このキーワード
友達に教える
URLをコピー

PUFFYとは?

 | 
この記事は検証可能な参考文献や出典が全く示されていないか、不十分です。
出典を追加して記事の信頼性向上にご協力ください。(2015年10月)

 | 
テレビ番組内での各種情報(終了した番組を含みます)は、DVDやBlu-rayなどでの販売や公式なネット配信、または信頼できる紙媒体またはウェブ媒体が紹介するまで、出典として用いないで下さい検証可能性に基づき除去される場合があります。

PUFFY

PUFFY(2006年)

【基本情報】

【別名】
Puffy AmiYumi、帕妃
【出身地】
日本
【ジャンル】
J-POP
パワー・ポップ
ポップ・ロック
【活動期間】
1995年 -
【レーベル】
Epic Records Japan
(1996 年- 2005年)
Ki/oon Records
→Ki/oon Music
(2005年 - 2013年)
ワーナーミュージック・ジャパン(2015年 - )
【事務所】
ソニー・ミュージックアーティスツ
【共同作業者】
奥田民生
【公式サイト】
puffy.jp
【】

【メンバー】
大貫亜美(ボーカル)
吉村由美(ボーカル)

PUFFY(パフィー)は、日本の女性ボーカルデュオユニット。メンバーは大貫亜美吉村由美1996年奥田民生プロデュースのシングル「アジアの純真」でデビュー。力の抜けた自然体のスタイル、親しみやすいキャラクター、ハイクオリティな楽曲が特徴。2000年にSXSWに出演、2002年にPuffy AmiYumi名義で北米ツアーを行い、2004年にはPUFFYをモデルにしたアニメ『ハイ!ハイ! パフィー・アミユミ』が全米でブレイクし、世界110カ国以上で放送される。2016年にデビュー20周年を迎える。

目次

  • 1 略歴
    • 1.1 デビュー前 (1994年 - 1995年)
    • 1.2 デビュー直後 (1996年 - 1997年)
    • 1.3 人気の拡大 (1998年 - 2001年頃)
    • 1.4 北米大陸へ (2002年 - 2005年)
    • 1.5 デビュー10周年以降 (2006年 - 2015年)
    • 1.6 デビュー20周年 (2016年 - )
  • 2 音楽性
  • 3 エピソード
  • 4 サポートメンバー
  • 5 ディスコグラフィー
    • 5.1 シングル
      • 5.1.1 オリジナルシングル
      • 5.1.2 コラボシングル
    • 5.2 アルバム
      • 5.2.1 オリジナルアルバム
      • 5.2.2 ベストアルバム
      • 5.2.3 企画アルバム
    • 5.3 カバー作品
    • 5.4 VHS・DVD
  • 6 国内外での活動
    • 6.1 出演
      • 6.1.1 テレビ番組
      • 6.1.2 ラジオ番組
      • 6.1.3 映画
      • 6.1.4 吹き替え
      • 6.1.5 CM
    • 6.2 コンサート・イベント
    • 6.3 受賞歴
    • 6.4 NHK紅白歌合戦出場歴
    • 6.5 その他
      • 6.5.1 書籍
      • 6.5.2 ゲーム
      • 6.5.3 CD-ROM
  • 7 脚注
    • 7.1 注釈
    • 7.2 出典
  • 8 関連項目
  • 9 外部リンク

略歴

1994年、SMAに所属する大貫亜美吉村由美が出会い、1995年にユニットを結成。同事務所の奥田民生プロデュースの下、1996年5月にCDデビュー。デビューから4連続でミリオンヒットを記録した。また、同年の新人アーティストで最高の売上を記録。日本国外でも、アジア各国でも人気を得て、2002年には北米でもCDデビューしツアーを行う。2004年、二人をモデルにしたアニメーション番組『Hi Hi Puffy AmiYumi』が全米でスタートし、現在まで、世界110カ国以上で放映されている。しかし活動拠点はあくまで日本であり、毎年全国ツアーを行い、国内外問わず多くのイベントやフェスに参加するなど、積極的なライブ活動を行っている。

デビュー前 (1994年 - 1995年)

東京都出身の大貫亜美は、高校在学中に結成したバンドのデモテープを、「落選通知を受け取るために」 ソニー主催のオーディションに送った。結果は合格であったが、メンバー全員乗り気でなかったため解散。志望職種であったCAを目指して神田外語学院に進学したが、彼女の声質に魅力を感じたソニーのスタッフに説得され、専門学校に通うかたわら歌唱指導を受けるなど、ソロ歌手としてデビューの準備を進めていた。

