Knepper 「第20章 ミライのビジョン」『マイクロソフト-ソフトウェア帝国誕生の軌跡-』 椋田直子訳、アスキー、1992年7月1日、390-391頁。ISBN 9784756101181。訳文の原文は『PC Computing』1990年12月号より。

Windows 3.0のインターフェイスやファイルマネージャはMacintoshに及ばないが使いやすくなったと評価された。メモリ管理やDOSとの互換性の改善も複数の雑誌で良い評価を得た。一方で、多数のユーザーが所有するIntel 80286機では満足する動作は見込めず、比較的新しい386以上のシステムが必要だという点が最大の問題として指摘された。これに対しマイクロソフト側は「プラットフォームにかかわらずユーザーはWindows 3.0の恩恵を得られる。386ベースのシステムで最も性能を発揮するが、最小システムではタスクスイッチャーとして働く。また、ユーザーはDOSのグラフィカルインターフェイスを獲得する。」と回答した。

日本においてWindows 3.0は米国ほど広がりを見せなかった。要因として以下の問題が挙がった。

スティーブ・バルマー(当時、マイクロソフト上級副社長)も翌1992年の来日記者会見にて同様の見解を示した。

当社のパソコンOS「ウィンドウズ」が日本市場で米国ほど売れていないのは、日米の市場構造が違うことが原因である。ハードウェアの互換性の問題やハードの価格が高いことなどだ。このほか、漢字変換やOSのハードへの搭載サービスなど様々な問題の解決がウィンドウズ普及の前提となる。
スティーブ・バルマー。「マイクロソフト副社長、日本出荷は予定通り―ウィンドウズNT、来年中。」『日経産業新聞』1992年10月13日、6面の引用文より。

PC-9800シリーズ版の発売当初は受注に生産が追いつかない状況が続いた。これについ

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出典:wikipedia
2020/06/05 14:40

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