同じ頃、大阪府出身の吉村由美は高校を中退してアルバイトを転々とする、フリーターの生活を送っていたが、彼女の優れた容貌を惜しんだ知人によって(賞金目当てであったとしばしば発言している)、ソニー主催のオーディションに応募させられ、亜美同様に合格した。どのような芸能活動を行いたいか、というソニー側の質問に何となく「歌手」と答えた由美は、SMA所属のアーティストとして上京し、ボイストレーニングなどを受けた。

1994年、事務所で初めて対面した亜美と由美は、双方の内気な性格から当初は打ち解けず、由美が年長の亜美に敬語で対応する関係がしばらく続いた。しかし、思いもよらぬ芸能界入りという同じような境遇にあった二人は、徐々に友情を深め、由美が亜美の実家に出入りするまでに親密な関係となった。ソロデビューに不安を抱えていた亜美は事務所に由美とのデュオを提案し、すでに亜美のソロ音源が録音されていたにも関わらず、すんなり受け入れられた。そこで、亜美のアルバム製作に携わっていた同じ事務所に所属する奥田民生プロデュース業に関心を示していたことから、二人は彼に託されることになった。

その頃、来日公演を行っていた米国のロックバンド、ジェリーフィッシュのドラマーであるアンディ・スターマーは、才能を認め合う関係である奥田を通じてSMAと関係があった。SMAのマネージャーにグループ名の案を求められたスターマーは、"The Puffy" を提案し、これが採られた(後にTheは削られた)。その後彼はPUFFYの「ゴッドファザー」と呼ばれる。

デビュー直後 (1996年 - 1997年)

結成翌年の1996年5月13日プロデュースと作曲を奥田、作詞を井上陽水が担当したシングル「アジアの純真」でメジャーデビューした。歌詞の内容や二人の服装などから「自然体」「脱力系」等と評されたパフォーマンスで表現した今作は、デビュー作にしてミリオンヒットとなった。デビュー後にはPV撮影の為に渡米し、アメリカ大陸を2週間かけて横断した(この模様は『これが私の生きる道』のPVおよびビデオ・フォトブック『RUN!PUFFY!RUN!』に収められている)。その後もアルバム『amiyumi』、2ndシングル『これが私の生きる道』 と相次いで奥田プロデュースの作品を発表し、この曲は翌春の選抜高等学校野球大会の入場曲に使用された。その年の音楽新人賞を総なめにした。

1997年10月に初の冠番組であるバラエティ番組『パパパパパフィー』がテレビ朝日系列で放送開始され、2002年3月31日まで放送された。この番組は、デビュー直後に出演したフジテレビ系の音楽番組『HEY!HEY!HEY!MUSIC CHAMP』(1996年10月28日放送)において、司会の松本人志が二人の性格に対して「その様なことでは、もし冠番組を持ったときにどうするのか」として、司会の予行演習を行わせようとした際に提案した架空のテレビ番組の名をそのまま採用して生まれたものであった。

人気の拡大 (1998年 - 2001年頃)

1997年からアジアキャンペーンを行い、1998年には台湾で発売したCD全てがゴールドディスクを受賞した。1998年、1999年にはツアーの一環として香港・台湾でもコンサートを行った(1999年は台湾大地震により中止)。シングルCDのジャケット等を担当していた、米国のイラストレーター、ロドニー・アラン・グリーンブラットによるキャラクター商品は人気を博した。さらにこの時期、二人はドラマの撮影やMCを担当していた朝の生番組や『パパパパパフィー』の収録と、寝る暇がないほどに多忙であったが、それらと並行してレコーディングや全国ツアーなども行う。

北米大陸へ (2002年 - 2005年)

2000年、米国テキサス州で行われたロック・フェスティバル「SXSW」(サウス・バイ・サウスウエスト)に出演した。この時は「思い出作り(本人談)」のつもりでライブを行ったが、現地のアメリカ人にウケが良く、また、同じく日本から出演したナンバーガールロリータ18号のライブに感銘を受け、二人はライブに対する考え方が変化したという。レギュラー番組が終了したのを機に、2002年に初の北米ツアーを行い、『SPIKE』で全米インディーズデビュー。この時PUFFYのプロモーションには、マスメディアを使わずに北米114都市をバスで移動するライブ活動を展開した。そして、ソニーの現地レーベルとカナダのBar/None Records(英語版)から、『SPIKE』の現地版と、ベスト盤である『An Illustrated History Of Puffy AmiYumi(英語)(国内未発表)を発売した。これらは、米カレッジチャートにランクインした。なお、北米で「Puffy AmiYumi」と名乗るのは、パフィーの愛称を持つラッパー、ショーン・コムズから警告を受けての事である。

2003年、米国のカートゥーン・ネットワークのアニメ『Teen Titans』の主題歌と「K2G」をアンディ・スターマーのプロデュースで共作、演奏を担当、2006年までの42作にクレジットされた。また、同局のプロデューサーは二人をモデルにしたアニメの制作をかねてより打診しており、2004年11月、アニメ『Hi Hi Puffy AmiYumi』の全米放送が開始し、それに伴ってアニメの主題歌を含むアルバム『Hi Hi Puffy Amiyumi』で全米メジャーデビューを果たす。二人はインタビューにおいて、ミュージシャン達(シンディ・ローパーグリーン・デイなど)が自分たちを知っていて驚いたこと、原因は相手の子供たちがこのアニメのファンだったからだと語っている。

同年公開のアメリカのアニメ実写映画『スクービー・ドゥー2 モンスターパニック』において、 エンディングテーマと劇中挿入歌を担当した。

国内では同時期に『SDガンダムフォース』の主題歌を担当、2004年2月11日に業界初のガンプラ付きCDを発売した。

2005年、デビュー時から在籍していたEPICレコードからKi/oonレコードレーベル移籍した。これはSME内の配置転換である。4月28日にアメリカの深夜バラエティー番組「ジミー・キンメル・ライブ!」第4期29話に出演した。11月にはニューヨークの秋の風物詩「メイシーズデパート主催の全米最大の感謝祭パレード(英語)に日本人として初めて参加、アニメにも登場するライブツアー用のバスを模したフロート車で練り歩き、同デパート前でミニライブを披露した。また独占契約を結んだマテルからアミとユミのキャラクター人形が楽器や衣装、ツアーバスのおもちゃと共に発売されるのを記念し、感謝祭後から始まるクリスマス商戦に合わせてマジソンスクエアに近いトイザらスに特設コーナーが設けられた。

デビュー10周年以降 (2006年 - 2015年)

2006年にはデビュー10周年を迎えた。米国での活躍を認められ、国土交通省が中心となって推進する『ビジット・ジャパン・キャンペーン』の重点市場国の一つである米国における観光親善大使に任命された。また、同じくアニバーサリーイヤーを迎えるリプトンの紅茶アンバサダーに任命され、東京スカパラダイスオーケストラとのコラボレーションバンドを結成。6月には『パパパパパフィー』の限定復活番組が放送され、7月から1クールで『Hi Hi PUFFY部[2]』が放送された。

2008年アヴリル・ラヴィーンの東京ドーム公演にゲストとしてライブ出演。

2009年7月、アルバム『Bring it!』をフランスでも発売し、パリで行われたJapan Expoにてライブ出演。

2010年元日、初のオフィシャルファンクラブ期間限定結成が発表された。6月からファンクラブ旗揚げ公演と称して全国ツアーを敢行、香港で11年ぶり、台湾で12年ぶりの公演も果たし、チケットは完売、衰えない人気を示した。また、NYでのイベント出演に合わせて、『honeycreeper』『Bring it!』を全米配信リリース。2011年にはデビュー15周年を迎え、アルバム『Thank You!』の発売と4月からの全国ツアーが発表された。アニバーサリーイヤーをプロモーションすべく、例年より多くのメディア出演をこなす。

2015年11月18日、シングル「パフィピポ山」を発売。サウンドプロデュースをもふくちゃん、作詞を前山田健一、作曲をPandaBoY、編曲を浅野尚志、ミュージックビデオを「スミネム(スミス夢眠ねむ)」が手がけた。

デビュー20周年 (2016年 - )

2016年、デビュー20周年を迎えた。12月31日には『第67回NHK紅白歌合戦』へ出場。『紅白歌合戦』へは初出場であり、「PUFFY 20周年紅白スペシャル」として「アジアの純真」「渚にまつわるエトセトラ」の2曲を歌唱した。

2018年、12年ぶりのレギュラー番組となる『PUFFYの耳地獄』がBSスカパーにて放送開始。

音楽性

プロデューサーである奥田は、PUFFYがアイドルの様に短期間で消費されてしまうことを嫌い、責任ある姿勢で指導に当たった。二人はこうした彼の姿勢から、彼を「先生ちゃん」と呼んで慕った。奥田は、個々のボーカルよりも二人の合わさった声に魅力を感じており、歌い方に関しても『自分のビブラートなしの歌い方を勝手に押し付けたわけですから、二人は大変だったんですよ。二人で真っ直ぐ歌えないと駄目なんで。ごまかしがきかない。日本のいわゆる歌姫と呼ばれる人たちに、PUFFYのようにやれって言ってもできないでしょうね。』と語っている。

奥田はPUFFYが特定の指導者に依存することを望まず、1999年のアルバム 『FEVER*FEVER』では、笹路正徳にプロデュースを託し、2003年のアルバム『NICE.』及び2004年のミニアルバム『59』では、アンディ・スターマーがプロデュースに当たった。特に『NICE.』では、彼が全曲を作曲した。

デビュー当初、PUFFYは「企画モノ」で終わるつもりであったため、特に目指すべき方向を持たなかった。その後は人気の下降と共に徐々にアーティスト寄りの方向に進み、『NICE.』で一つの到達点を示したことで“キャラクターから脱出し、シリアスになりかけた”。しかし、それを阻止したのはアメリカでの『Hi Hi Puffy AmiYumi』の成功であり、自身のポップ・キャラクターとしての魅力を再確認させられ、二人のやりたい音楽も明確になった。

Splurge』以降は、かつての様に複数の作曲者から作品の提供を受け、個々にプロデュースを依頼するといった傾向が続いている。曲の提供は、しばしば奥田やアンディも手掛けるが、アルバムには国内外問わず二人が好きなアーティストにリクエストし、椎名林檎斉藤和義チバユウスケ山中さわおなどは複数の楽曲を提供している。

作詞面では、初期より二人あるいは個人での作詞も行っており、シングルとしては「たららん/パフィーのツアーメン」(1998年)で初めてPUFFYとしてクレジットされた。2006年に発表した9thアルバム『Splurge』では、ロッキング・オン編集者である兵庫慎司の全曲解説が寄せられ、二人の作詞家ぶりを絶賛している。しかし本人達としては、作詞へのこだわりは一切無い。また、全編英語詞のシングルも数曲リリースしている。

エピソード

サポートメンバー

レコーディングには楽曲ごとに様々なミュージシャンが参加しており、提供者やそのバンドメンバーが演奏することもよくある。2011年に発表した『Thank You!』では、ライブのバンドメンバーで全楽曲を演奏している。ライブはほぼ固定されたバンドで行い、テレビ出演やツアーでメンバーが替わることがあるが、リズム隊はデビュー当時からほぼ変わらない。

ディスコグラフィー

シングル

オリジナルシングル

CDコード 発表日 タイトル 作編曲者 タイアップ 最高位
1st | ESDB-3659 | 1996年5月13日 | アジアの純真
 | 作詞:井上陽水
作曲・編曲:奥田民生 | CM「キリン 天然育ち」 | 3位
ミリオンヒット
2nd | ESDB-3722 | 1996年10月7日 | これが私の生きる道
 | 作詞・作曲:奥田民生 | CM「資生堂 ティセラ
第69回選抜高等学校野球大会・入場行進曲
映画『内村さまぁ〜ず THE MOVIE エンジェル』主題歌
アニメ『ReLIFE』5話(2016年) | 1位
ミリオンヒット
3rd | ESDB-3748 | 1997年3月12日 | サーキットの娘
 | 作詞・作曲・編曲:奥田民生 | CM「ヤマハ Vino」 | 1位
ミリオンヒット
4th | ESDB-3749 | 1997年4月16日 | 渚にまつわるエトセトラ
 | 作詞:井上陽水
作曲・編曲:奥田民生 | CM「キリン 天然育ち」 | 1位
ミリオンヒット
5th | ESDB-3817 | 1997年12月12日 | MOTHER/ネホリーナハホリーナ
 | 作詞・作曲・編曲:奥田民生 | ドラマ『イヴ』/テレビ朝日系『パパパパPUFFY』 | 5位
6th | ESDB-3832 | 1998年3月14日 | 愛のしるし
 | 作詞・作曲:草野正宗
編曲:奥田民生 | CM「資生堂 TISS」 | 3位
7th | ESDB-3860 | 1998年8月29日 | たららん/パフィーのツアーメン
 | 作詞:PUFFY・奥田民生
作曲・編曲:アンディ・スターマー | CM「ダイハツ ムーヴラテ」 | 4位
8th | ESDB-3888 | 1998年12月12日 | パフィー de ルンバ
 | 作詞:PUFFY
作曲:田村依子 編曲:笹路正徳 | CM「ダイハツ ムーブラテ,資生堂 TISS」 | 14位
9th | ESDB-3907 | 1999年4月1日 | 日曜日の娘
 | 作詞・作曲:奥田民生
編曲:笹路正徳 | CM「ヤマハ Vino」 | 15位
10th | ESDB-3913 | 1999年6月9日 | 夢のために
 | 作詞・作曲:奥田民生 | CM「サントリー ビックル」 | 12位
11th | ESCB-2122 | 2000年4月5日 | 海へと/プールにて
 | 作詞・作曲・編曲:奥田民生 | CM「サントリー ビックル/ライオン エメロン」 | 15位
12th | ESCB-2173 | 2000年9月27日 | ブギウギ No.5
 | 作詞・作曲・編曲:奥田民生 | CM「SOTEC」 | 22位
13th | ESCB-2229 | 2001年4月25日 | あたらしい日々
 | 作詞:PUFFY
作曲・編曲:アンディ・スターマー | CM「サントリー ビックル」 | 28位
14th | ESCL-2287 | 2001年12月5日 | 青い涙
 | 作詞・作曲:三田二郎
編曲:奥田民生 |  | 32位
15th | ESCL-2293 | 2002年2月6日 | ハリケーン
 | 作詞:湯川れい子
作曲:井上大輔 編曲:奥田民生 |  | 36位
16th | ESCL-2351 | 2002年11月20日 | 赤いブランコ/Planet Tokyo
 | 作詞:PUFFY
作曲:アンディ・スターマー | CM「サントリー DAKARA」 | 45位
17th | ESCL-2495 | 2004年2月11日 | SUNRISE
 | 作詞:PUFFY
作曲:アンディ・スターマー | アニメ『SDガンダムフォース』 | 24位
18th | KSCL-841 | 2005年7月13日 | はじまりのうた/ナイスバディ
 | 作詞:PUFFY
作曲・編曲:アンディ・スターマー | アニメ映画『劇場版ポケットモンスターAG ミュウと波導の勇者 ルカリオ』 | 33位
19th | KSCL-896 | 2005年11月16日 | Hi Hi
 | 作詞:PUFFY
作曲:アンディ・スターマー | CM「AJINOMOTO さらさらキャノーラ油」,アニメ『ハイ!ハイ!パフィー・アミユミ』 | 107位
20th | KSCL-978 | 2006年4月12日 | モグラライク
 | 作詞・作曲・編曲:奥田民生 | 2006年度ザ・プロ野球(TBS)テーマソング | 35位
21st | KSCL-988 | 2006年5月24日 | Tokyo I'm On My Way
 | 作詞・作曲:デクスター・ホーランド 編曲:亀田誠治 | CM「AJINOMOTO ヘルシーピュアライト」 | 58位
22nd | KSCL-1073 | 2006年11月22日 | 働く男
 | 作詞・作曲:奥田民生 | アニメ『働きマン』主題歌 | 41位
23rd | KSCL-1137 | 2007年7月18日 | Boom boom beat/お江戸流れ星IV
 | 作詞:PUFFY
編曲・作曲:アンダース・ヘルグレン、デビッド・マイアー | CM「モード学園」/アニメ『大江戸ロケット』OP曲 | 47位
24th | KSCL-1167 | 2007年9月5日 | オリエンタル・ダイヤモンド/くちびるモーション
 | 作詞:井上陽水
作曲・編曲:奥田民生 | ANA中国線就航20周年テーマソング/CM「カネボウ Lavshuca」 | 55位
25th | KSCL-1253 | 2008年5月21日 | All Because Of You
 | 作詞・作曲:ブッチ・ウォーカーアヴリル・ラヴィーン | CM「SONY ウォークマン」 | 34位
26th | KSCL-1271 | 2008年8月6日 | マイストーリー
 | 作詞:PUFFY
作曲・編曲:アンダース・ヘルグレン、デビッド・マイアー | CM「カネボウ Lavshuca」 | 44位
27th | KSCL-1345 |  ・・・・・・・・・・・・・・・・・・
出典:wikipedia
2019/07/07 09:50

HAPPY Wikipedia

あなたの考える「PUFFY」の意味を投稿しよう
「PUFFY」のコンテンツはまだ投稿されていません。
全部読む・投稿 

PUFFYスレッド一覧

・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「PUFFY」のスレッドを作成する
PUFFYの」
友達を探す
掲示板を探す
このページ
友達に教える
URLをコピー

注目のキーワード

錦織圭/北島康介/2014_FIFAワールドカップ・アジア予選/サッカー日本女子代表/消費税/東京スカイツリー/ダルビッシュ有/イチロー/香川真司/野田内閣/復興庁/石川遼/HKT48/AKB48/ワールド・ベースボール・クラシック日本代表/黒田博樹/尖閣諸島/バレンタインデー/ONE_PIECE

キーワードで探す

 
友達を探す
掲示板を探す
ハッピーWiki
ハッピーメール
ハッピーランド
HAPPY NEWS
2010Happy Mail